供給不足に覆われた世界的な物価上昇 = 短期的な目先のインフレ鎮静狙う利上げは、慎重に =
2022年2月12日
〇 新型コロナ感染2年目、急回復した米国経済
米国商務省が1月27日発表した昨年10-12月期 ( Q4 ) の米国実質GDPは、季節調整済み前期比年率で5.6%増と事前の予測を上回る高い伸びを示した ( 図1、表1参照) 。この結果、2021年の実質経済成長率は5.7%増となり、新型コロナ・ウイルス感染が始まった2020年の同マイナス3.4%から急回復した姿となった。
〇 但し、回復2年目の実質GDPは、感染拡大前を2.1%しか上回らず
新型コロナ感染2年目2021年の実質GDPの位置を感染拡大前の2019年から眺めると、2019年を100として102.1となる。すなわち、新型コロナ感染拡大2年の実質GDPの水準は感染前2019年の水準を2.1%しか上回っていない。
〇 今年、実質経済成長率4.0%とされるが、その半分近くは年末からの「ゲタ」
同様な見方で力強い回復を示した昨年10-12月期について眺めると、2019年の実質GDPの水準に対して104.1となり、経済が昨年10-12月期に急拡大している姿が浮かぶ 。
今年の実質GDPはこの急拡大した昨年10-12月期の実質GDPの水準を発射台として動き始める。そこで昨年10-12月期 ( Q4 ) の実質GDPを昨年平均の実質GDPと比較すると、1.9%高い。すなわち、昨年10-12月期の伸びが今年22年全体の伸びを既に1.9%押し上げている計算になる。これは一般的に「ゲタ」、「Carry over ( 持ち越し ) 」と呼ばれているものである。
今年1月に公表れたIMFの「世界経済見通し」では、今年2022年の米国経済は実質4.0%増へと下方修正されているが、先程の「ゲタ」の分を組み入れると、4.0%成長は2.1%の伸びで達成される程度のものである。すなわち、今年の米国は、回復の力強さが感じられない状態であることを示唆している。
〇 実質輸出等、一進一退の中、10ー12月期急増
需要項目の推移 ( 表2 ) を眺めると、実質輸出等が一進一退の動きの中で、昨年10-12月期、前期比年率24.5%増と急伸している。但し、瞬間風速での急増でも昨年10-12月期の実質輸出等は、感染前2019年平均水準を依然6%下回る水準 ( 94.0 ) に止まっている。生産連携度が高く、最大の貿易相手であるメキシコ、カナダ ( USMCA ) も新型コロナ感染による物流、人流などの困難に直面しており、コロナ前の貿易活動水準には未だ時間が必要と判断できる。
〇 輸入品の国内流通困難で、民間在庫投資の急増か
加えて、民間在庫投資 ( 対実質総需要比プラス0.7% ) も急増している。
民間在庫投資の急増については、生産統計において、製造業生産が拡大基調にある中で、在庫率 ( Inventories to Sales Ratio ) は11月まで低下横這いの動きをしている。生産現場では生産されたものは出荷され、在庫として積みあがっていない状態である。
このような状態での在庫投資の急増は、流通在庫の急増と推察される。10-12月期海外からの供給である輸入等 ( 実質 ) が前期比年率17.7%と急増している ( 表1参照 )。すなわち、海外からの輸入が急増しても、オミクロン株の急激な拡大で物流、人流の困難さが再燃、流通在庫として停滞していると推察する。物価上昇圧力の大きな要因である。
〇 政府支出同様、感染拡大の2年間継続した民間住宅投資、既に息切れ
実質需要の中で最大の回復力を示したのは民間住宅投資である。前年比で2020年6.8%増と民間需要で唯一プラスを記録。続く昨年2021年需要の中で最大の伸び9.0%増を記録。新型コロナ感染拡大2年間で政府支出とともに増加を続けたが、唯一増加率が拡大している。
但し、四半期の動きを眺めると、拡大のピークは昨年2021年1-3月期、2019年の水準を20.4%上回った水準であった。その後、増加テンポは縮小を示すも、昨年末10-12月期には、2019年の水準を14.2%上回る程度に弱含んでいる。
この結果、今年の伸びに対する「ゲタ」は1.9%減と大きなマイナスとなっており、金融緩和縮小、金利引き上げが実施される今年は厳しい状況に落ち込むことが予見される。
政府支出の「ゲタ」も0.6%減となっている。「パンデミック」が終息していない今年、政府の支援策はなく、先行きの経済に不安が漂う。
〇 「ゲノム株」拡大から、物流、人流遮断され、物価の上昇が消費抑制へ
2021年民間住宅投資に次ぐ高い伸びを示したのは、民間消費支出であり、前年比7.9%増と非常に高い伸びを記録している。民間住宅投資とは異なり、民間消費支出は2020年3.8%減と大きく落ち込み、その水準からの高い伸びである。2021年の水準は2019年の水準を3.8%上回る程度の回復である。
四半期の推移を眺めると、夏場以降急速に減速している。鈍化の背景には、政府支援策の効果が減少する中、変異株「オメガ株」が急拡大したことが大きく影響している。
「オメガ株」の拡大、拡散は動き出した物流、人流を急激に遮断したため、モノ・サービスの需給バランスが急速に悪化、物価上昇を加速させる要因となっている。
四半期統計では昨年10-12月期、実質民間消費支出は前期比年率で3.3%増となっているが、28日公表された月次統計で前月比を眺めると、10月0.9%増の後、11月同0.2%減、12月同1.0%減と減速幅を拡大してきている。この背景には物価上昇が大きく影響している。輸入の増加と同時に民間在庫が急増しているが、物流、人流の遮断による物価上昇の証左である。
民間消費支出について、所得面と合わせて別途お示しする。
〇 民間設備投資、昨年後半鈍化、但し、「IOT技術革新」は堅調
2021年民間住宅投資、民間消費支出に次ぐ高い伸びを示したのは、民間設備投資であり、前年比7.3%増を記録した。但し、民間住宅投資とは異なり、民間設備投資は2020年5.3%減と大きく落ち込んだ水準からの高い伸びであり、2021年の水準は2019年の水準を1.6%上回る程度の回復である。
四半期の推移を眺めると、「オメガ株」が急拡大した夏場以降急速に減速している。中身を見ると、構造物に加え設備機器が年後半マイナスの伸びに転じている。
その中で比較的堅調さを示しているのはコンピュータ関連と知的投資であり、これらが設備投資全体の伸びをプラスで維持している。この結果、昨年10-12月期は前期比年率で2.0%と前期より若干拡大、今年の伸びに対する「ゲタ」1.1%プラスを生み出している。「IOT技術革新」の流れの中で、新型コロナ感染拡大による社会生活環境の変化が更なる技術革新の強化推進を生み出している姿が観察される。
〇 年末にかけて一段と上昇圧力高める物価
図2はFRBが物価状況を判断する統計として重視している民間消費支出デフレータの推移である。表3には消費者物価 ( CPI ) の推移も加えて示している。
消費者物価指数は基準年における消費の財、サービス構成比を固定して算出するのに対して、民間消費支出デフレータは消費行動、消費内容の変化を反映する形で算出される。よって、FRBは消費支出の変化を消費者物価より明確に反映する民間消費支出デフレータを重視している。
民間消費支出デフレータは昨年2021年、前年比で3.9%増と1990年の同4.4%増以来の高い伸びを記録した。新型コロナ・ウイルス感染前の2019年からは5.1%高い。
四半期の推移で眺めると、昨年4-6月期 ( Q2 ) から増加スピードが加速する姿が観察される。昨年10-12月期は前期比年率で6.5%増となり、2019年の水準に対して7.4%高い伸びを示している。
その結果、昨年10-12月期の今年の伸びに対する「ゲタ」は2.2%のプラスとなり、例え年明け後民間消費デフレータの伸びがゼロで推移しても、今年は前年比で2.2%となり、目標である2%を上回る結果となる。別の言い方をすれば、昨年末既に潜在的なインフレ圧力が2.2%あることを意味する。これを消費者物価で眺めると、今年既に2.5%を持ち越している姿となる。
〇 供給不足が世界的な物価上昇を生み出している
このような物価上昇、インフレ圧力の顕在化は米国だけで起こっている状況ではない。図3は主要国の消費者物価の推移を月次、前年比で示したものである。緑棒グラフはウイルス感染前の2019年、青棒グラフは感染拡大1年目の2020年、そして赤棒グラフは感染2年目の2021年である。
米国、英国は感染拡大の2021年も物価は下落せず、前年比で2%を上回るのは米国が昨年3月、英国が昨年5月であり、年末にかけて一段と上昇幅を拡大している。
驚くべきことは世界的に最もインフレを警戒してきたドイツの動きである。ドイツはコロナ感染1年目の2020年8月に物価は前年比マイナスに転じたが、昨年1月には前年比プラスに戻り、英国より1か月早く4月に2%を上回り、その後も前年比で英国より高い伸びを示し、11月には6.02%、12月でも5.70%を記録している。天然ガスなどエネルギー価格高騰が大きく影響している。
低インフレが特徴であるスイスもドイツの消費者物価が前年比で2%を上回った昨年4月に前年比プラスに転じ、昨年末には同1.5%増へと上昇基調にある。
また、欧米より遅れて新型コロナ・ウイルス感染拡大が始まった日本でも、昨年9月に前年比プラスに転じ、昨年末には同0.8%上昇。但し、携帯電話関連の価格引き下げもあり、上昇幅はスイスの半分に止まっている。
これら主要国の消費者物価の動きに示されるように、物価上昇は新型コロナ・ウイルス感染拡大に対する政府の経済支援策の規模の違いというより、ロックダウンやワクチン接種の浸透度など社会、経済活動の抑制、供給側での抑制が大きく影響していることが明らかである。
価格が上昇すれば供給量は増加するのが経済の有様だが、原油、天然ガス、食料などの価格高騰が持続している状況の背景には、これらの生産、すなわち供給体制の制約が存在するということを示唆している。欧州での天候異変で風力発電に支障をきたし、天然ガスへの急激なシフトが発生、それにウクライナを巡るロシアと欧米との対立が一段の価格高騰を予測させる状態である。
また、食糧生産についても、米国のみならず日本やマレーシアなど外国人労働者に頼っており、新型コロナ・ウイルスのパンデミックによる入国規制が生産抑制、価格上昇の要因となっている。
〇 金融緩和から利上げに動き出す世界金融市場
世界的な物価上昇の動きの中で、米国は昨年12月14,15日のFOMCで、資産購入減額 ( テーパリング ) を月額150億ドルから同300億ドルに加速減額することを決定、さらに今年3月のFOMCでテーパリングを終了させ、同時に、テーパリング終了から利上げまでの期間は長くはないと述べている。
英国イングランド銀行は昨年12月17日の政策金利引き上げに続き、今月2月3日、政策金利を25ベーシス・ポイント連続して引き上げ、年0.5%とした。
ユーロ圏では年内金融政策の変更はないとしていたが、最近では年利マイナス0.5%の政策金利を年末にはゼロに切り上げるという見方が増えてきている。
〇 米国期待インフレ率が描く短期インフレ高騰、長期景気鈍化
金融緩和から利上げに向かう政策転換で最も重要なのは米国の金融政策の展開である。米国の金融政策の展開は、世界の金融市場はもとより、為替、原油、天然ガスなどのエネルギー価格、食糧等一次産品価格の動向に大きな影響を与える。また、これらの変動を通して、他国の金融政策にも影響を及ぼす。
ここで米国の金融政策展開に大きな要因となる米国での期待インフレ率の推移について眺めてみる。図4は米国の国債利回りとインフレ国債 ( Inflation - Indexed Securities ) 利回りの差を期待インフレとし、5年物国債 ( 黒線 )、10年物国債 ( 青棒 )、そして20年物国債 ( 赤線 )、それぞれから導き出される期待インフレ率の推移を描いたものである。
通常は、残存期間の長い国債から導き出される期待インフレ率の方が高い姿となる。
期待インフレ率の推移を辿ると、コロナ感染拡大を受け、2020年3月にかけて急激な低下 ( 0.99% ) した。その後年後半から回復基調に入った。
2021年に入ると、期待インフレ率の推移に大きな変化が始まった。1月には国債から導き出される期待インフレ率が2%を上回り、同時に5年物国債での期待インフレ率が10年物での期待インフレ率を上回った。この現象は2008年7月以来のことである。
そして、翌月2月以降は5年物での期待インフレ率が10年物、20年物、30年物という超長期の国債利回りから導き出される期待インフレ率を上回った。この状況はインフレ国債利回りが公表されている2003年以降で初めての現象である。
残存期間の短い国債利回りから導き出される期待インフレ率が一番高いという現象は、短期的にはインフレ上昇が高まってきている中で、長期的には景気の鈍化を示唆している姿である。
月次の推移を眺めると、10年物での期待インフレ率は昨年11月2.62%で2006年5月 ( 2.66% ) に次ぐ高い水準でピークを打ち、今年1月には2.45%へ低下してきた。20年物での期待インフレ率も昨年11月に2.60%でピークを打ち、今年1月には2.46%へ低下。長期的には景気の鈍化を示唆する推移である。
5年物での期待インフレ率も昨年11月に2.98%と2006年5月につけた2.70%を上回り、統計が公表された2003年以降で最高の期待インフレ率を記録した。
その後12月には期待インフレ率は低下したが、今年1月には唯一期待インフレ率が上昇へと転じている。短期的にインフレ期待は低下していないことを示唆している。
〇 インフレ高騰、ウクライナ情勢警戒、原油高、安全資産としての米国債
2月10日、今年1月の消費者物価 ( CPI ) が公表された ( 図5 )。1月、CPI総合は前年比7.5%増と昨年10月以降の急速な上昇トレンドを更に加速した姿である。上昇幅が大きい食料とエネルギーを除くCPIコアも1月同6.0%と装荷幅を拡大してきた。
図4の期待インフレ率の推移と重ねて眺めると、昨年10月以降の消費者物価上昇加速の動きは、期待インフレの短期的なインフレ上昇トレンドが強いことを裏付ける。
インフレ率が一段と高まった1月のCPI統計発表を受け、10年物米国債は9ベーシス・ポイント上昇、2.035%となった。2%台の水準に達したのは2019年8月以来2年半ぶり。金利上昇を受け、ダウ工業株は526.47ドル下落した。
翌11日はウクライナ情勢の警戒感から、原油価格 ( WTI ) は前日比4.02ドル上昇、1バレル93.90ドル。ダウ工業株はさらに503.53ドル下落。相対的に安全資産として米国10年物国債利回りは、前日より9.3ベーシス・ポイント下落、2%台を1日で割り込んだ。
〇 供給不足インフレ解消目指す利上げ、付随問題の深刻さ生む
世界的なインフレ高進を受け、利上げに踏み切った中央銀行も増えてきている。また、金融市場参加者は最悪の状況を想定する材料を見つけ出そうとし、時として物事の判断に性急さが全面に出てきやすい。
起こっているインフレの主因は、新型コロナの「パンデミック」による供給制約である。「パンデミック」も新種のウイルス株が継続して生み出されている状態で、依然先行き不透明である。
金利上昇で影響を受け易いのは供給サイドより、需要サイドである。ましてや、金利上昇では「パンデミック」は消滅しない。
米国経済の動きを眺めても、今年の実質経済成長率が4%程度と見込まれる中で、昨年10-12月期の今年平均の伸びに対する「ゲタ ( 持ち越し ) 」がほぼ半分あるという状態にあり、財政からの支援が期待できない状況では米国経済、米国需要は金利上昇に打勝つ力強さはない。
期待インフレの期間別の動きにも既に表れているように、短期的にはインフレ懸念が高いものの、長期的には景気鈍化を示唆する期待インフレ率の鈍化が示されている。
供給側の制約は新種ウイルスなど「パンデミック」の状況変化に明確に左右される。このような状況はFRBでも十二分に理解されている。よって、巷間で言われているような3月0.5%ポイント引き上げという短絡的な判断ではなく、「パンデミック」と経済の状況を慎重に判断しながら、利上げというスタンスより、「金融市場の正常化」への復帰という姿勢を前面に出していく必要がある。
今年のFOMCは、1月25、26日を第1回として、3月、5月、6月、7月、9月、11月、12月と残り7回ある。ウクライナ情勢とロシア・ルーブル、ドル建て債務の重圧続く中国元など、FRBの慎重な対応が期待され、要請される状況である。
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