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【コラボ作文】すべりだい
「あそこで目玉焼きが焼けるだろうか」
私は我が子の泣き声で我に返ると、滑り台の狭い階段を駆け上がる。
「だからすべり台はやめときなさいって言ったでしょう。」
娘の太ももの裏側をさすりながら、束の間ぼんやりしていた自分を悔やむ。
真夏のすべり台は熱い。まるで鉄板のようだ。子供を公園に連れて行くときは気をつけなければいけない。そんなこと、子供を生み育てるまで思いもしなかった。
「ほら、降りて。アロエ軟膏ぬろう。」
アロエ軟膏は義理の母の必携品だ。
黄緑色のゲルになんとも言えない香りがついている。打ち身など外出中のちょっとした怪我にまじないのように塗るとこれがよく効く。この魔法の薬のような色と香りに惹かれ、私もいつしか、アロエ軟膏を持ち歩くようになった。
黄緑色のゲルが皮膚を薄く覆うと、彼女はケロリとして今度は砂場へと走っていく。
私は小さく息をついて、白い帽子のひさしのもとで口ずさむ。
ーあなたが八度七分の声を使うときは
かならずわたしにうしろめたいことがあるときー
思えば、私にとって“すべりだい”といえば長らくこの曲を意味していた。
大学の講義の合間に聞く椎名林檎のCDに歌われていた、詩的な遊具でしかなかったのだ。
それが今は、家の裏で熱を放ち、目玉焼きを妄想させ、その間に娘の腿を焼き、私に黄緑色の軟膏を取り出させる、あまりにもリアルな物体。
少し先の砂場で娘がまくジョウロの水に、虹がかかる。
ああ、あの頃、詩的な存在だったモノがまたひとつ、くっきりとした輪郭を持つ。
過去から今へと意識を滑らせるこの日々こそがまた、すべりだいのようなのだわ。
風に煽られた前髪を指先でよけると、黄緑色の香りが鼻の奥を突いた。
★この作品は友人とのコラボ作文です。相棒 よこたちかこ のリンクはこちら。