亡き師匠からの遅れて来たエールみたいなもの
寛容とは…心が寛大で、よく人を受けいれること。過失をとがめだてせず、人を許すこと。とある。
大学の頃からダンスを習い始め、師である方に出会う。
病を患い、30代も前半で亡くなった先生。もういない。
私は大学1年で弟子入りして、弟子期間は2年と決まっていたので、その時間が一番先生と濃く過ごさせていただいた時間だった。
夏にあった弟子たち5、6人チームで別れて行った、山ごもり合宿トレーニング。あれは過酷だったな。
外では山道を走って登ったり、滝に打たれたり、スタジオではピルエット・シェネ・ピケ・回転ものの組み合わせの連続、バーレッスンと地味な筋トレとキツイ柔軟と有酸素トレの連続。マジ鬼練。隙きあらばサボろうとする私のことは先生にはバレていて、見透かされてる感じも怖かったから気が抜けなかった(最初から真面目にやれよ私)。
そんなトレーニングも舞台もベースはメンタルが大事で、先生は呼吸法という調整を大切にされていた。その呼吸法の中に『寛容』ってのがあった。
ポーズは大きく手を広げて、でっかい大地・自然・地球ごと感じて受け止めるみたいなイメージだったかな。
幼少期から、色んなことに違和感や疑問があり、周りの人よりイライラでオラオラが多かった。そんな私の思考に気付いた仲間から、その『寛容』のポーズを一緒にさせられたことがあった。いじりだけど、やったあとは笑顔になってた。まんまと仲間の手柄でしかない。
そして、今も当たり前に生きてたら色々あるわけで。
日々ムカつきながらもワクワクしたい私には、寛容という意味をまた考えるタイミングが来ている。
そしてそれを意識すると、なんか心穏やかになれたりするのだ。
まだまだ修行中だけど。
先生、他覚えてないのに、何かこのポーズだけ覚えてるんです。
意味あるってことですよね、きっと。
有り難く受け取ろうって思ってます。ありがとうございます。