裂固:大事なのは行こうと決めた事
私の大好きなラッパー・泰斗 a.k.a. 裂固くんの楽曲「POLAR EXPRESS」について感想を書くとともに、曲が生まれるまでの裂固くんの道のりを簡単にまとめました。
下線部はリンク付き。約8千字。
裂固くんの楽曲はよく聞いているものの、MCバトルなど他の活動はあまり追っていないにわかヘッズゆえ、何か事実誤認があればご指摘ください。適宜修正します。
※筆者の他のnoteを間違って読む人がいるといけないので…
弊アカウントは日本語ラップ/MCバトルのヘッズ垢ではなく、ICE BAHNのファン垢です。普段はIBについてしか投稿しません。
▶︎IB関連記事は2024/7/4現在43本、約22万字あります。こちらからご笑覧下さい。
◆輪入さん、高ラ、ダンジョン
裂固くんは岐阜県揖斐川町生まれ、池田町育ち、大垣市出身(毎日新聞岐阜県版、2019年5月14日)。
1997年6月24日生まれの27歳。
梵頭さん率いる「HIKIGANE SOUND」の一員だ。
泰斗は本名。MCネームの「裂固」には「炸裂する固い韻」という意味が込められている。
烈固や列固と誤字られがちだが、これを機に「炸裂の"裂"」と覚えてほしい。
▶︎参考:朝日新聞電子版(2017年11月16日)
中学2年時に両親が離婚。妹を進学させるために自身は高校へ進まず、中学卒業後の15歳からすし店でアルバイトを始め母親を助けた(中日新聞岐阜県版、2022年4月1日)。
アルバイトに明け暮れ、「なんも楽しくない人生だな」とすら感じていたという(毎日新聞岐阜県版、2019年5月14日)。
ラップを始めたのは、輪入道さんのライブを見たことがきっかけだった。
中学卒業後間もない頃、裂固くんの友人がラッパーデビューし、裂固くんは応援のため初めてクラブへ足を運ぶ。それがヒキガネのイベントで、輪入さんはゲストで来ていた。
当時、輪入さんはフリースタイルだけでライブをしていた時期。
その時の衝撃を、裂固くんはこう語る(BANTY FOOT OFFICIAL CHANNEL、2020年6月25日)。
▶︎その輪入さんと裂固くんは、9月28日に行われる戦極第35章で2on2のタッグを組む。エモい。
そこから友人にラップを教えてもらい、サイファーなどで腕を磨いた。
韻を踏むことにもこだわるが、「日本語本来の意味を大事にしたい」と読書に励み、語彙力を増やしたそう(読売新聞岐阜県版、2017年3月6日)。
▶︎読書の良さについて語る裂固くん(BANTY FOOT OFFICIAL CHANNEL、2020年7月2日。大卒の私より知識も教養も向学心もある。裂固くんは人としてすごい。)
頭角を現したのは2016年4月、18歳の時に出場した「第9回高校生RAP選手権」。
16、17歳の時は落選するも、出場資格ラストイヤーだったこの大会では、優勝候補と目されたLick-Gさんを破り約800人の頂点に立った。その3ヶ月後にはep「AUTOMATIC FUN」でCDデビューも果たしている。
▶︎高ラ決勝
翌2017年8月、テレビ朝日のMCバトル番組「フリースタイルダンジョン」で、チャレンジャーを迎え撃つ強者「モンスター」に抜擢。輪入さんやFORKさんらと共に約2年間レギュラー出演し、全国的知名度を高めた。
▶︎ダンジョンの登場曲「Keep On Runnin’」(2017年)は、iTunes HIPHOPチャート1位を獲得した裂固くんの代表曲の一つ。プロデュースはBEAT奉行さん(ICE BAHN)。
◆KoK2022
ダンジョン出演が、裂固くんのラッパーとしての立場を確立させたのは間違いない。
(ICE BAHNヘッズ目線で語れば、もう充分にプロップスを得ていたFORKさんでさえも、ダンジョンで色々なものが変わったから。)
次に転機となったのが、2023年1月22日の「KING OF KINGS 2022 GRAND CHAMPIONSHIP」(KoK2022)優勝だった。
KoKは現在のMCバトルシーンにおいて、UMBと並ぶ規模とプロップスの大会といえる。賞金も300万と高額である。
▶︎優勝後の本人Twitter(2023年1月22日)
裂固くんは優勝について、
と振り返っている。(エエトコタント岐阜市 鼎談 「岐阜と音楽。いま、何が起きている?」2024年1月)
そして優勝から約5カ月後、裂固くんは岐阜から東京に拠点を移している。
▶︎参考:KTRくんのTwitter(2023年5月16日)
優勝のおよそ1週間後にリリースしたのが「RUN THIS WAY」。BEAT奉行さん(ICE BAHN)プロデュースで、ループしててもずっと心地良い曲だ。
リリックも良い。「このsceneじゃ多少名の知れた方 だがbattleだけ音源は聴けたもんじゃねー」と落ちてた心情を素直に綴りつつ、「Run this way 一寸先快晴 よし じゃあ行くぜ」と最後には前を向く。
カッコ付けてないのに結局カッコいい。Keep On Runnin’のフックにある一寸先快晴という言葉を使っているのもエモい。
裂固くんもICE BAHNも、私は韻が固いから好きなわけではない。
私が思う裂固くんの魅力は、自分の言葉で、等身大の自分を、素直に、真っ直ぐに表現しているところにある。
◆素直
言語学者の金田一秀穂さんは、「気持ちが伝わる言葉」として、野口英世の母親が書いた手紙を挙げている。
野口の母は文字の読み書きができなかったが、手紙には「はやくきてくたされ いしよのたのみてありまする」(早く帰って来てください。一生のお願いです)と、息子に一目会いたいという気持ちが切々と綴られている。
▶︎参考:NHK高校講座・ベーシック国語
金田一さんは、美しい言葉や正しい言葉が人の心を打つわけではないとして、「自分の思った通りを書けばいいっていうのではないんだよ。それはちょっと違うのね。自分が思っていることを、本当にそれが思っていることなのかっていうことをキチッと考えて書くこと」と述べている。(ちなみに書道家の方も、「良い文字とは」という話でこの手紙を例に挙げていた。理由は同じ、上手いからではなく気持ちが伝わるから。)
筆者が以前、作家の方に、良いエッセーを書くコツについて尋ねた際も「素直になること。たくさん書くこと」と言われたことがある。そして過日、画家の方から「テクニックがある人は多いけど、もっと素直になってほしい。たくさん描けば自然と思いが作品に出てくる」という話を聞き、感銘を受けた。
皆ジャンルはバラバラなのに、同じことを言っていたからだ。
何を良しとするかは、人によって異なるだろう。私と同じ文字書きでも、大事にしているものはそれぞれ異なる。
ただ、ここで挙げた言語学者、書道家、作家、画家は皆さん齢70超で、長年活躍されてきた方々だ。
なのにレトリックやテクニックではなく、「素直に」というシンプルな部分に重きを置いていたのが印象的だった。シンプルだけど難しいから、できない人が多いのだと思う。
ヒップホップ、日本語ラップも、何を良しとするかは人によって異なる。
その上で個人的な好みを述べるとしたら、私は自分の言葉で、等身大の自分を、素直に表現しているラッパーが好きだ。
それがリアルだし、オリジナルであることだと考えている。
加えて金田一さんの言う通り、ただ思ったことを考えなしに吐き出した言葉と、本当にそれが思っていることなのか向き合った末の言葉とでは、全く異なって聞こえる。(この点においてFORKさんは本当にすごい。自分の心と真摯に向き合ってるっていうよりも、冷静な人柄だろう、俯瞰する力が高すぎる。オリンピアン並み。)
裂固くんの活動を細かくは追っていないけど、リリックはもちろん、短いコメント、バトルとの向き合い方(言葉ではなく姿勢)に至るまで、全て一貫した印象を受ける。筋の通った真っ直ぐな人だと思う。それだけでなく、聞き手に伝わる言葉を使うのが、裂固くんのすごいところでもある。
◆KoK2023
POLAR EXPRESSは5月31日リリースながら、今年1月8日に行われたKoK2023のSAMさんとの試合で、裂固くんの入場曲になっていた。この時点で「なんだこのカッコいい曲は?!」と思っていたから、半年待たされたことになる。でも待った甲斐があるタイミングのリリースだった。
▶︎裂固 vs SAM:KING OF KINGS 2023 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL
KoK2023で印象的だったのは、チコさんとの試合で、「(去年より)今日の方が断然獲りたい大会だからな」と話していたことだ。
一度もUMBやKoKで優勝していなかった昨年より、
一度頂点に立った今年の方が勝ちたいのは何故か?
BBPのKREVAさん、KoKのGADOROさんと呂布さん、UMBの晋平太さんとR指定さん。2回以上優勝したMCは、やはり錚々たるメンバーだ。そこに並びたかったのか?
はたまた「2023年は上京して新しいスタートを切った年だから、更に弾みを付けたい」という気持ちがあったのか?
そう考え、今年4月にお会いした時に直接尋ねたら、「去年はダークホース的な…」とのことで、もう一度優勝したら実力が本物だと証明できる(=まだ実力を認めてもらってない)と考えているらしかった。
高ラはさておき、裂固くんの経歴と実力を考えれば、KoK2022の時点でダークホースではないだろう。KoK優勝はそんな簡単なものではないと思うから、「既に証明されてるよ!」と言いたかったけど、本人がそう考えるならその気持ちも大事だろうと思った。
実際、審査員に文句付ける人も見たし(審査員=FORKさんも含まれる=FORKさんに関する情報は大体私の耳目に触れる)。
◆サンクチュアリ
KoKにはビートゲットシステムなるものがあり、試合で使われたオリジナルのビートを、勝者が手にすることができる。
KoK2022決勝から生まれたのが、裂固くんの所属するHIKIGANE SOUNDと、53さんのいる伝説建設が今年1月3日にリリースした楽曲「サンクチュアリ」だ。
ビートはLIBROさん。シブい!!
◆統海
裂固くんは今年、ダンジョンの後継のテレビ番組「フリースタイル日本統一」にチーム東海として出場し、優勝を果たした。呂布カルマさんが大将ではあるけど、裂固くんがカマしていたことは誰もが認めるところだろう。(特に1月に放送された#15など。)
ここで生まれたのが2月16日配信の「統海」。DJ RYOWさんのビートも素晴らしい!
バトルヘッズはバトルに出ているMCの曲を聞かない(バトルで名を馳せるMCの評価が、楽曲の評価と一致しない)と揶揄されることが多いけど、サンクチュアリも統海も、MCバトルが好きなヘッズは皆聞いたんじゃないかな。本来そうあってほしい。
◆スポラ・戦極32章
MCバトルシーンでは日本統一のほか、
4月29日のSPOTLIGHT2024関東編、
5月31日の戦極MCBATTLE第32章東海一閃で優勝を果たしている。
▶︎本人Twitter、スポラ
▶︎本人Twitter、戦極
どっちも出ているメンツがエグい中での優勝なので、喜びもひとしおだった。
◆POLAR EXPRESS
こうした一連の流れを追っていると、5月31日に配信された楽曲「POLAR EXPRESS feat. Ashley」はヤバい、ヤバすぎる。
この曲、ビートがカッコよく、それを乗りこなすフローもカッコいいけど…
やはり何よりもリリックが刺さりすぎてヤバい。エモすぎる。
プレスリリースによると、「上京して新たなプロデュースチームのもと制作された新生ソロ音源プロジェクトの第一弾シングル」という位置付けらしい。
「サウンドプロデュースは、Ashleyの全楽曲をはじめ、最新のHIPHOP,R&Bから、NiziUやSixTONESなどにも楽曲提供する気鋭のプロデューサー・Joe Ogawaと、自身も長年ヒップホップアーティストとして活動しながら近年は若手の発掘育成でもシーンから絶大な支持を集めるLUNAがトータルプロデュース」とのこと。
▶︎参考:barks「泰斗 a.k.a. 裂固、新生ソロ音源プロジェクト第一弾の新曲『POLAR EXPRESS』リリース」(2024年5月30日)
上記記事から、裂固くんのコメントを引用する。
◇感想
解釈に間違いあれば申し訳ないけど、個人的にこうかな?と思ったことを書きたい。
「Clear済みのGame」はKoK2022のことだろう。
(2024/11/1追記:と思って聴いていたが、5ヶ月聴き続けてフッと違うなと突然気付いた。地元のシーンにいても同じことの繰り返しで先がないから、東京で上を目指したい・同じゲームのコンティニューじゃなく次のステージやるよってことだろうな。なぜならKoKにはまた1月に挑戦するので、一度優勝したものの、心残りがあるのだろうなと思いを馳せた。)
「そこで留まる気はねえ 抜ける錆びたRailの上」は、甘んじることはないということ。
「さらば愛しきBeautiful Days」は優勝の喜びに浸ることもあるけど、居心地の良い岐阜を離れ上京したことだと思う。
「お先真っ暗」は夜を駆ける北極号のイメージもあるかもしれないけど、未来が見えないという意味だし、
「Keep On Runnin'」と「Run This Way」で使ってる「一寸先快晴」という光の表現と対照的に、未来への不安が色濃く出ていると言える。
けど直後に「でも俺は向かう」と続くから、そんな中でも「止まる事なく突っ切る」という決意の歌だと分かる。
歌い出しで、何を表す曲か、どういう立ち位置か、もう全部出ている。
「酔い潰れてたBLOCKのソファー」は、実際にあった出来事を切り取った情景描写だろう。筆者がこの曲で一番好きなラインだ。
BLOCKは裂固くんの地元・岐阜のクラブ。口喧嘩祭などの会場となっているから、ヒキガネのホームと言ってもいいのかな?
ホームのクラブで旧知の人たちと楽しく酔っ払った後の深夜の光景が、たった一言で目に浮かぶ。
そこで酔って寝てた、とかじゃなく酔い潰れてた、なのが良い。深夜、あるいは早朝のグダグダな感じが強調されていていい。
「現実からバックれてる間に」と重ねるから、「このままじゃダメだ」と思った様子が鮮明に伝わってくる言葉選びだ。
私には書けない。体験した裂固君じゃないと言えない。(こういう情景描写をFORKさんはあまりしない。)
「外じゃ誰も知らねー地下」はアンダーグラウンドヒップホップシーンを連想させるけど、掃溜めは比喩だろう。
ボスはヒキガネの梵頭さん。300はKoKの賞金のこと。ケリは家の借金返したことかな。「飯が食えるか腕試し」はラップ一本で生計を立てること。
BLOCK、Boss、そしてこの後の「忘れずポッケにはHIKIGANE Sticker」とかを盛り込む辺り、単に上京した今を書いてるというより、hood背負って上京したという覚悟を書いていると感じる。
「Bossに言われ目が覚めたよ」の中身は、KoK2022優勝者密着ドキュメンタリー映像の中で裂固くんが話していた。
直前で「平凡な日々に埋もれ腐りゃ後はねー」と言っているのも、腐んなよ、と言われたからかな。
このままだと全文解説しそうなのでこの辺は中略。
曲のモチーフとなった「ポーラー・エクスプレス」は2004年公開のアメリカ映画。
「ジュマンジ」の作者による絵本は、村上春樹が日本語訳を担当した。
トム・ハンクスが原作の絵本を子どもに繰り返し読み聞かせていたことから映画化を企画。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のロバート・ゼメキスが監督を務めた。2人のタッグは、「フォレスト・ガンプ」(1994年)と「キャスト・アウェイ」(2000年)に続く。いずれも名作である。
この頃のトム・ハンクスといえば、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002年)、「ターミナル」(2004年)、「ダ・ヴィンチ・コード」(2006年)などなど、まさに脂の乗った時期だった。筆者はココで挙げた映画全部大好き。
「聞こえるジングルベル」というモチーフの使い方、台詞の引用(One thing about trains: it doesn't matter where they're going. What matters is deciding to get on)など、映画を見ていたらグッと来るバースのはず。
ココは文脈も踏み方も全部美しい。特に、ジングルベルとビッグスケールの落とし方は裂固君らしさが出ていて痺れる。(裂固くんは日常会話ではあまり出てこない強い印象を持つ単語をポンと出すけど、その踏み方が真っ直ぐだから良い。)
信じることが主題にもなっている作品だから、今の裂固くんが何考えてるかすごく伝わってきて感動した。
◆ナリアガリ
裂固くんの曲として最新はこれかな?
▶︎ナリアガリ feat.泰斗 a.k.a. 裂固 / PONEY
モンスターとしてテレビに出ていて、KoK獲った時点で確固たる立場にあるとは思うものの。
言葉通り、更なるナリアガリを見ることができたら、応援する身としてこんなに嬉しいことはない。これからもカマして下さい。
▶︎裂固くんに関する記事、前にもう一つ書いたことがありました。裂固vsミメイ大好き!という内容ですので興味ある方は是非。
▶︎裂固くんの話あまり書いてないけど、スポラを見に行った感想の記事です。MCバトルほぼ初現場だったので、初心者の方が読むと参考になるかもしれません。
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