ミステリー・山陶器の謎
※山に投棄された陶器。アトリエトモコはのんきに謎に迫る。
里山の斜面に足を踏み入れたとたん、
私の日常は、色付き出す・・・
マンションポエム風に(笑)
(マンションの広告にありがちなポエム風キャッチ)
わたくし以前、琵琶湖へシーグラスを取りに行くのが好きという話をしましたが、(外洋へ出るよりも、生活に密着した浜辺のほうがグラス探しの穴場)角が取れた陶器やタイルの破片もよく見つかります。
集めたグラスはデコ植木鉢やステップストーン作りなどのDIYに活用しているのですが、シー陶器も同様に使うことができます。
この器のカケラはどんな人が使っていたのだろう。この絵付けは○○焼?そんな想像をすると楽しいものです。
しかし、陶器片が見つかるのは浜辺ではなく、山登り中のケースもあります(角は取れていないけど)歩いていると突如、ガラス瓶、陶器片、瓦などが大量に投棄されているスポットに出くわすことがあります。
以上の写真にように割れた(瓶は割れていないこともある)陶器が蒔かれているような場所を見つけることがあります。多くは里山の標高の低い所です。縄文土器ならまだしも、現代の陶器片など、珍しくもなんともないのですが、あまりに大量に投棄されている場所を見つけたので、この謎について考えてみました。
見つけた遺物の特徴
・年代は昭和初期以前には遡らなさそう(比較的新しい)
・どこか欠けていて、完全な形の陶器はない
・金属の支柱や自転車なども稀に見つかるがさびて朽ちている
仮説
①燃えないゴミ投棄説
②昔の住居跡説
③昔の窯跡説
①ゴミ説
お茶碗、瓦、植木鉢、その他色々なゴミが集められている場所。
プラスチックや金属は風雨にさらされて朽ちていきますが、朽ちないものは陶器やガラスだけで残った説。
個人のゴミ量と思えない場合は、廃品回収業者が遺棄した?(合法・違法かは不明)
②住居跡説
何らかの理由で廃村になって住民が別の場所へ移住した。山城、砦などに一時的に使われた。石垣や柱や礎石跡などが残っていることが多い。発掘調査されていて、遺構の名前は地図などに記されている場合が多い。
③窯跡説
焼き物を焼いていて、失敗作などを投棄した場所。燃料の薪が豊富で、粘土質の土壌の山など。
素焼きのものが多い、層になっているなどの場合は古代の窯跡かもしれない。土師器とか須恵器とか。
「かいがら、とりにいこ?」(次男はシーグラスも貝殻と同じ呼び方)
宝探しのようで楽しいらしい。
そんな風に誘われて、最近ベビィとよく行く場所は明らかに①ゴミ説のゴミ捨て場。でも冷蔵庫やテレビなど汚い粗大ゴミではなく、ちょいレトロな陶器ばかりなんです。
山に投棄?
現代のゴミ処理の倫理観で考えると、びっくりしますが、登山をしたら頂上にゴミを埋めて帰るのがマナーという時代もあったと聞きますし、お茶の土瓶を汽車の車窓から投げ捨てるなと駅員が注意喚起していたなど、ちょっとおとぎ話みたいで、信じられない価値観ですよね。
(駅弁のポリ製のフニャフニャのお茶容器なら、ギリ分かる世代)
でも神社の祭りで、蝋燭を灯したかわらけ(素焼きの皿)を使い捨てで割るという習慣はありました。燈明(とうみょう)っていう。少しもったいないなと思っていたけど。
まあ、現代では缶やペットボトルなんて、毎日じゃんじゃん捨てているし(資源ゴミにね)昔は陶器やガラスが使い捨て感覚だったのかな。あ。ワインボトルもワンカップも捨ててるから一緒か(資源ゴミにね)
エコだの言われてリサイクルが徹底される以前は、ゴミに対しておおらかな処理だったのかもしれません。
千年くらい経ったら貝塚のように貴重な遺構になるかもしれませんね。
以上のんきな考察にお付き合いくださりありがとうございます。
この謎についてご存じの方、コメントをお待ちしております!
道なき里山の斜面に足を踏み入れて、太ももの筋肉をやられてしまい、
数日筋肉痛で動けなかったアトリエトモコでした。
※シーグラスの過去記事