【怖い話】 禍話リライト 「指増え」
これは北九州の話だな。
照明がきちんとしていて夜でもかなり明るい公園らしいんだ。
そこにはいつも、近所の人が誰も知らない老人がひとりいる。
野宿生活者というわけではなく、身なりはきちんとした人だ。
ただベンチに居ついて、夜の十一時頃までそこにいるらしい。
職務質問とかされないのかと思うんだけど、別に平気なんだ。
なぜかは知らないけど、そこは警官も全然来ない場所だから。
そこのトイレに夜中に行ったやつがいるんだ。
そこら辺に住んでるやつじゃないよ。だから噂も全然知らなかった。
飲み会帰りにたまたま通ったんだって。ひとりで自転車を漕いで帰っていたら、途中でどうしてもトイレに行きたくなった。
ちょうど明るくてきれいな公園があったから、ここならトイレもきれいかなと自転車を止めた。
ベンチには知らないおじいちゃんが座っていた。徘徊老人というわけでもなさそうだし、何をするわけでもなくじっと前を見てる。
でも、そいつは噂のことは知らないから、「こんな時間に何してるんだろう」って思っただけだった。
ただ、公園のトイレは思ったよりきれいじゃあなかった。特に男子トイレの小便器は汚なくて、朝顔にタバコの箱とかゴミが捨ててあって、とても使える状態じゃない。
でも個室の方を見たら、そっちはすごくきれいだったんだって。落書きもなく、新しい紙も置いてある。
じゃあ個室を使えばいいや。そう思って用を足した。
よく考えたら、小便器があんなに汚なかったのに、どうして個室はこんなにきれいなんだろうって少しは気になったけど、あんまり深くは考えなかった。
そこは手洗い場も個室の中についてるような広いところだった。
用を足し終わって、手も洗って、さあ出ようと思ったところで、ドアの隙間が眼に入った。
トイレのドアと床の間の隙間。
そこに指が見えたんだって。
まさにちょうど今掴みはじめたって感じで、曲がった人差し指がぐぐっと入ってくる。
思わず「えっ!」って声が出た。
そりゃ声くらい出るよね。嫌がらせにしても変だし。
そもそも、よく考えたら誰もいなかったはずだっていうんだ。
自分が入ったときはトイレには誰もいなかったし、誰か入ってきたら個室にいてもわかるはずだと思うんだけど。
そのときはもう頭真っ白になっちゃって、見てることしかできなかった。
え、何?何なの?って。
そしたら今度は指が増えたんだって。
中指は飛ばして、なぜか次は薬指だったらしいんだけど、ぐぐぐぐって今度は曲がった薬指が隙間に入ってくる。
指が二本、こうドアの隙間にぐいっと引っかかって、持ち上げるみたいに。
指と爪の隙間が黒く汚れている。
そんな指が。ぐいっと。
そこで限界がきた。
もうパニックになって叫んじゃったんだって。
「やめてくださいー!」ってお願いするみたいな変な感じで。
「やめてください! 誰ですかー!」と裏返った声で叫んでいた。
騒いでたら今度は別の人が入ってくる気配があった。
ドアを軽く叩いて、
「ほら、大丈夫大丈夫」と聞こえてきた。
「開けて大丈夫ですよ。誰もいません」と静かな声で言われたんだ。
ずいぶん落ち着いた声だったから、おそるおそるドアを開けたら、さっきのおじいちゃんがいた。
ドアの下を指差して、「ほら、誰もいないから安心して」と声をかける。言われた通り、確かに誰もいない。
何とか落ち着いてトイレから出たら、おじいちゃんは元の定位置のベンチに戻っていく。
よくわからなかったけど、とにかく助かったから、
後ろ姿に「ありがとうございます」とお礼を言った。
そしたら振り返って、これだけは確認しておかないとって感じで、
「ドアはゆすられていませんね?」と聞かれたんだ。
何が、とは言わなかったけど、だいたい意味はわかったから、
「指が二本入ってきて、それだけです」と説明した。
すると「確かに指は二本だったんですね」と念を押されたんだって。
それから「ドアをゆすられなくて良かったですね」と元のベンチに戻って行った。
「だから、俺、ひょっとしたらやばいところだったのかもしれないんだ」
この話をしたやつはそう言ってたんだけど。
もしドアをゆすられていたら、いったい何が起きたのかねぇ。
この記事は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」で放送された怪談をリライトしたものです。
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/721609987
2022/02/19放送分「シン・禍話 第四十七夜」29:57-
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