絵を描く楽しみが華開く 『部屋のみる夢 ― ボナールからティルマンス、現代の作家まで』
ぎゅうぎゅうの満員通勤電車を横目に見ながら平日朝午前8時、箱根行きのロマンスカーにかなりの余裕を持って乗り込む。
いつもならアルコール飲料を朝でも車内で嗜むのが楽しみでしたが、健康とのちの仕事に配慮して今日は清涼飲料水を片手に目的地を目指しました。
仕事が始まる90分前には職場付近で朝食を取るのが日課になっており、旅行の際もかなり余裕をもって列車の発車時刻一時間前には近くのカフェで寛いでから駅に向かいます。
何故か地方の美術館に行くと本来の目的が『美術鑑賞』であったはずなのに、現地に着いて街に出ると2秒で『食事』と『観光』がメインになってしまうため本来の目的を忘れないようにと気を引き締めます。
ロマンスカーの車内では『あなたは今どの空を見ているの〜♪』と優雅で害のない音楽が流れている。
『そうだ、京都行こう』
と、思い立てば京都だろうが箱根だろうがどこへでも行ける。
箱根を訪れるのは去年の夏以来です。
アーティストになって良かったことを200文字以内で簡潔に述べよ、と言われたら『どこでもドアがなくてもどこでも結構行けちゃいますよ、アーティストは!』と答えると思います。
現実の旅行も、イマジナリートリップも行き来自在です。
学生時代にニューヨークの街の絵を描いたことがあり、その際に教授から『お前、ニューヨークには行ったのか?』と聞かれたので、
『気持ちは行っていました』
と答えたら、返す刀で『体も行けよ!』と言われたのを思い出しました。
今なら心身ともにしっかり行くことができるのですが、遅きに失しました。できれば先生がニューヨークよりもさらに遠い天上界へ旅立つ前に行きたかったのですが、それも叶わず後悔ばかりが募ります。
…みたいなことは全くなくて、まだまだ全然元気(多分)なので今度ニューヨークに行ったらちゃんと報告したいと思います。すいません、先生…。
話を元に戻して、、、
重力を全く感じさせない高級外車の車内のように軽やかに滑り出すロマンスカーの車内では、中年女性二人組がおぞましい程の大声で渦中の芸能人の不倫と旦那の定年と宝くじの行く末についてを永遠と話し続けていました。
あまりの声の大きさと節操のなさと話の長さに出張中と思しき男性サラリーマン連はドン引きよろしく誰もが窓際族と化して閉口し、車内はさながら地獄の様相を呈していました。
ほぼ身動きが取れない長距離移動の列車の中でオバ様方のエンドレス与太話を強制的に聞かされるというシチュエーションは、まさに脱出不可能なミッション・インポッシブル。このペースで箱根の温泉でもこんな話を永遠にするのかと思うとせっかくGOTOキャンペーンで戻った箱根の観光客が再び『ステイホーム』しないか勝手に不安になりました。
子供の将来について語った宮崎駿の言葉が不意に脳裏をよぎります。
オバ様方の話には夢のかけらもありませんでしたが、(いや、ある意味宝くじには夢があるか?)不倫と宝くじという、夢と現実の狭間を往還しながら地獄の列車はその後箱根へと無事到着しました。そして心の底から乗っていた列車が京都行きの新幹線などではなくて良かったとも思いました。(地獄のトークが三時間も続くのはマジでキツいので)
夢のない話から一転、今回は箱根ポーラ美術館の展覧会『部屋の見る夢』という展覧会を見に来ています。
会期終了間際、やんなきゃいけない仕事が山のようにあったのですが、ロマンスカーの速度に合わせて仕事も責任も心配ごとも全部すっ飛ばして箱根に来てしまいました。忙しくなるほど外出(逃避)したくなる性分です。
ちなみに箱根に行くと決意したのは当日の朝起床してから15分後でした。もぉ働きたくない、夢見たい!!と思って。
で、久々にポーラに来たらもぉ入り口からしてカッコイイ!嗚呼、ポーラよ!!アマポーラ!甘ポーラ!!!(なんか全面ガラス張りって勝手にテンション上がります)
館内は相変わらずいい雰囲気で外光が注ぎ、監視の人の制服もどこかのデザイナーブランドが作ったみたいにかっこいい。
駐車違反切符を朝から自転車に乗ってせっせとツーマンセルで切っている、緑色のユニフォームのおじさんたちとは根本的に何かが違います。
部屋の見る夢というタイトルに合わせて作品が各セクションごとに一作者の作品と合わせて展示されています。
いつもポーラ美術館に来て思うのは、ポーラは一壁面に対しての作品の数が非常に少なくて作品がとても鑑賞しやすいと言うことです。
これしか壁面に対して絵が展示されていない。それがいいなーと毎回思います。
個人的には美術館に展示される絵はせいぜい20〜30枚程度でいいと常々思っているのですが。
部屋というコンセプトのため壁に窓がついていたりするのですが、カップルがそこでお互いを覗きあったりしてはしゃいでいたりしました。その状況を窓越しに関係ない人間が見ると、なんか覗きの人みたいな感じになって、見ちゃいけないものを見てしまったときのような雰囲気になり箱根の澄んだ空気が一瞬『微妙な空気』に切り替わりました。
そして今回の展覧会で最も目を引いて気に入っていたのがドイツの写真家、ウォルフガング・ティルマンスの作品です。
ティルマンスの作品には全編から透徹した知性と品性が漂っていました。決して絵具の物質的な厚みや筆のストロークなどの表面的な痕跡があるわけではない、複製芸術という写真媒体の作品においてここまで人の視点を留め続けるのは本当にすごいと思いました。
持論ですが良い作品には必ず知性と品性が備わっていて、その眼差しが作品の一つの良さの基準になっています。
まさに行きのロマンスカーの中年女性たちに最も欠落していたもの…そう、それが人生を豊かにするための二大マテリアル、『知性』と『品性』なのです!!
昨年の展覧会で見たロニ・ホーンという作家の作品もそうですが、センスが抜群に良くてしかも知的なのがカッコいい。美大生の五美大展とは何かが違うんですよね…
今回の展覧会は各セクションに別れた作家の作品が壁の隙間から要所要所で見えるのですが、その見え方(見せ方)が本当にどれも秀逸で美しかったです。
近づくと…
薄い絹のようなものが木枠に貼られていました。窓の向こうからは実際の箱根の森林がうっすらと透けていて素晴らしい作品でした。しかも窓の木枠も全部手作りっぽかったです。
さらに同じ部屋にはこちらの作品も。
こちらのセクションでは佐藤翠さんと守山友一朗さんご夫妻の作品が展示されています。この部屋が常に一番人が多かった気がします。やはり綺麗で見やすくて、いい意味で歴史の重さを感じさせすぎない絵の雰囲気が心地よいのかと思いました。
ちなみにこちらの作品は奥様旦那様お二人のおっしゃれ〜な夫婦共同作品らしいです。本展覧会のメインジュアルにも使われていて、愛と優しさとセンスの良さが伝わりました。我々みたいな仮面夫婦じゃこんなん絶対描けません。まぁそれ以前に結婚してないんですけど私(笑)
厳格で厳密なゲルマン民族のアート。階下ではこの人のためだけにこの巨大な看板が作られ個室が丸々占領されておりました。
さっきまでのノリで『リヒターおっしゃれ〜!』とか言っていたらドイツ式重工具で殴られそうな厳粛さが絵(というか部屋全体)から漂っておりました。唯一この部屋だけは『夢見る』なんて眠たいこと言ってられないようなお部屋でござんした。
私の写真技術が下手だからブレているのではなくて、こういうブレた筆致でわざと描かれたオサレアートなんでございますよ、みなさん。
極め付けに最後のセクションを飾るのは草間彌生さんのお部屋でした
ちょっと夢見るというか、もはや悪夢的なお部屋でしたが…←褒めてます。
部屋を見ていてほんと『気狂いなんじゃないのか…?』と正直思ったのですが(褒めています)、とにかくこの人はすごいなぁと。ちょっといいとか悪いとかは置いといて、とにかく目を引くというか。すごいエネルギーでした。もぉ有無を言わさぬ迫力で。ただ自分のお母さんがこれ作ってる人だったらちょっとキツイんですけど…(笑)御歳94歳です。
そして毎回ポーラ美術館を訪れると最もお金がかかる&楽しみなのが食事とグッズ売り場です。(冒頭で言ったこと完全に無視してます)もぉミュージアムショップとレストランが楽しみで楽しみで、毎回絵は15枚くらい見ると早くレストランでお食事をいただきたくなってしまいます。
デフレが続いて久しい日本ですが、なるべく旅行に行ったら意識して観光地にお金を落とすようにしています。俺が落とさなきゃ誰が落とすんだ?と思ってなんとか『ガンバレニッポン!』みたいな意気込みで行楽地では常にいいものを食べて(ただ自分が食べたいだけですが)お金を落とそうとするのですが、そこは腐っても箱根(腐ってないけど)、訪れるリッチファミリーは地下から湧き出る温泉水のごとくジャンジャンジャンジャンお金を流していきます。もぉデフレも節制も老後2000万円問題も無関係にマネーの源泉掛け流し・垂れ流し状態(笑)もはやあまりにマネーを落としすぎていたので私が拾ってしまおうかと思うくらいでした。
レストランには子連れの家族や社会に出る前の希望に溢れたカップルが席の大半を占め、困難なんて存在しない、遭遇したってどんな困難だって乗り越えていける。そんな希望に満ちた光景をいつもながら一人遠目に眺めていました。
気づけば私も人生の折り返し地点に差し掛かり、これからどうやって生きていこう、なんて人並みにぼんやり考えたり、この先遭遇するであろう数多もの困難に思いを馳せたりしてみたのですが、その日の私が遭遇する可能性が最も高かったのは希望でも栄光でも困難でもなく、冬眠明けのクマだということが判明しました。
そんな仙人みたいに達観した行動を私のような若輩者が取れるんでしょうか?(笑)
箱根の陽光降り注ぐレストランの窓際席から、いつか彼らみたいな素敵な未来が自分にも訪れて、湧き出る湯水のごとく家族と一緒にジャバジャバお金を使える日が来るのかと想像してみますが、そんなことは夢のまた夢なのだと、夢を見る展覧会のレストランでついぞ最後に悟りました。
そして本日三杯目の白ワインを注文して(もはや飲み屋状態)適度にアルコールで気持ちをいい気分に浸してから美術館を後にしました。なんで紅茶とデザートの後に再びワインを注文したのかは自分でもよくわかりません。
帰路は樹海みたいな山のうねり道を幾度となく蛇行して山を下るのですが、部屋の見る夢よりも何故かこのうねり道の方に妙な親近感を憶えました。
なんだろう、この既視感?なんか自分の人生みたいだなぁ…
と思ってハッ、と気がつきました。(ポンっと手を叩く音)
ああ、紆余曲折だって(笑)
次はどこへ行こうかしらん。
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