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遠い日のスプラッシュ(後編)

※写真はスプラッシュ最後の日のメーターです


縁もゆかりも無い地を
飛び込み営業で回っていたある日、
小松市内のとある中華料理屋に入った。



あつあつのあんかけに
大ぶりな肉団子が美味しいと
有名なその中華料理屋に入り、
看板メニューを頼み
店主のご主人とお話していたところ
テーブル席で昼間から、
ビールを煽っている
4人の陽気な男性たちから
声を掛けられた。



「聞いてんけど、雑誌に載せる飲食店、
あたっとるんけ?」



「ええ、こんな企画で
雑誌を作ってまして…」
話をしながら内心、思う。
(ああ、大丈夫かな、
また一蹴されるのかな、
みんなで楽しく飲んでる時に
申し訳ないな、
ああ、さっさと肉団子食べて
帰ったほうがいいだろうか)



置いてきぼりを食らった肉団子は
カウンターでわたしを見ている。



「金沢から来とるんか!」
「地元民しか来んような中華屋に
若いスーツの姉ちゃんが来たら
なにごとかと思うわなぁ」
「飛び込み営業しとれんて、
余所者あんまり入れてあたらんやろ」
男性たちは各々、
わたしに対する意見を
口にしていたが、
思っていたより
邪気にされていないようである。



話を聞くと地元の消防団の
集まりがあり、終わったあとに
一杯やっているということだった。



「んなもん、わしが知ったもん
みんな繋げてやるわい」



わたしは言われるがまま
スプラッシュを走らせ、
案内される箇所を回った。
どうやら案内していただいた箇所は
いずれも消防団の方のお知り合いらしく、
雑誌の掲載を快諾してくださった。



石川県自体も
他県から来た方から言わせると、
余所者をなかなか
受けつけない部分が
あるとのことだが、
一旦打ち解けると懇切丁寧に
対応してくださり
元々仕事は好きではあったものの、
人と人とが繋がる仕事の面白さをより
実感させていただいた。



ご好意が重なり
多くの店舗を紹介していただき、
しばらく小松へ通うことが増えた
スプラッシュは、
着実に走行距離を踏んでいった。



一般的に共有可能な感覚かどうかは
不明であるが
多少距離のある場所であっても、
その地へ赴く回数を
重ねれば重ねるほど、
距離を感じなくなっていくのは
何とも不思議な感覚である。



スプラッシュの乗り出しが
そのような過程を経たために、
ややクルマの走行距離〝感〟に
バグを生じたわたしは、
納車から6年で
スプラッシュの走行距離を、
140000kmまで伸ばしていた。



2018年の春、ついに
スプラッシュが
時々ノッキング様症状を
呈するようになり、
お別れを決断した。



お別れを決めたことを
息子達に伝えると
長男はわんわん泣いた。



「もうスプラッシュに乗れないの?」
「お家に置いとけないの?」
泣きながら矢継ぎ早に、
やや叫ぶように問いかける長男。
温厚でやや内向的に見える彼が、
1台のクルマにここまで
感情を揺さぶられていることに
母親として驚きを隠せなかった。



「そんなに好きだったんだね…」



あのお別れから5年が経過するが、
未だにスプラッシュとの思い出は
わたしたち親子のなかで
時々、話題に上がっている。

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