「ただ居るだけ」は仕事になるのか⑩研究報告書
どうも🍀
新しい働き方LAB第3期生のねねです。
研究メンバーや参加者のみなさまのお力添えあって、
無事、研究期間いっぱい走り抜けることができました😭
「ただ居るだけ」は仕事になるのかーー
半年の活動を振り返り、ご報告いたします。
◆おさらい
▼実験テーマ
「ただ居るだけ」は仕事になるのか
▼実験の目的や背景
目的:「働く」と「休み」のあいだの選択肢をつくること
背景
①私自身、働くか休むかで迷った経験がある
②働きたくても働けない人がいる一方で、人手不足である
詳細は、こちらの研究計画書をご覧ください。
◆最終報告
▼この半年間やったこと
研究メンバー募集
説明会開催
先行事例(レンタル何もしない人さん)について調べる
先行事例(東畑開人)について調べる
「ただ居るだけ」「仕事になる」の定義づけ
「ただ居るだけ」会@オンライン(計4回)開催
「ただ居るだけ」会@対面(計1回)開催
「ただ居るだけ」サービスの宣伝(※依頼がなく実施はできず)
▼実験結果
①参加者アンケートの結果
1.参加理由
・全6件の回答のうち、4件が「なんとなく」で最多。
・当初想定していた回答に最も近かったのは、「罪悪感なく休む時間が欲しかったから」で、1件のみであった。
→「休みたい」という需要があるのではないかと想定していたが、明確な参加理由はなかったことが判明した。
2.満足度(1:「おもしろかった」〜5:「つらかった」の5段階で回答してもらった。)
・1の「おもしろかった」が3件、2の「まあまあおもしろかった」が2件、3の「どちらでもない」が1件であった。
→「おもしろかった」の回答件数のほうが多く、「つらかった」の回答はなかった。
3.上記満足度の理由
・「経験したことが無かったから」
・「いつもはあくせくしていたが、それとは逆で現代社会において貴重な時間だったから」
・「動画の共有などで感覚が変わるのおもしろかったです」
→以上、3件の回答から、「あくせく」した日常では「経験したことが無かった」時間の流れのなかで、自身の「感覚が変わる」のに気づくことができたことに、おもしろさを見いだしていたのではないかと推測される。
②研究メンバーアンケートの結果
1.満足度(1:「おもしろかった」〜5:「つらかった」の5段階で回答してもらった。)
・全10件のうち、1の「おもしろかった」が4件、2の「まあまあおもしろかった」が5件、3の「どちらでもない」が1件であった。
→どちらかといえば「おもしろかった」の回答件数のほうが多く、「つらかった」の回答はなかった。
2.ただ居られたか
・最初は「自然体でなかった」という回答が多かったが、会を経るごとに「自然」に「リラックス」して「楽しめた」という回答が増えていった(表1参照)。
→会を経るごとに研究メンバーが「ただ居るだけ」に慣れていった可能性もあるが、楽しいと感じた人だけが参加しつづけてくれた可能性(生存者バイアス)もある。
・「つながっている」「安堵感」はありつつ、「ひとりに」なることや「話すことも強制」されないとき、「自由に逃げ込める避難所」と感じていることがわかった。一方で、会話の有無とそれに対する感覚の違いや、座り位置などの状況や人によって、感じ方が変わることも判明。「そこに居たいと思わせるメリット」「そこに居れば安心という感じ」が得られなかったという回答もあった(表2参照)。
→今後の課題:どのようにしてメリットや安心感を感じてもらうか。
3.仕事になっていたか
・他の人の存在や発言によって「気が引き締まる」「ホッとした」などと影響を受けていた。「遊んでいるところ」を「他の人が見て面白い」と感じたり、「人の経験を聞ける機会」を求めていたりすれば、仕事になる可能性があるのではないかという回答もあった(表3参照)。
・「人が周りにいる空間で」「どこか見られているような感覚」に「慣れる」練習場所として機能する可能性を発見できた。「ある程度知った人であれば」「支えになれる可能性」を感じたという回答もあった(表4参照)。
→今回の実験において、居る(be)は、他者に影響を与えるという仕事(do)になっていた。また、さらなる可能性も感じられた。
【表一覧】
▼気づいたことや感じたこと
「ただ居るだけ」は、「ただ」「だけ」と言っているのに、実は難しいということに気づきました。
「何もせず、ぼーっとしよう」と思えば思うほど、居た堪れなくなるという矛盾。
もしかすると、人は役割がある程度決まっていないと、その場でどのように振る舞ったらいいのかわからなくなるのかもしれない…
そして、その「役割」や「振る舞い」が、「仕事」や「働き」と呼ばれているのではないか…と感じました。
私はこれまで仕事を探す際、たとえば営業職という「役割」を決めてから、職場という「場所」を選んでいました。
だから、その役割が自分に合わず、相応しい働きができないと感じたとき、その場所に居るのもつらくなっていきました。
一方、この実験コミュニティのなかでは、流動的な「場所」や「人」に合わせて、「役割」や「振る舞い」を考えていく日々でした。
新しい働き方LABの一員として「人生の運転席に座ってみて」、人々の無意識レベルの小さな働きに目を向けることができるようになったと思います。
最後になりましたが、研究メンバーと参加者のみなさまに、心より感謝申し上げます🍀