夏祭りくらいは・・・
※育児プロレタリアシリーズ
週末は地元の夏祭りに繰り出しました。
世はアフターコロナ。
失った3年を取り戻すように、今年の夏は解放的な雰囲気が漂っていますね。
ところで、子どもの「体験格差」は親の経済格差によるところが大きいんだとか。
そんな格差が学力格差を生み、貧困の再生産につながると。
そんな資本至上主義で意地悪いネットニュースがまた親になるハードルを上げてくる。
・・・よそは気にするなと口では言ってても。
体験格差、うちのような底辺家庭にはグサグサ刺さるわけです。
かつて自分の親がそうだったように、
せめて、私もわが子たちを夏祭りくらいには連れてってあげようと思い立ちました。
うるさい場所も人混みも暑さも苦手だけど。
生まれた時からコロナ禍だった子達に祭りの雰囲気を楽しんで欲しいじゃないですか。
えぇえぇ、そんな打算人間ですけど。
何もしないよりはしたほうが多少はね。
まずは3人分の甚平を用意することから格差が生じそうでした。
(西松屋に走りました)
冬のスノー用品もそうだけど、子どもの季節物は見つけ次第シーズン前に確保すべし。必要な時には売り切れてるから。親になってわかったライフハックです。
長女は私の甚平が合ったので助かりました。
浴衣はセパレートに限る。いっそ甚平タイプが至高。
着付け?何ソレ?文化格差な親でごめんわよ。
お祭り会場は私のホームグラウンド。
ロックフェス的な開放感溢れる芝生の野外ステージ。
コロナなど気にするな、と言わんばかりにとてつもない大混雑でした。
わたあめを買うのにどんだけ並んだことか。
すぐどっか行くベビィを見張るのにはまことに神経をすり減らしました。
会場は、少子化なんて嘘では、と思うほど若い人達がいっぱいで希望に溢れておりました。地元という一体感と自然豊かな雰囲気も良い。
あまり聞き入る余裕はありませんでしたが、ライブで若い男性が中島みゆきさんの「糸」をアコースティックに歌っていてエモかったです。
(ミスチル桜井さんバージョンの「糸」を彷彿とさせるような)
実に客層を分かっている選曲。
その歌い手さん、名前は失念しましたが、
自分は今年25歳で、このまま音楽の夢を追い続けるか、今宵の聴衆のように温かい家庭を築くかという岐路に迷っているという心情を吐露されていて。
どういう選択をしても自信を持って進んで欲しいなと感情移入してしまいました。
もうその話の時点で次は「糸」歌うんだろうなーと思っていましたが。
ともかく若者はキラキラしてて応援したいですね。
ラストの抽選会では「近江牛」よ当たれ、と皆が心を一つに祈るという謎の一体感。
まことに牧歌的なひとときでありました。
そうそう当たらないけど。
慣れない人混みに固まってた長女も、帰りにはケラケラと笑顔で良かったです。
そんな夏祭り。
幼い頃は家族でワイワイ楽しみました。
若い頃は甘酸っぱい出会いの場でもありました。
そして今は「我々は親を頑張った」と中年夫婦はねぎらい合うのです。
ああ、途方もない疲労感と謎の満足感。
でも3人が口をそろえて言うんです。また行きたいと。
来週も再来週も近所のどこかしらで夏祭りはあるのよね。
なかなかに体力・経済共にハードな夏であります。