いつか(前編)
クルマに乗る時は、
無音ですか?
ラジオですか?
テレビをつけますか?
音楽を聴きますか ──────?
クルマに乗る時に、
「音楽がないと死んでしまう!」
と豪語し、どんなに面倒でも
50枚収納のCDケースを
常に7〜8セット、
クルマに積んでいた私だったが
WRX STIに乗り換えた時に
初めてカーオーディオ、ナビに
きちんと投資したような気がする。
第6世代iPod classicを接続し、
Pioneerのcarrozzeria
ナビオーディオをとことん触って
重低音を追求していた。
今まで乗ってきたクルマの中で
特に高気密で遮音性が高かったSTIは
やや大袈裟な表現かもしれないが、
さながら音楽室のようで
ロックからバラード、クラシックまで
様々な音楽を聴いた。
ただ、いくら重低音を好んでも
設定には限界があり
聴いていると時々、音割れ
することがあったが
クルマの中の空気の揺れを感じて
体内の細胞たちが共鳴した時は
運転することの楽しさも相まって
表現し難いくらいの快感、を得ていた。
あの時、もそうだった。
看護師資格を得てから
初めて働いた病院の
通勤路で[Alexandros]の
Thunderを聴いていた。
何度も聴いたこの楽曲だが、
その日はあるフレーズがやけに
耳についた。
看護師の資格を取得してから
いつかは在宅領域で働きたい、と考えていた。
25歳、介護士から始まり、
老年領域からスタートした
対人援助職人生だが
いくら病院で入院しても、
大抵の人は自宅に帰りたいと願う。
病床で計器類に繋がれ、
モニターに表示される
数字だけを見て判断する人間には
なりたくなかった。
年々増大する医療費を前に
政府は在宅医療を推進し、
少子高齢化の行末を考慮すると
いつかは箱物の中だけでは
この仕事が成り立たなくなるのではという
うっすらとした危機感もあった。
聴診器と体温計、血圧計とパルスオキシメーター
音を聴いて、見て、触って
処置道具だけ持ってあちこち飛び回る。
フットワークの軽さと
体力だけが取り柄の自分としては
とても魅力的な領域に見えた。
ふと、音に揺られながら考える。
「いつかは在宅領域で働きたい」の
「いつか」って、いつ?