遠い日のスプラッシュ(前編)
※画像は手放す前日に撮ったスプラッシュです
「逆輸入車」。
日本の自動車メーカーの
クルマでありながら、
海外の生産拠点で生産されたクルマ。
おそらく、自分史上最初で
最後になるであろう
「逆輸入車」を2012年、購入した。
私自身、まだ看護師免許も持たず
医療従事者でもなかった
20代前半にさかのぼる。
その頃、とある飲食系
雑誌の制作で石川県内を回り
飛び込み営業、ライティング
カメラマンとして働いていた。
個人事業主の集まりのような
その制作会社は
今考えるとなかなか先進的な
制作フロー・体制を
敷いていたように思う。
デザイン制作陣は各々の事業の関係で
アメリカ・ニューヨークに
滞在しており
営業とライター、カメラマンを
担うわたしとチーフディレクターは
金沢を拠点に活動。
こちらで撮影をし、原稿を書き
夜にLINEでニューヨークの
制作陣に投げ、
14時間の時差を経て、
朝には記事が仕上がる流れだった。
とにかくクルマが
過走行になった当時、ジムニーから諸事情
(これもいずれ後述できれば)
あって乗り換えたMRwagon Alimited
が音を上げ、急遽買い替えを
検討することとなった。
仕事で何度も通った港近くの道、
縁もゆかりも無い中古車屋の前に
2年落ち、30000キロ弱、修復歴ゼロ、
販売価格40万円という
一般的な中古車の相場より
かなり安いであろう値段で売られている
日本車離れしたデザインの
クルマを見つけた。
そのクルマの名前は
SUZUKI 「スプラッシュ」。
調べてみると、
生産国はハンガリー。
足回り固め・ステアリング重めで
ヨーロピアン調の
味付けとなっているらしい。
また、不人気車種のため
かなりの安価で
流通していることを知った。
試乗で前評判通りの乗り味に
満足し、ほぼ即決状態で買った。
持ち主の期待に答えるように
スプラッシュはよく走った。
急遽とれたアポに急いで向かう時は、
ハイトワゴンカテゴリーの割に
低重心で安定した走りに、
安心してアクセルを踏めた。
雑誌とはいえ、やや特殊な
ビジネスモデルだったこの事業に
怪訝な顔をする店舗経営者も
多く、飛び込み営業で
回っている最中は何度も断られ
追い返されることもあった。
走りに走って、夕刻
ステアに力なく置いた手に
心の底から込み上げてきた
ため息がふう、とかかる。
しかし、どれだけ
気落ちすることがあっても
未満児で保育園に通っていた
息子たちの迎えの時刻は
等しくやってくる。
19:00の最終預かり時間に
滑り込むように、
帰路は毎度スプラッシュを駆った。
「今日は早く仕事が終わりそうだから
どっかご飯食べに行こうか。」
悲しいかな、そう約束した時に
限って仕事というものは
遅くなるものであった。
そんな日は涙がこぼれないように
保育園の駐車場で、スプラッシュを降りて
天を仰ぎ、しばし堪えては
息子たちのもとへ向かった。
その頃の取引先となる店舗さん、
及び、今までの社会人人生で
謝罪はよくしたものだが、
最もわたしの謝罪を
受けたのは息子たちだろう。
「いいよ、またご飯いこう」
約束破り、と暴れてもいいものなのに
ほとんどそんな記憶はない。
くたくたなわたしを見て、
何も言えなかったのか
大人しく帰路につく息子たちに、
申し訳なさばかりが募った。
また、撮影やアポが
夜間にかかる際は
息子たちも連れて現場へ向かった。
未満児を背負い、カメラを構え
道中は子供の声混じりの
ボイスメモで原稿を作る。
「遅い時間に子供を連れて来るなんて。」
やはりそこでも怪訝な顔を
されることもあったような気がするが、
それ以上にこんな母子を
温かく迎えてくださった方々の
優しさが深く心に刻まれている。
仕事で今後も忘れられない
出来事があったのは、スプラッシュと共に
走り回っていた、ある日のことだった。