裂固「omniverse」(2020年)
岐阜県出身のラッパー・裂固さんが2020年9月9日発売にリリースした2ndフルアルバム「omniverse」について、感想をまとめました。
下線部はリンク付き。約7500千字。
▶︎裂固さんの楽曲一覧はこちら
◆ディスクレビュー
一作目から2年半ぶりとなる2020年9月9日発売。16曲入り、55分44秒の2ndフルアルバム。
◇NOVOLさん
ジャケットをデザインしたのは、GADOROさんのアルバム「TAKANABE」のアートワークを手がけたNOVOLさん。この方も岐阜県出身。おしゃれで飾りたくなるし、アルバムの雰囲気にも合っている。紙ジャケで手触りも良いからフィジカルでゲットすべし。
(このデザインのポスターとTシャツあったみたいだけど、もう手に入らないだろうか。欲しい。)
▶︎NOVOLさんホームページ
◇DJ MOTIVEさん
特筆すべきは、やはり全曲を岐阜県のプロデューサー&トラックメイカーのDJ MOTIVEさんが完全監修したということ。
MOTIVEさんは1作目「TIGHT」 (2018年)の8曲目「All Right」で楽曲提供している。ここから繋がった縁らしい。
背景は、以下のインタビューで詳しく語られている。
▶︎鼎談 「岐阜と音楽。いま、何が起きている?」
まず、僕がアルバムを作る時に、「1曲MOTIVEさんにお願いしよう」ということになったんです。その時にMOTIVEさんから送っていただいたサンプルがものすごい量で。しかもそれがカッコいい曲ばかりで、「これもやりたい、これも」という感じになりました。
結局アルバムに1曲入れたんですけど、その後、普通にアルバム単位でお願いしたいということになりました
MOTIVEさんの色が濃く出ており、世界観が強く打ち出されている。
送られてくるビートが本当に幅広くて(中略)いわゆるヒップホップ的なビートはあまりないんです。自分が関わったことがないようなビートが次々に来るから。そういう意味で、めっちゃ幅を広げてもらいました
一作目「TIGHT」はストレートでポップな作品だった。本作は一転してコンセプトを明確にしたアート寄りの作品だと感じる。今までの裂固さんの曲とは全然違うので、挑戦的な意欲作と言えよう。キャリアを重ねて出す三作目、四作目ではなく、二作目でこんな尖ったアルバムを出すことに驚いた。
先輩のラッパー(誰だろう?)からは、「いい遠回りをしたね」と言われたという。
通常、売れ筋というか、みんなが求めるものに自分が合わせる感じで売れる道を突き進んでいく人が多いと思うんですけど。その方が言っていたのは、「ちゃんと地元の先輩や、カッコいい音楽をやっている人とつながって制作するのは、いい遠回りだと思う」と
これを読み、その通りだと思った。言った先輩、誰だろう?ものすごく本質を見ている。
◇宇宙
タイトルはオムニバース(omniverse)とバース(verse)とオムニバス(omnibus)を掛けている。
MOTIVEワールドでとことん自分と向き合ってみました!
オムニバスとバースとomniverse
宇宙と世界と身の回りと自分
ツイートでも、果てしなく遠い「宇宙」と、ごく身近な「身の回り」という対照的な存在を並列しているように、"自分の中にある宇宙"に目を向けた内省的な、しかし広がりのあるリリックが目立つ。
いくつかの歌詞でも「陰と陽」のように相反するものを並列しているが、これは宇宙とか赤の他人とか遠い存在でも、自分という一番身近なところと全部繋がってるという意識があるのかな。
裂固さんのリリックにはかねがね、世界の見え方と未来は全部自分次第、という意味合いのことがよく出てくる。対極にあるネガティブもポジティブも実際は隣り合わせだと感じているのだろう。
コロナ禍の生活や、日課の瞑想も影響しているのだろう。瞑想の様子が歌詞によく出てくるから、自分自身の内側に広がる果てしないものと、よく対峙してペンを走らせたのだとうかがえる。
プレスリリースには「歴代最高点」「最高傑作」とあったけど…今までの中で最も良いというよりも、「これはこれで良いし、あれはあれで最高」という話ではないかな?
一作目の「TIGHT」とはそもそも別の山を登っている作品で、辿り着いた高みが違う。
「新たな表情を見せた」とか、「自分の中の未開拓地に挑戦し、新境地に辿り着いた」とか、「ポテンシャルが引き出された」とかの方が私にはしっくり来る。
そのポテンシャルを引き出したのは、やはりMOTIVEさんの音だ。
ひねりの効いたチルアウト。包まれるようなスムースで幻想的な音。子供の遊び心を持つ大人の小粋なビート。MOTIVEさんが直球で押し切らずに多彩な見せ球を使って決めてくるから、裂固さんも普段開けていない引き出しを開けて音に乗ったのだろう。
★おすすめ曲→夢の果て、GET FASTER、DELICATE HERO
01.omniverse
同じくMOTIVEさんと組んだep「Cosmic Web」の方はエレクトロニカな表題曲で華やかに幕を開けるが、アルバムの表題曲は繊細で、緻密な展開のインスト。そして2曲目、3曲目に続く流れを聴いて、烏集の交や主流に迎合しない、二人が自分の個性を融合させるアルバムなのだと気付く。
02.MOTIVEさんありがとう
ラップの始まりは、
「まじでMOTIVEさんありがとう」
「それ忘れちゃおしまいってなぜ」
と呪文のように繰り返してトランス感を高めるだいぶ攻めた曲。難解かと思いきや
「Rhymeって簡単じゃん皆も頑張れ」
「でも最初に言っとくけど中卒なんで」
と舌を出すような軽やかなバースも。
03.CLOSE MY EYES feat. deadbundy
フィーチャリングされているdeadbundyは、DJ MOTIVEさんの参加するバンド。公式ホームページのプロフィールによると、「UK、USのインディロック系ギター・サウンドにサンプリングやドリーミンなエレクトリック・サウンドをブレンドした独自性のある音楽が特色」とのこと。
▶︎alffosounds公式ホームページ
「陰と陽 互いに干渉
善と悪 代わりばんこ」
男性女性、精神物体、破壊と創造、朝と夜…と対照的な存在を列挙していく。
目を閉じるのは眠りに落ちるときじゃなく、瞑想して目を閉じながら自分の心を見るときなのだろう。自分の中にある宇宙はそれかな?
04.LIFE IS WONDERFUL feat. K.Lee
2020年6月17日リリースの7inch「夢の果て」のB面曲。名古屋のK.Leeさんが客演。
関係の強いVAAKさん、輪入さんとdeadbundyに加え、本アルバムにはK.Leeさん、HUNGERさん、日系兄弟がフィーチャリングされている。特にHUNGERさんは裂固さんと組むのは意外に思ったけど…この客演陣、MOTIVEさんの音にめちゃめちゃ合っている…!
もったりした粘りある重たいビートの上で、遊ぶようにパンチラインを決めていくK.Leeさんが、余裕あるカッコいい大人すぎる。特にここ(多い)!痺れた。
「希望に満ちた後輩且つ歳の離れた友達」
「20years agoは赤ん坊
今じゃ酒酌み交わせる大人に」
「この曲もトバした記憶もあの日獲った高ラも
全て糧にLet go, flying high again&again 裂固」
裂固さんのバース、「俺のLifeは波の上のジェットコースター」はキポラニのフックの一部サンプリング。
05.GOOD SHIT
声ネタのループとグルーヴ感が気持ち良い曲。
「身体に宇宙 心の中に太陽」
「目を閉じ今日を生きる準備
疲れた思考は肉体と分離」
と、ここでも白檀を焚いて瞑想する描写が出てくる。アルバムのテーマとも結び付くからかな。
06.夢の果て
▶︎MV公開は2019年2月20日
2019年2月13日(アルバム発売の約1年半前)にリリースした先行シングル。
2020年6月17日に、裂固さん唯一の7inchでもリリースされている(B面はLIFE IS WONDERFUL)。それだけ思い入れがあるのだろう。
落ち着いた印象のメロウな曲。
2024年8月に2回裂固さんのライブを見た際は、2回ともこの曲をやっていた。パーティーチューンではないのにライブでよく歌うということは、5年経っても変わらない芯がこの曲にあるのだろう。
ライブで2回見てから、「夢の果て…確かに裂固さんっぽいな!」と感じ、ますますこの曲が好きになった。
「夢の果て」の歌詞は、めちゃめちゃ考察している人がいたので、下記参照。外国語話者が母国語話者に質問するサイトっぽい。
▶︎HiNative①
▶︎HiNative②
私が裂固さんらしいと感じたのは、
歌い出しの「大して中身のない会話 全く学ぶものがないサイファー」、
そして「身内以外いないパーティーは楽しい だがそこ止まりじゃただのお遊び」。
他の曲でも感じることだが、裂固さんは爽やかな印象の半面、リリックでは結構攻撃力が高く、鋭いことをズバっと言う。
筆者がヘッズとしてヒップホップの現場に行くようになって薄っすらと感じたことを、「ラッパーの側からこうもはっきり言うんだ?」という新鮮さがあった。
こういうネガティブな内容を書いても、誰が見ても向上心が高く、ポジティブで、結果も出してきたから嫌な感じがしない。
フックの「地獄の沙汰もなんとやらというが栄光の沙汰は己次第」は正に裂固さんらしい。
理由は二つある。
「二度と近寄んなよカス」みたいな砕けた話し言葉と、諺など硬派な言葉を同居させること。
そしてネガティブな言葉や弱音を吐いても、最終的にポジティブに変える力強さがあり、聴いているこちらも前向きになれること。
私が一番好きなリリックは、締めくくりの「誰もかけない自分だけのバースを書こう それを聞かせるだけ楽勝だろう」。
いやいやそれが難しい…と思うけど、裂固さんに真っ直ぐ言われると突破力がある。
裂固さんの曲は自分を鼓舞するようなリリックが多い。夢の果てへ跳ぶところを、私も見ていたい。
▶︎ライブ映像(5m30〜、野外レゲエフェス『DIRECT 2019』のダイジェスト・バージョン)
▶︎ライブ映像(夢の果て/ 裂固 × deadbundy "Keep Distance session" vol.1@aLFFo、2020年4月17日)
07.いつもここから
▶︎MV公開は2020年9月2日
先行シングルは「夢の果て」が2019年2月13日、「DELICATE HERO」が2019年9月13日リリース。
「GET FASTER」MV公開2020年8月27日、
「いつもここから」MV公開2020年9月2日、
「PLACE OF BEGINNING」はMV公開2020年9月9日ーという順番。
これらアルバムの顔となるような曲の中で、テレビの歌番組で選んだのは「いつもここから」だった。同時に披露した「GET FASTER」はライブ向きだから分かるが、これは少し意外なチョイス。今までのイメージとは違う表情の曲なので。
「不安定でも正常 表と裏2つで1つのSet
溶け込む意識は調和を求め登ってく遥か雲の上へと」
と、ここでも瞑想で見えてきた対照的なものを歌っているのかな。
▶︎ライブ映像(BomberE LIVE、2020年9月28日)
08.RHYMERS HIGH feat.HUNGER(GAGLE)
この曲は…HUNGERさんが音にハマりすぎている!
言葉の転がし方とフロー、千%の純度でHUNGERさん!
「裂固 RhymeよりもFlowで生きてきた俺にあえてワークショップ?」
って言うとき、カッコ良すぎて身悶える。二人のこと本当に好きなので夢みたいな曲だ。
09.PLACE OF BEGINNING
▶︎MV公開は2020年9月9日
このアルバムは声の出し方自体、やや平板な「AUTOMATICFUN」とも、力強い「TIGHT」とも違う。少し高く跳ねている。それが分かりやすいのがこの曲かな?
「昔から変わらず俺の胸にゃKEEP ON RUNNIN'」とここもキポラニが出てくる。
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10.真面目に不真面目 feat. 日系兄弟
タイトル通り真面目に不真面目をやるこの曲から、アルバムの後半戦が始まる印象を持っている。
1分過ぎにテンポ変わるラップも好き。
ゆるく、でもドHIPHOPなラップをしていく日系兄弟がビートに合っている。
11.ROUGH&TOUGH
寝不足でも遊び倒し飲み倒してバカやった日のことをそのまま楽しく歌う曲。
おもちゃ箱を手探りしながら進むような音も、高速のラップも遊び心が強いが、それを支えるのは確かな技巧と押韻だ。
12.DAY BY DAY feat. HARDVERK
ハイハットが輪郭をつくり、時間帯によって陽の光が変わっていくように曲の彩りが移ろう。
「枝分かれした道」からの変化が特に美しい。
歌詞ではここにもキポラニの「一寸先快晴」が出てくる。
13.CHANGES feat. 輪入道
ずっしりとした重たいキックから始まる。
裂固さんの人生が変わるきっかけとなった輪入さんを招いて変化を歌う。
「巡り巡る因果 自分が自分のリーダー
寝ぼけ面に往復ビンタ今が目を覚ます時だ」
はKEEP IT REALにも出てくる踏み方。
14.GET FASTER
▶︎MV公開は2020年8月27日
タイトル通り段々速くなっていく曲で、テクニカルなラップが光る。
アルバムを通し、前作までと比べ跳ねるようなラップが多い。それが静かな曲では気になるが、この曲とはマッチしている。
アルバムの中で筆者が一番好きな曲。いつかライブで聴きたいなあ。
▶︎ライブ映像(BomberE LIVE、2020年9月28日)
15.ひたむきなB-BOY
霧が晴れたような清々しい明るさのある曲。
裂固さんは陰と陽なら陽、朝か夜なら朝だろう。
このアルバムで、裂固さんのイメージに一番合っているビートだと思う。
まずひたむきなB-BOYという言葉、ぴったりだ。これが似合うMCがどれだけいるのだろう。努力してても余裕あるように見せてる人が多いから。
フックの「はっけようい」は、相撲の方じゃなく言葉の起源(八卦とか発気揚々とか諸説あり)を気に入って使ったのかな。
16.DELICATE HERO
▶︎MV公開は2019年9月25日
2019年9月13日(アルバムの約1年前)に配信された先行シングル。
16曲入りは日本語ラップのアルバムの中では長い方だと思うが、私は最終盤の3曲の流れがとりわけ好き。
曲の構成自体が変化球で楽しい「GET FASTER」、
作品中で最も裂固さんらしい(と私が感じる)明るさを持った「ひたむきなB-BOY」、
そしてエモ散らかしている「DELICATE HERO」での締めくくり。美しい!
曲名の通り繊細で、柔らかい光が差し込むような優しいビート。
リリックで描いていることの大枠はキポラニや「夢の果て」と変わらない。傷付きながらもがきながら、自分の目指す未来へ進むという内容。
フリースタイルダンジョンのモンスターとして活躍する中でリリースした一作目の「TIGHT」で、威風堂々とした「英雄の唄」を歌った人が、ここでdelicate(繊細な、虚弱な、壊れやすい)ヒーローだと言っている。というのがまずグッとくる。
筆者が一番好きな「RUN THIS WAY」にも共通することだが、
弱さをさらけ出すことは、本当に強い人でないとできない。
聖書にも「弱いときにこそ強い」とある(直接的な意味は文脈とちょっと違うけど)。
弱い犬ほどよく吠える。
怒りをよく観察すると、傷付いた心が隠れていたりする。
威勢がよく常に攻撃的な人ほど、弱く見えることもある。
裂固さんは自分の弱さとよく向き合っている。だからこそ本当に強い人だと思う。
それがこの曲によく表れている。
「まるで影のようについてくる不安」と歌い出すように、この曲では素直に弱音を吐いている。
「慣れないマントをこの身に纏う」って、ヒーローのマントをこういう風に描写するのすごい。
「悲しい結末になったとしても
たとえ一人になったとしても
俺はやると決めたらやる男
どんな未来だって望む所」
辺りはもう感無量、胸いっぱい、エモすぎ。
弱音を吐き、ネガティブなまま終わる曲というのはそう無くて、裂固さんの場合は最後に立ち上がって前を向く。満身創痍でも前に進む。
「雨が止んで虹のかかるMy Way 苦悩を忘れる程快晴だ」というように、この「快晴」というワードはキポラニの「一寸先快晴」から何度か出てくる。
「他人の付き添いじゃねぇ主役のキャラ」
「身支度を済まして家を出る探検家」
というように、人生を冒険する裂固さんらしい「主人公感」がこの曲でも表れている。
スパイダーマンみたいに超能力が突然身に付いたタイプじゃない。
バットマン(ブルース・ウェイン)みたいに、努力だけで闘う力と生きる知性を身につけたヒーローだ。
(余談だが筆者はバットマンが大好き。葛藤する繊細さを持つところ、努力で知と力を身に付けたところ、ダークヒーローっぽくもあるところはヒーローの中で別格!特に映画シリーズ初期のティムバートン監督作品が至高なので絶対見てほしい。)
ちなみに「人生のshutter chanceを増やす」のシャッターチャンスは、自身が主催していたイベントの名前。
◆資料集
皆様のおかげで最高傑作が出来ました!🙇♂️
MOTIVEさんの繰り広げる壮大な宇宙に岐阜の山と川のパワーと街と人のエネルギーをブチ込みました!
▶︎裂固×DJ MOTIVE interview 前編(2020年
8月31日)
▶︎裂固×DJ MOTIVE interview 後編(2020年
9月9日)
▶︎CDJournalディスクレビュー
▶︎Mikikiディスクレビュー(タワーレコード)
▶︎裂固さん関連記事を2025/1/4現在24本、計約10万字書いています。記事はこちら↓