終わりから始まる終わりなき縁
「できないこと」と「しない」ことは違う
皆さん、おはようございます。
どうも、小屋付きの人ちゃんみかです。
先日、香川県の高松まで作品展を見に行ってきました。
日本画家、南正文先生の作品展『よろこびの種を』
会場ではドキュメンタリーの他に、特別に
貴重なDVDを観させていただきました。今日はその時にメモしたことをまとめたいと思います。
南先生は小学3年生の時に、両腕を事故で失っています。
ヒーローに憧れていた南少年は、父親のお仕事を手伝う中
だんだんと慣れてきた時、危ないことが危ないと思わなくなった瞬間があって、ふとヒーローみたく機械を止めてみたいと思い、機械のベルトに手をかけたのだそうです。
手術の後しばらくは、「後ろに手を縛って治療をしている」と聞いていたそうです。治療中は目隠しをして。ある日、どうなっているか心配だった南少年は、その目隠しに隙間をつくり治療中の手を見ました。
そこで、自分の両腕がないという現実を知ったそうです。
ここからは、私がメモしたことをそのままコピペします。
映像の中には、自転車を颯爽と乗りこなす先生の姿がありました。それも結構なスピードです。
その姿を見た時、『私の努力は全然だな…』と思ったものです。私は両腕があっても、自転車を上手く乗ることができないからです。
何ひとつ不自由のない身体に恵まれたけれど
ちゃんと使いこなせているのだろうか。
そして、ちゃんと大事にしているのだろうか。
そんなことを考えました。
講演会を観た後で絵をみると、最初に見た絵と印象は違って見えました。
なんて優しく、強く、明るいのだろう。
繊細に少しづつ色を重ねていくわけですから、膨大な時間のかかることです。ですが、楽しささえ伝わる気がしました。
今回もお仕事の都合で1泊2日の弾丸ではありましたが、会場へ行くことができて本当に良かったと思いました✨
私も、「この人は絶対に諦めない」と
信じていただける生き方をしたいと思いました。
たくさんのボランティアスタッフさん達の明るさや丁寧さを感じることができて、皆さんが南先生のことや作品をリスペクトしてるのが伝わりました✨
本当に本当に、かけがえのない空間を
ありがとうございました。
今日は、日本画家、南正文先生の作品展『よろこびの種を』のお話でした。
では、また。
KaFuKa