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契約書に印鑑が必要なのか?

契約書に印鑑は必要?

契約書に(法的に)印鑑が必要か?という問題は、専門家の間では、当然の常識でしたが、一般の方々にとっては疑問が多いところでした。今まではいくら説明しても印鑑は必要では?と不信感たっぷりでしたが、次のように、内閣府、法務省、経済産業省の連名で、押印についての文書が出ました。

押印についてのQ&Aの解説

押印についてのQ&Aについて、内容は今までの実務的な常識や私が説明するところと一致するところで、個人的に何も言うことはありませんが、Q1を見ていると、「印鑑がないと法律違反か。」という問いが立てられているので、(印がないから違法だという専門家は見たことがないので)専門家以外に向けられた文書なのかと思ったらQ2で、「押印に関する民事訴訟法のルールは、、、」とあり、それ以降も「民訴法」とか、「二段の推定」とか専門家なら(希望的観測として)常識的な部類に入るワードですが、専門家以外の人には、よくわからないところでしょう。さすがに、これをしっかり説明しないと、専門家以外の人への文書にはならないので専門家の端くれの外れとして勝手に説明してしまおうと思いました。(※専門家の方からみると疑問符が付くところもありますが、わかりやすさを追求するということでほんの少し正確性は犠牲にしています)

Q1 「契約書に押印しなくても法律違反にならないか」

内容はその通りです。法律違反になりません。罰則があるわけでも、押印を強制されるものではありません。「私法上」とあるのは、民間の利害調整をする法律の中でということです。(「私法」の反対の概念は「公法」で民間を規制する法律を指します。)
契約するのに、法律上書面にする必要もなければ、方式が限定されるわけではありません。皆さんがいつもお店で物を買う、それも立派な売買契約です。ここで契約書をつくって押印して、、、気が遠くなりますが、ここで契約成立しないと買う側に法的に物の所有権は得られないし、売る側にお金は手にはいりません。
そのことから、(一般的に)契約書を作成しないと、押印をしないと契約が成立しないということもありませんし、無効になることもありません。
(例外として、「私法上」の代表的なものは「保証契約」です。書面等で締結することを必要とします。)
ただ、「私法」以外の法律では、(契約の効力はともかく)押印が必要な書面はあります。代表的なものは、不動産業者の売主買主へ渡す契約書(法律上は契約書と言ってはいませんが、実際は契約書)です。これは、宅建士の記名押印が必要となっています。(宅地建物取引業法第37条)
結論として、「契約書に押印はいりません。(ただし例外あり)」といいうことです。

Q2「押印に関する民事訴訟法のルールはどのようなものか」

ここからが、一般の方にはよくわかりませんね。いきなり、民事訴訟法をいうワードが出てくるので、なんで契約書と民事訴訟法が??という疑問がでてくるでしょう。
まず、契約があるかないか、また、その内容が問題になるのは、その契約があったのかなかったのか、内容が違うと当事者同士で争いになる場合です。争うときは、拳(こぶし)ではなく、裁判、それも民事裁判、法令の用語でいうと、民事訴訟になります。
そのため、民事訴訟で、書面が本物か?ということと本当に合意されていたかということを判断しなければなず、そのための基準を定めているのが民事訴訟法です。
そのため、「民事訴訟法で、どうなのか?」という問いになります。
(※実はその他の法律で押印の効力についてかかれている法律がない(手形や小切手は除く)という事情もありますが)
ここまでの説明を省略して、いきなり民事訴訟法といわれてもなんのことかと言われてしまいます。
本題にはいると、民事訴訟法のルールはまず、「文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。」(民事訴訟法第228条第1項)です。本当の文書であることを証明する必要があるということです。それを前提として、その証明を楽にするために「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」(民事訴訟法第228条第4項)と定めています。
(Q&Aよりもっと簡単にいうと)本人の印鑑があれば、その文書は正式なmのと判断されます。ということです。
ただ、ここで、法律上判断するために知りたいのは、書面が正しく作られているのか、?という問題ではなくて、どんな内容で(訴えた側が言っているとおり)「合意」できているのか?というところですので、書面が正しくても、書面を作った趣旨が「そんな意味ではない」「そんな合意はしていない」などとといわれたりすれば、書面だけで合意ができていることを証明することはできません。また、「推定される」ということなので「違う」という証明ができればひっくりかえります。
契約書に印鑑がついてあったところで、合意、すなわち契約の内容を完全に証明することはできません。
最後のなお・・・の文章は「だったら、「この文書は違う」ととりあえず言っておけばいいのでは?」と考える人向けの文章です。(これでも専門家向けの文書には見えませんが・・・)

Q3「本人による押印がなければ、・・・文書が真正に成立したことを証明できない・・・のか。」

Q2を逆側から問うたものです。Q2でお話したように、契約書に押印があれば、契約が成立したことを完全に証明できるわけではありませんし、証明が楽になるだけです。
ここの回答にあるように、裁判所では、「自由心証主義」というルールがあり、裁判官が、出された証拠がどれくらいの強さをもっているかを自由に判断できことになります。そのため、逆に言うと、契約が本当に成立したのかという証明は契約書だけではなく、契約書があったところで、裁判所でその「契約書は(内容が)怪しい」とと思えば、契約書はスルーされてしまいます。重ねて言いますが、契約書があって印鑑が押してあっても合意があったとは認められないことがあるということです。
今まで、紙の契約書に押印しておくことが、媒体として携帯性と確実性もよかったし、一番証明も楽だったから印鑑と紙の組み合わせだったというところです。
本当は、契約内容を砂浜に書いてもいいですし、石板に書いてもいいのです。砂浜は、すぐ消えるし、石板は重いので、今は使われないだけです。

Q4「・・・文書に押印がありさえすれば、・・・証明の負担が軽減されることになるのか」

問の文章としては、また難しい話になりますが、いままでお話してきたことですが、印鑑が押してあれば、正式な文書として取り扱うし、印鑑を押すのがひと手間かかるので、書面に印鑑があったら「印鑑おしたんでしょ?」という問いかけで正しい書面ということが誰もが納得してしまうという雰囲気から、印鑑があればよいという発想になったのだと思います。
この回答は、1、押してある印鑑の形が、本人の印鑑であれば、本人が押した、2、本人が押したなら、本人がその書面に合意して作ったものと推定する(二段の推定)、で印鑑があれば、本人が納得して契約をしたことを推定するのであって、私の印鑑じゃないし、印鑑を私が押してない、印鑑は押したけど、よくわからないで押した。といわれると、合意したのか?を証明することが法的なポイントなので、他の証拠で合意を証明しなければいけない、ということです。
ここで、「争いがなければ」という条件がついているのは、そもそも、争いのない部分は裁判所はタッチしない(弁論主義)という原則があるからです。争いのない部分まで、いちいち全部判断を下して本当なのか?と審理をして判断していれば、裁判が(今以上に)長期にわたるし、ある意味不可能な部分もあります。争いのない部分は判断しない、印鑑があれば、書類は正しく作られたものとするのは裁判を楽にするための一定のルールなのです。
法的には(一般的な契約であれば)印鑑も必要ないし、書類も必要ないので、この裁判の場面で契約の証明のために書類も印鑑も必要ですといったら、事実上契約はすべてに書面と印鑑が必要になることになってしまいます。訴訟のルールは本来法律にはかってどうなのか判断する手続きなのに、判断の手続きが法律を変えてしまうことになるのは本末転倒なので、訴訟の場面でも、押印のある契約書以外の証明手段も認められるわけです。
また、この回答の最後に書いてあるのは、書面自体が間違いのないものだとしても、他に証明すべきことはあるし、証明したいことに対して、印鑑のある書面が証明の資料になるとは限らないということです。

Q5「認印や企業の角印についても実印と同様「二段の推定」により・・・証明の負担が軽減されるのか。」

印鑑登録されている印鑑、(通称)実印でも認印でも先ほどの民事訴訟法のルール(「私文書は、本人・・・の・・・押印があるときは、・・・」(民事訴訟法第228条第4項))からすると、変わりはないのです。ただ、その印鑑が本人の印鑑かどうか証明する手段があるかないかによって証明がしやすいかしにくいか変わってくるのです。実印の場合、法人ならば登記所に印鑑を提出してその印鑑が、実印となります。個人の場合は市区町村の役所に印鑑を提出してその印鑑を登録して、市区町村が本人の印鑑であることを証明します。いわゆる印鑑証明です。
ここで話は少々変わりますが、個人の印鑑証明は法律の制度になっているわけではありません。個々の市区町村で「印鑑証明条例」を決めてやっているだけなのです。要は(正確に言えば)全国の制度ではないのです。
他に文書が正しく成立したことを証明する方法としては、公証役場の「私署証書の認証」という手段があります。サインが書いてある文書でも認証してもらえます。「私署証書の認証」でも、内容に合意したというところまで、証明するわけではありませんのでご注意ください。

Q6「文書の・・・証明する手段を確保するためにどのようなものが考えられるか」

文書が契約成立の要件でないので、文書だけが証明手段ではないということです。要は、合意ができている証拠があればいいのです。その合意していることをログで証明してもよいし、ビデオで証明してもいいし、第三者が証明する方式でもいいのです。結局押印のある契約書だけでは合意している証拠にならないわけです。(手形、小切手はその手形小切手の記載事項が優先され、書面だけで条件を満たしてしまいますが、本当にその手形から資金を回収する裁判を起こすとすると、その原因などまで証明しないと納得はされないので、書面だけで完璧な証明ができることはありません。)
合意している証拠を作るには書面だけではなく、本当に合意していますか?とその合意の事実も当事者に確認する必要があります。公証役場で当事者を呼んで意思確認まで行ってその内容を書面にするのが公正証書です。そのため、裁判を経ずに強制執行が可能な公正証書すら作ることができます。

まとめ

このQAでいいたいのは、押印のある契約書でなければいけないというわけでもないし、印鑑があるからといってそれだけでは、(証明を求められる究極の事態の)裁判でも、即契約成立の証拠にはならない。だから印鑑にこだわる必要がないということです。ただ、印鑑の効力を定めたルールは民事訴訟法しかないとか、契約の方式は定まっていないとか、民事訴訟では証拠の証明力は裁判所の判断次第という点の前提が分かっていないと、このQ&Aはっきりと理解はできないと思います。
契約書も押印も必須ではないことも理解いただいたかとおもいますので、契約を証明するものや、日ごろから色々と記録は残しておいた方が後々のためになるのだということを考えるのが大事かと思っています。
あと、本当に大事な契約であれば公証役場を利用するという選択肢もあるということです。(公証役場の宣伝になってしまいましたが・・・)
専門家的な観点から見た感想に近いものは、次回アップします。


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