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一転、改善を示した米国労働市場、  しかし景気後退へ

〇 予想外の改善を示すが、経済は景気後退へ

 米国労働省が6日発表した5月の労働市場は、多くの予想に反し改善の兆しを見せた。5月の失業率は13.3%と、4月より1.4%ポイント低下した。事前の予測では20%に迫るという状況を想定していたが、結果は逆に低下を示し人々を驚かせた。

 「事業所調査」による非農業就業者数も、5月は前月比で251万人の増加となり、4月の同2069万人減から驚くべき改善を示した。

 急激なコロナウイルス禍にある米国において、労働市場が予想外の改善を示したことで、米国株式市場では5日経済活動が動き出したのではないかとして、一時1000ドルを超す値上がりを示した。

 さらに、5月の労働統計を受け、景気循環を判断するNBER(全米経済研究所)は、今年2月に最長の景気拡大がピークを打ったと公表した。四半期では昨年10-12月期がピーク。NBERは、「過去の景気後退期と比べ、今回の景気後退期が短期間であろうとも、この出来事はリセッションに指定することは正当だ」とコメントした。

〇 「22年末までゼロ金利を見込む」とFRB議長の
  強いメッセージ

 10日、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、9日、10日の連邦公開市場委員会(FOMC)の声明発表後のビデオ記者会見で、「新型コロナ感染拡大の景気回復を支援するため、金融当局としてあらゆる手段を用いる。それによって最大限の雇用と物価安定という目標を促進する。」と表明した。

 また、今回は新型コロナウイルス拡大で3月に公表されなかった「見通し(Projection)」を出している(表1)。表1の数字は各年末(10-12月期)の前年比である。失業率と金利については水準である。

表1 FRB経済見通し(6月10日)

FRB予測

 5月10日発表の「見通し」によれば、
(1) 実質GDPは今年10-12月期において前年比6.5%減であるが、
    来年末にはプラス5.0%に拡大し、22年末にはさらに3.5%の
            増加を見込む。

(2) 失業率は、今年末9.3%と、4~5月平均の14.0%から4.7%
            ポイントの低下を見込む。来年末にはさらに2.8%ポイント低下し
            6.5%、22年末にはさらに1.0%ポイント低下し、5.5%として
             いる。これは15年春頃の水準であり、今年3月の4.4%には達し
              ない。

(3) 民間消費支出デフレータで示されるインフレ率は、今年末で前年比
            0.8%、来年末1.6%、22年末は1.7%を見込み、22年末に
             おいても政策目標である2.0%には達しない。食料とエネルギーを
             除くコアもどうような推移をするが、総合物価と比較するとエネル
             ギー価格の下落は来年にはほぼ解消される姿と見える。

(4) 政策金利であるフェデラル・ファンド・レート(FFレート)は、
            見通し機関である22年末まで0.1%と表示されている。これは
            現 行の0.0~0.25%の範囲で運用することを示唆しており、現行
            のゼロ金利政策を22年末まで継続するという宣言である。

 資産購入については、今後数ヶ月現行の規模を継続すると表明している。

 FOMCの声明文やパウエル議長の会見からは、新型コロナウイルス拡大による景気後退からの回復過程において、回復を支援すると同時に回復の腰折れを非常に意識している姿が見られる。

 そのためにも22年末までゼロ金利を継続、時には0.0%の水準にまで動くという強いメッセージを市場に送ることを最重点政策に置いたものと考えられる。これは、ある意味でパウエル議長が米国経済の先行きに悲観的な思いが込められていると受け取られる可能性が高い。

〇 米国大統領選を含め、世界経済に不透明感高まる

 前回の景気後退期は、リーマン・ショック時の08年1月から09年6月までの18ヶ月、6四半期である。また、この時期は08年大統領選の時期であり、第43代米国大統領共和党のジョージ・ブッシュの2期目最後の年であった。当時の副大統領チェイニー氏が大統領選に出馬しないという状況もあったが、翌09年1月20日には民主党のバラク・オバマが第44代米国大統領に選ばれた時期である。

 この選挙においては「金融危機」が最大のテーマであった。結果的に民主党の大統領が選出されることになったが、これは「金融危機」により、「富裕層」より「中小事業者」、「個人」への政策転換を反映したものである。ちなみに、08年1月の失業率は5.0%、失業者769万人、10月の失業率は6.5%。失業者は1007万人へと悪化している。

 大統領選の今年、新型コロナウイルス禍において5月の労働市場に改善の兆しが出ているが、NBERの判断、FRBの先行き懸念の「見通し」に表れているように、感染抑え込みと経済回復について、先行き見通せない状況であることを示している。

 加えて白人警官による黒人殺害によるデモが全米に広がってきている。4月の労働統計でお示ししたように人種間での格差問題が新型コロナウイルス禍で再燃してきており、これは08年の「金融危機」時と同じく、「富裕層」から「「中小事業者」、「個人」への政策強化を求められる状況に陥ってきた。

 このデモの全米への拡大は、さらに経済の回復を遅らせるのみならず、感染再拡大への状況を生み出す。確固たる支持基盤を持つとされるトランプ大統領であるが、大統領選の行方に不透明感が漂ってきた。

 原油や一時産品、株式・債券市場、さらに金、通貨の動向を左右してきた米国経済であるが、このような状況の進展は、日本はもちろん世界各国に大きな衝撃を与える。米国経済の動きに目を離せない状況が続く。

〇 5月、非工業就業者は251万人増、しかし、
  過去2ヶ月で113万人の下方修正

 米国では依然として新型コロナウイルスの新規感染者が1日2万人と伝えられる中で、改善の兆しを示した労働統計について眺めてみよう。

 「事業所調査」による非農業就業者について眺めると(表2)、5月の就業者は予想外の251万人の増加となり、経済が動き出したのではと話題になった。

 しかし、失業率関連統計の「家計調査」とは異なり、「事業所調査」は過去にさかのぼって修正されることは度々で、一般的に公表されても不安定と理解されている。

 5月の非農林就業者についても、3月、4月と2ヶ月に渡って下方修正されている。それも3月49万人、4月64万人、計2ヶ月で113万人の大幅な下方修正である。すなわち、5月の251万人増といえども、修正前から眺めると138万人の増加と理解できる。3月から5月までの3ヶ月間の累積では1995万人の減少となるが、4月時点の統計から眺めれば113万人低い水準ともいえる。

 3月以降前月比増減幅がそれまでの2桁から、3桁、4桁という桁の変動を示している状態で、それらの修正幅も2桁となるなど、新型コロナウイルス禍での調査に困難さ、不透明さが浮かび上がる。

〇 5月、第二次産業では、鉱業以外の建設、製造業で
     改善 

 製品生産に関わる第二次産業を眺めると、各業種で3月、4月の就業者統計の下方修正は見られるものの、その幅は非常に小幅である。ウイルス感染拡大下で統計調査の困難さが指摘されているが、これらの業種では、就業状態の把握が整っていると判断される。

 その状況下で、建設業40万人台、耐久財及び非耐久財製造はそれぞれ10万人台の改善を示している。鉱業は総就業者数が少ない中で、8万人の減少、うち原油・ガスは久々の減少である。原油価格の急落がその背景にある。

 改善をしめした建設業、製造業であるが、表の右端に示した「リーマン以降」の数字、これは4月の労働統計レポートでお示ししたリーマン・ショック直前のピークからの前月比増減を累積したものであるが、第二次産業すべての業種で未だにマイナスである。すなわち、リーマン・ショック直前のピーク時の就業者水準を依然下回っていることを示している。それに対して、原油、ガスは比較的堅調ともいえる。

〇 サービス16業種中12業種で改善がみられるも、
    職業能力の低い業種では依然苦しい姿

 5月のサービス業の就業者は前月比243万人増と、非農業就業者251万人改善の大半はサービス業で発生している。同時に3月、4月の下方修正幅も107万人と大規模になっている。

 サービス業は第二次産業とは異なり業種が多様であり、そこにコロナ感染拡大時における調査の困難さが浮かび上がる。一時帰休や休職、一時解雇などの分類も明確でないことがサービス産業で発生していることが浮かび上がる。

 サービス業16業種のうち、5月に改善を示したのは 12業種で、引き続き減少したのは、運輸・倉庫、情報、専門マネージャー、宿泊の4業種のみである。とくに宿泊業は4月103万人上向き修正されても、前月比マイナスを続けている。

 改善人数の多いのは、レストランなどの137万人、医療・介護の39万人、小売の37万人などである。

 サービス業において、5月75%の業種で改善を示したことになるが、サービス業全体としては3月から5月にかけての累積就業者数は1616万人の減少である。

 さらに、5月時点でリーマン・ショック直前のピークを上回っているのは(緑色)、運輸・倉庫、金融・保険、専門職、専門マネージャー、教育、医療・介護の6業種である、端的に言えば職業能力の高さを求められる職種である。

 裏を返せば、これらの業種、職種以外のところに景気の波が強く打ち付けているという姿であり、人種問題とも表裏一体の姿として映し出されている。

表2 非農業就業者の推移(前月比増減、万人)

産業別就業者(5月)

〇 行政担当規模が小さいほど、新型ウイルス感染拡大
    の直接的な影響大きい

 政府部門について眺めると、非農業全体の変動に比べ、その変動幅は小幅に止まり、かつ過去の修正幅も少ない。

 その状況の下で、政府の行政対象区分で見ると、行政対象が国、州、地方と行政対象が地方、地域に向かうほど、新型コロナウイルス感染拡大の影響が大きくなってきている。

 連邦政府においては、郵便以外の連邦職員は3月前月比2万人増の後鈍化傾向を示し、5月には4月より1万人の減少となっている。それでもリーマン・ショック直前のピークの水準を5月時点でも29万人上回る就業者水準を維持している。

 郵便関連の就業者には3月から5月についても変動はなく推移しており、新型コロナウイルス感染拡大の下でも、生活に密着した集配送の業務を維持継続している姿が浮かび上がる。
 郵便関連5月時点でリーマン・ショック直前のピークの水準より15万人低い水準にあるが、これはネットなど通信革命を受け急激に減少していたなかで、近年はは安定した推移をしている。

 州・地方政府については、教育関連が4月大きく減少、5月は減少幅は4月より縮小したものの、減少基調を続けている。その減少規模は地方政府が州政府より3~5倍大きいが、年少者の教育を請け負う地方政府の特徴であり、学校閉鎖などの影響を一番受けている状況を示している。

 教育関連以外の州・地方政府職員についても、地方政府での就業者減少が目立つ。これは外出規制、ロックダウン、学校閉鎖など、行政担当規模が小さくなればなるほど、それらの影響が職員に直接的な問題として現れ、行政作業に従事できない人が多いことを示唆していると思われる。


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