アンナチュラル、MIU404 の集大成である「ラストマイル」−簡単に変えられるわけではないけど、「それでも」という話
ラストマイル見てきました。たくさんの作品を見ているわけではありませんが、今年1になるかもしれません。
一応、見ていない人、これから見る予定の人のためにもあらすじを示しておきます。
映画を見る前に、これはアンナチュラルでもMIU404でもないということを公式からも発表されていたので、思っていたよりも両作のメンバーが登場していて、驚きました。
見てない人、是対見たほうがいいですよ!!
ここからネタバレ––––––––
1.映画的な興奮
まず音がすごかった。爆発音が大きくて、びっくりします。
そして何より、段ボールに爆発物が含まれていて、開けると爆発するという緊張感がすごかったです。しばらくはダンボールを開けるのを躊躇してしまいそうなくらい、映画体験として素晴らしかったです。
ただ、MIU404やアンナチュラルのメンバーが出てきた時に、ちょっとした笑いどころがあったりするのですが、ラストマイル自体がMIU404やアンナチュラルに比べてかなり重めの話であり、かつ2時間という制約の中でキャラクター性や関係性の深掘りがどうしても浅くなってしまうことで、ここ本当に笑って良いの?となってしまうところもありました。また、展開が早いため、笑えたと思った次の瞬間にはまた重い話に変わっていたところもあり、どう消化すれば良いのか難しいところでした。
しかし、こんなところは揚げ足取りに近い批判でもあるのでそんなに気になっていません。
むしろ、2時間という制限の中で、主人公2人をそれほど深く、あくまでもこのシステムの中で、もがく人間たちという群像劇だからこその良さがたくさんでている作品だと思いますし、そういうシーンが浮いてしまうというのは、ラストマイルがちゃんとアンナチュラルとMIU404とは違う話になっている事を示していると思います。
2.解釈
1.「2.4m/s 70kg→0はどういう意味なのか?
これは色々な人がさまざまな解釈をしていますが、私は単純に、耐荷重70kgに、約体重70kgの男が飛び降りて、1秒2.4mで進むベルトコンベアを0にするという意味だと捉えました。ただ、飛び降りたあと、一時的にベルトコンベアが止まったものの、またすぐに動き出したのを見て、山﨑は「バカなことをした」=無駄だったという言葉を最後に植物人間になってしまいました。
ただ、これ自殺するつもりだったのかは微妙ですよね。
単に本気でベルトコンベアを止めようと思っていたようにも見えます。
でも、まあ、あわよくば死ねると心のどこかでは思っていたのかなあ。
そして、彼が飛び降りたあと、すぐにベルトコンベアを動かしたディーンフジオカはどういう気持ちだったのかなと、、、
2.マジックワード
「全てはお客様のために」という言葉は、企業にとって都合の良い言葉でした。運賃をできるだけ安くするのも、派遣社員をたくさん雇うことも、なるべく多くの商品を受注することも、お客様のためを謳いつつ、結局は企業の利益のためだと思われます。そして、これはSDGsや商業フェミニズムにも言える。結局は利益のためじゃないですか?耳障りの良い言葉を吐いて、相手を納得させようとする手段じゃないですかと。
エレナの上司は、エレナの相談に乗るときは日本語で話し、そうでないときは英語で話す。これもある意味ではマジックワード?というよりマジックアクションという感じですよね。人を操る行動という感じ。
3.格差社会
船渡エレナと梨本孔はホワイトカード、ピッキングなどをおこなっている派遣社員などはブルーカードで入構するというホワイト、ブルーというのは、確実にホワイトカラー、ブルーカラーという言葉を示唆しています。
だからこそ、序盤のシーンにあったバスに乗ってくる大量の派遣労働者と、タクシーで颯爽と登場する船渡エレナの場面も格差社会の表れだと思われます。
4.「爆弾はまだある」発言
結局、たった二十円の賃上げで終わったストライキも、根本的な解決には至っていません。運送業界はたくさんの問題を抱えています。人手不足に、長時間の拘束、低賃金などです。そして、daily fast社の内部でも、山崎が死んでしまったように、たくさんの問題を抱えています。一番はそこでしょう。山﨑の死が世間に告発されれば、daily fast社は厳しい視線が送られることになると思います。山﨑の件だけでなく、悪質な労働環境や仕組み、そういう問題を1つ1つ根本的に解決していかなければ、今回のようなことはまた起き得るということでしょう。
what do you want
3.ストーリーの軸となる物流業界
佐野親子コンビも言っていたように、運送業界は歩合制が一般的で、一個当たりの額も高く、数量をこなせばこなすほど稼げていたようです。それこそ「3年走れば家が建つ、5年走れば墓が建つ」と言われていたように、過酷ではありますが、稼げる職業ではあったようなので、ブルーカラーの花形として扱われていたようです。
しかし、現在では、運送業界の規制緩和により運送会社の数が増え、荷物の取り合いがおき、値下げ競争がおき、荷物一個当たりの価格もかなり低い金額となってしまいました。
そもそも運送業界には仲介業者が存在していました。ただ、人手不足やスケジュールによる都合などで、仲介による仲介が行われるようになり、中抜きが重ねて行われることによって、ドライバーの手元に残る金額も少なくなってしまいました。
そのような中で、働き方改革により、長時間労働を防ぎ、休憩時間の厳守させるような取り組みが行われるようになりました。
しかし、それによって、ただでさえ収入が減ったドライバーは残業代などで収入を増やすことも難しくなり、休憩時間も厳守しなければならない中で配送先に遅れることも許されないという、ドライバーへの締め付けがかなり厳しくなってしまいました。
そういう状況を踏まえると、火野さん扮する佐野昭のドライバーとしてのプライドも理解できる上で、宇野さんが演じる佐野亘の「やっちゃんは死んじゃったじゃねえか」という怒りはもっともだと思います。
4.巨悪は存在しない〜システムの中で駒となる人間〜
ベルトコンベアに乗って効率的に運ばれる。
合理化、効率化を目指すシステムの中では、人は阻害されてしまいます。
だからこそ、このラストマイルに巨悪は存在しません。こいつを倒せば、一件落着とはなりません。
あるのは、人間を駒のように扱うシステムと消費社会です。
最初の少し嫌な感じがしたエレナも、悪役に見えたディーンフジオカも、ただシステムの中で戦ってきたから、そう見える行動をとるだけなのです。
最後のエレナとその上司とのオンラインでの面談で、「私の相談には日本語で乗るのに、こういう時には英語で話すのよね」(うろ覚え)というセリフや、アメリカのほうに犯行予告が送られていて、爆弾が爆破することはわかっていてエレナがアメリカから送られたという状況は、やはりエレナもディーンフジオカも組織の中での駒でしかないということでしょう。
そして、巨悪を倒すためではなく、そのシステムと戦うために、あえて「ストライキ」という選択肢を選んだのでしょう。
4.アンナチュラル、MIU404、そして集大成としての「ラストマイル」
1.アンナチュラル、そしてMIU404のテーマ
アンナチュラルのテーマは、「死(被害者)と向き合いながら、生を見出す」で、MIU404のテーマは「加害者の救済」というところだと思っています。
少し横道にそれますが、野木さんはインタビューの中で「MIU404はアンナチュラルの批評」だという旨の発言をしています。
アンナチュラルとMIU404を見比べてみると、アンナチュラルでは加害者の声を意図的に遠ざけているように思えます。一番印象的なのは、主役の三澄こと石原さとみが、犯人の男に対して、「犯人の気持ちなんて分かりはしないし、あなたのことを理解する必要なんてない。不幸な生い立ちなんて興味はないし、動機だってどうだっていい。」と突き放したシーンです。確かに、三澄の生い立ちやここまでの流れでこのセリフが出てくることは理解でいますし、共感もできます。ただ、そこまで突き放してしまっていいのかという気持ちはあります。
それを踏まえて、MIU404を見てみると、MIU404では「間に合わせる」という言葉の通り、被害者と加害者のどちらもが手遅れになる前に犯罪を止めるという気概が見てとれます。また、アンナチュラルは死体解剖という視点からどうしても「死」を起点に物語が進行します(だからこそ「法医学は、未来のための仕事だ」というセリフはブッ刺さりますが)。
MIU404は、犯罪が起きるは起きますし、人も死にます。しかし、警察としての視点から描かれるので、加害者にフィーチャーされやすいです。
そして、MIU404で物語のテーマ上で、かなり重要になる「分岐点」では、主人公の志摩役である星野源が、ピタゴラスイッチを使って、ラストマイルでも重要になってくるセリフを吐きます。
自己責任が叫ばれる世の中で、自分の人生の全てをコントロールできない。
外的要因によって人生は簡単に変わってしまう。その時助けてくれる人がいるかどうかもわからない。
だからこそ、警察が、機捜が間に合わせなければいけない、ということに繋がってくると思います。
ではやっと本題に入ります笑
ラストマイルは、なにが集大成だったのか。
2.交差するテーマ
最初に話した通り、ラストマイルでは格差が描かれていました。ブルーカラーとホワイトカラー、daily fast社に依存している羊配送はdaily fastからの要求は断れないなど、格差がよく表れていると思います。
ただ、絶対的な悪が存在しないのです。色々ネットで感想を未漁っていると、ディーンフジオカが悪だという感想を見かけたのですが、ディーンフジオカも結局、組織の歯車として動いている人間なんです。だからこそ、失脚だってするし、会議に出れば責任を問われる。
だからこそ、こいつを倒せば一件落着みたいなことはなく、ラストマイルもドライバーの賃金20円アップという、あんまり変わってなくない?という結果に落ち着いています。
このシステムの中で歯車として動く、絶対的な悪が登場しないこの作品は、MIU404の、外部環境によって人生が左右するなかで、どこまで自己責任を求めるのかに通ずるものがあります。
爆弾による被害を「間に合わせる」。だからこそ、最後の宅配ボックスの暗証番号は「404」だと思うんです。
そして、エレナの「一番知りたい答えはロッカーにあったのに」という言葉は、山﨑の婚約者である「筧まりか」が山﨑がなぜ死んだのかを知りたかったのにもう死んでしまった筧に対する、「間に合わなかった」という無念の叫びだったのではないでしょうか。
「そんな根性ならいらない」
そして、三澄が言ったことのセリフもアンナチュラルが示してきたものが詰まっていると思います。
山﨑の彼女であり婚約者だった「筧まりか」は植物人間となってしまった彼の無念を晴らすため、爆弾テロを起こしました。そんな彼女に、中堂さんは「見上げた根性だ」と言い、三澄は「そんな根性ならいらない」と言います(ここ2人の価値観の違いが出てて最高)。三澄がアンナチュラルで以下のようなセリフを言います。
三澄のこの考えはラストマイルの「そんな根性ならいらない」に繋がってきました。死体から未来を見出す仕事をしているからこそ、そして三澄の過去があるからこそ、死んでしまったら…という無念の言葉だったのだと思います。
5.ラストマイルの伝えたいこととは
1.アンナチュラル、MIU404とは異なる「社会変革」
アンナチュラルもMIU404でも社会問題を扱ってはいたものの、変化させるところまでは行っていません。強いて言えば、アンナチュラルの工場の労働環境を理由としたストライキを行ったことくらいですが、これもこの話のメインとは言い難いです。
ラストマイルでは、たった20円とは言え、ストライキを行い、ドライバーの賃金アップにつながりました。
2.考え続けることも大事だが、その先
社会格差は広がり、こいつを倒せば世界は良くなるという巨悪も存在しません。資本主義という制度の中で、合理化、効率化が進められ、消費者の欲望の再生産も繰り返し行われます。
そうした中で、私たちは何ができるのかと問われています。
映画の中では、抜本的解決には至らなかったものの、ストライキという行動を起こし、山崎が果たせなかった24m/s 70kg→0を実行でき、賃金20円アップを行うことができました。
多くの人が通販サイトを、特にamazonを利用したことがあると思います。
この映画を観た後、私は今まで配送問題を知っていたものの、翌日配送を使っていたことを後悔しました。
山崎の恋人がエレナに発した言葉と、エレナが五十嵐に向けて発したこの言葉はスクリーンを通して私たちに向けられます。
翌日配送にしなくていいのに、その選択肢があるから、そのサービスがあるからと、言い訳をして翌日配送を選んでいた自分を本当に情けなく思いました。
2024年問題と言われ、荷物が運べなくなるといわれて、その2024年を迎えて半年ほど経ちましたが、結局根本的な解決はできていないままです。
エレナがやめ、センター長に梨本が選ばれた時、「順番が回ってきた」というセリフも、結局誰かがやらなければいけないということでもあり、替えが効くということでもある。
エレナが山﨑のロッカーを見て、笑い、泣いたように、梨本もそのロッカーの前で苦悩の表情を浮かべます。山崎の自殺が世間に公表された描写はなかったので、これを告発する選択肢を梨本が持つことになります。そして、センターの裁量権も持つことになるので、エレナが言った「爆弾」を変革するために行動を起こすことも、これまでのセンター長と同様に起こさないこともできるのです。
梨本の表情は、その葛藤なんだと思います。
ただ、「みんなでせーのでやめればいい」というのは、私たちに残された微かな希望かもしれません。
そして、作中では、わずかではありますが賃金アップを成功させてます。
私たちもせーので翌日配送をやめれば、翌日配送自体のサービスがなくなるかもしれないのです。それは地味ではあるかもしれませんが、ドライバーの負担軽減に多少は貢献できるかもしれません。
この映画を観た感想として、「このことについて考え続けなければいけない」という感想をよく見かけました。
確かに、考えることは大切だと思います。しかし、この映画はこの考えるという先にある、「行動しよう」ということまで訴えていると思います。
3.本当に欲しいと思っていますか?
最後のシーンでwhat do you want?が連呼されて終わりました(ここ怖かった)。
ここには2つの意味があると思います。
1つは、私たちの「欲しい」という消費行動は本当に心から「欲しい」と思って消費しているのでしょうか。
例えば、こういう話があります。
あなたがドライブをしている時、ハンバーガーの看板を見つけて、ハンバーガーが食べたくなり、ハンバーガーショップに行ってハンバーガーを買ってます。
あなたは本当にハンバーガーが食べたかったのでしょうか?
現代社会には広告で溢れかえっています。テレビをつけても、街を歩いても、スマホを見ても。
私たちは本当にそれを欲しいと思っているのでしょうか。
広告によって欲しいと思わされるということが常々あると思います。
そして、この映画を見て、物流業界の現状を思い知らされ、あるいはそういうメッセージをあなたが受け取ったとして、それでもあなたはこれまでと同様に行動しますか?という意味での「what do you want?」だと思います。
私たちは現代社会で生きる限り、資本主義社会から逃れることはできません。どうしてもシステムの中で生きなければいけません。この作品では、私たちはどう行動しますか?という問題提起をするだけでなく、その先にある、一緒に社会を変えていきませんか?というメッセージがあると思います。
そして、私を含めたこの作品を見た多くの人がそのメッセージを受け取ったと信じたいです。
それが希望につながると信じています。
6.おまけ 好きな演技
1.踊る大捜査線の匂い?阿部サダヲの演技が好きすぎる
大島育宙さんもおっしゃっていたので、わざわざ私が書く必要もないのですが、MIU404の桔梗さんの登場シーンのBGMがどこか踊る大捜査線を彷彿とさせました。
そして、阿部サダヲが現場の混乱に対応している最中に、社長からきた本部の方に来いという旨の電話に対して、「お前らが現場に来いよ」と不満を爆発させるシーンは、「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ」の場面を思い出しました(これかなり意識してますよね?多分)。
阿部サダヲが満島ひかりからの要求と、社内の上からも下からも揉まれてしまい疲弊してしまう演技は本当に素晴らしくて、見入ってしまいました。
2.満島ひかりの凄さ
初めのうちは、アンナチュラル、MIU404のテンションで見て言いたので、岡田将生と満島ひかりのバディものだと思っていました。
そのため、最初は満島ひかりの優秀だが、少し嫌な感じに戸惑いました。
しかし、物語が進むにつれ、エレナが嫌なやつではなく、組織の中で動く人間なら誰しも持ちうる嫌なところと良いところが出ているだけなんだと納得できました。というよりも、「人間」という感じがしました。
野木亜紀子さんの作品で好きなところは、典型的な「嫌な女」を描かないところです。テレビドラマでは、優秀だけど「嫌な女」、「女は性格が悪い」的なことを安直に描かれながちな感じがしているのですが、野木さんの脚本はこれがないので安心して見れます。
このエレナ役は見終わった後に、満島ひかりにしかできないなあと思わされました。