米国債の外国人保有動向から眺める為替、金利、原油価格 = パンデミック禍で国の安全、安心を求める国際金融資本 =
2021年04月18日
新型コロナ・ウイルスのパンデミックが継続する中、中国、米国、欧州などでワクチン接種が急速に進行してきている。このような状況の下、米国、中国という経済大国1位、2位の力強い回復が期待されている。
米国、中国を中心とした景気回復は、同時に、原油価格や食糧価格の上昇などを通してインフレ懸念を生みだし、米国長期金利の上昇傾向に懸念が生じてきている。
このような状況について、今回は米国債の外国人保有の推移を切り口に、為替、金利、原油価格の動向を眺めてみる。外国人保有の米国債の動向は、4月15日公表の今年2月分が最新である。
〇 米国債の外国人保有、米金利低下で増加するも、金利反転で鈍化
図1、表1は外国人による米国債保有の推移を四半期ベース(期末)で示したものである。図表で今年1-3月期(Q1)の数値は2月の数値である。
図1. 米国債外国人保有額の推移(総額、兆ドル、前年比増減、億ドル)
表1. 米国債外国人保有額の推移(総額、兆ドル、前年比増減、億ドル)
米国債の外国人保有額の推移を前年比増減で眺めると、19年に入り急速に拡大し、19年7-9月期(Q3)に前年比で6,976億ドル増をピークにその後は前年比増加幅を縮小してきている。
債券投資は金利低下、すなわち債券価格の上昇局面で促され、逆は逆である。外国人による米国債保有額の前年比増減を米国10年物国債利回りの推移と合わせて眺めると、米国10年物国債利回りは新型コロナ・ウイルス感染拡大が鮮明になった昨年1-3月期一段と低下し、7-9月期にかけて明確な低下基調を続け債券投資を促してきたことが分かる。
米国10年物国債利回りは景気の底打ちを確認する形で、昨年7-9月期を底に上昇に転じてきている。これを受ける形で外国人の米国債保有は鈍化に転じている。
〇 米国金利低下するも、米国債売却を継続する中国
ところで米国債の主要保有国について眺めてみると、表2に示されるように、上位5位までの国はほぼ変わらず、中国、日本、英国、アイルランド、ブラジルであり、昨年はブラジルに代わりルクセンブルグが上がってきている。上位5ヶ国で外国人保有総額の半分を占めている。
表2. 米国債外国人保有額:順位1~5位の推移(対総額構成比、%)
また、中国と日本の保有額は断トツで、両国で3割以上を占めている。
図2で中国と日本の米国債保有額の推移を眺めると、リーマン・ショック時の08年10-12月期(Q4)に中国が日本を初めて上回り、16年末に一時的に逆転を示したが、19年1-3月期(Q1)まで中国が日本を上回り首位を保ってきた。
図2. 日本、中国の米国債保有額の推移(億ドル)
中国の米国債保有額は日本と同様に16年後半から減少基調を示しているが、18年4-6月期以降米国金利の低下を反映し、日本は米国債保有を増加させる一方、中国は保有減、すなわち米国債の売却を継続している。
日本と中国との米国債保有行動の違いをより鮮明にするために、図3で英国の米国債保有額の推移を示した。英国の米国債保有額の前年比増減額と米国10年物国債利回りと合わせて描いたものである。
図3. 英国の米国債保有額の推移(億ドル、金利、%)
すなわち、日本も英国も米国10年物国債利回りの低下、すなわち米国債価格の上昇基調を受け、18年から米国債購入を増加させる行動を示しているが、中国は米国債券市場の好転の下でも、米国債売却を継続しているのである。
〇 中国の米国債売却の背景には対中貿易赤字縮小、米ドル獲得不足
中国が日本や英国と異なり米国債売却を鮮明にしたこの時期は、当時の米国トランプ大統領による中国輸入品に対する課税強化が本格的に動き出した時期である。
図4は米国の対中国貿易収支の推移である。中国は米国にとって最大の輸入相手国であり、18年には総輸入額の22%と最高値を記録している。
図4. 米国の対中国貿易収支の推移(四半期、億ドル)
これを受ける形で米国の対中貿易赤字は期を追って拡大してきたが、18年後半に最大の赤字を記録した後、一転して赤字幅縮小に転じてきている。
ちなみに、今年2月の中国の輸入構成比は17.6%へと低下してきている。トランプ前大統領の対中貿易政策が着実に効果を表しており、バイデン新大統領も対中政策の継続を表明しており、米国の対中依存の低下は継続していこう。
この動きから判断すると、18年以降米国債購入環境の好転にも関わらず、米国債売却を継続している背景には、対米貿易による米ドル獲得の減少が影響してきていると考えられる。
〇 米国金利上昇局面で中国元、英国ポンド、ユーロ急上昇、円は弱い上昇
外国人による米国債の購入、売却と為替レートの関係から考えてみよう。
米国債購入に対しては自国通貨を売却して米国ドルに転換するため、外国人の米国債購入は自国通貨の対ドル・レート下落を促す。米国債売却はその逆である。
但し、米国債を売却しても米国ドル預金などで保有すれば、為替レートには基本的に影響を与えない。米国債の購入も保有するドル預金などを使用すれば、この場合も基本的には自国通貨の対ドル価値は変化しない。
これを踏まえた上で為替レートの動きを眺めてみよう。図5は、日本円、中国元、ユーロ、英国ポンドの対米国ドル・レートの推移を示したものである。それぞれ18年1月の対米国ドル・レートを100とし、数値が大きくなれば、それぞれの通貨が米国ドルに対して強くなる方向で示した。
図5. 日本円、中国元、ユーロ、英ポンドの推移(18年1月=100)
これを眺めると、円は昨年3月、中国元、ユーロ、英国ポンドの対ドル・レートは昨年4月か5月を底に米国ドルに対して上昇に転じている。
ちなみに、米国10年物国債利回りは昨年4月(0.66%)にかけて低下した後、5月、6月と若干の上昇を示した後、7月に0.62%と最低の水準を記録している。その後強弱はあるものの上昇基調を示し、12月には0.93%、今年1月には1%を上回り、3月時点で1.61%へと上昇している。
米国金利が上昇基調に転じる状況で、円、中国元、ユーロ、英国ポンドが米国ドルに対して上昇する背景には、先に眺めたように、それまで増加させてきた米国債購入を急速に鈍化、減少させていることがある。金利の上昇は債券価格の下落を意味しているからである。米国債購入の鈍化や売却は米国ドル需要の減少となり、米国ドルの価値下落に結び付く。
〇 国の安全、安定を求めて動いた国際金融資本
とくに中国元、英国ポンド、ユーロの上昇が急激であり、円の上昇は弱いものである。また、中国元、英国ポンド、ユーロの米国ドルに対する上昇幅はほぼ同じであることにも注意する必要があると思われる。
これらの推移を眺めると、昨年の後半からの円、中国元、ユーロ、英国ポンドの上昇は、米国長期金利の上昇が基本的な要因ではあるが、新型コロナ・ウイルス感染対策、とくにワクチン接種効果の差が米国金利の上昇以上に大きく影響していたと考えられる。
今年に入って米国でも徐々にワクチンの早期接種、新規感染者数の減少が報じられるに従い、米国金利の上昇がようやく為替市場に影響を及ぼすようになったと考えられる。
ワクチン接種など新型コロナ・ウイルス対策が遅れている日本円の下落幅が他通貨よりも大きいこともそれを示唆していると考える。
すなわち、米国長期金利上昇を受け、米国債投資の魅力が減少する過程で資金が米国以外の国へと流れだしたことが米国ドルの下落を生んだが、流れ込む先はパンデミック禍の下で、ワクチン接種などで感染者の沈静化がみられる国、すなわち国の安全、安心を期待できる国へと流れ込んだと考えられ、その配分などを考慮したため中国元、英国ポンド、ユーロの対米国ドルに対する上昇幅がほぼ同じになったと考える。
〇 中国、米国の景気反転に加え、米国ドル安で原油上昇、年明け後のドル高局面で原油価格に変調
次に為替レートと原油価格の関係を眺めてみよう。図6は中国元の対米国ドル・レート(赤線)と原油価格(WTI、青線)の推移を描いたものである。
図6. 中国元と原油価格(WTI)の推移(中国元米国ドル、米国ドル/ガロン)
中国元の上昇、すなわち米国ドルの下落と原油価格の上昇との関係が読み取れる。原油価格は国際市場において米国ドル建てで取引されており、米国ドルの価値下落は原油価格の下落をも意味し、原油価格は米国ドル価値の下落分をカバーする形で上昇するという姿である。
前回のレポートでもお話ししたように、原油価格の反転には中国の景気反転、続いて米国の景気反転など原油に対する実需の回復期待があるが、これら景気反転にも新型コロナ・ウイルスに対するワクチン接種による感染者の減少が背景にあることも理解しておく必要がある。
これを踏まえた上で、図2、図3に示されているように、今年に入って日本、英国の米国債購入は前年比でマイナスに転じてきている。すなわち、米国ドル安に作用する動きである。
他方、中国は今年に入って日本、英国とは異なり米国債を前年比でみて増加に転じてきている。すなわち、中国元安、ドル高に作用する動きである。
このような状況で為替レートの推移を図5で眺めると、日本円、英国ポンド、ユーロ、そして中国元も米国ドルに対して下落してきている。これらを合わせて考えると、昨年後半観察された国際資本の移動が、今年に入って米国へと還流してきていることが示唆される。
とくにバイデン政権のマスク着用やワクチン接種の進展で米国の感染者が大きく減少してきていることが米国に資金が還流してきている背景と考えられる。
この結果、ドル高の進展で原油価格も上昇基調に変化が出てきている。
〇 夏場以降の為替、金利、原油価格の動向に注目
年明け後、日本や英国が米国債の保有を明確に減少させる状況の下でも、円や英国ポンドが米国ドルに対して下落するという姿の背景には、米国債保有減から生まれる米国ドル需要減以上に米国ドルへの資金還流があると考える。
この米国ドルへの還流は、原油価格上昇圧力を抑制し、同時に米国長期金利の上昇圧力抑制としても作用すると思われる。10年物国債利回りが3月31日の1.74%から4月15日には1.56%に低下してきているが、この動きを裏付けるものであろう。
金利上昇を促す物価も、13日に公表された3月の消費者物価では、総合で前月比0.6%増、前年比2.6%増、食料とエネルギーを除くコアでは前月比0.3%増、前年比1.6%増であった。原油高の下でも、コアでの推移は非常に安定した動きを示している。
原油価格は前回のレポートでお示ししたように、現状の価格水準が継続しても前年比では非常に高い伸びが続くが、3月の消費者物価の公表に対する米国長期金利の推移を眺めると、インフレ懸念に対して慎重な姿勢が観察される。夏場以降には原油価格の前年比も落ち着いてくる可能性が高く、当面はドル高基調、原油価格、長期金利の上昇圧力は抑え込まれると思われる。
先行きについては、「ECBは7月までにパンデミック緊急債購入プログラム(PEPP)の下での債券購入を減速させ、12月会合で、22年3月に停止することを示唆」したと16日のブルンバークが報じた。
米国においても大型の国債発行が予定されている。バイデン政権によるインフラ投資がまだ承認を受けていないが、既に実施されている1.9兆ドルの財政政策を含め、2兆ドルとも2.2兆ドルともいわれる国債発行が実施される。
これらの動きは、7月以降ユーロ圏での長期金利の上昇が予想させる中で、米国でも長期金利上昇圧力が生まれる。欧米での金利上昇圧力の中で、欧米での金利平準化が進展する可能性がある。結果的には夏場以降ドル高の圧力は弱まると考えられる。
中国については22年、23年に国営を含む中国企業のドル建て負債の償還が急増するといわれている。米中貿易対立でドル不足にある中国は、年明け後米国債購入に転換してきている。この動きは米ドル資産の積み上げ準備とも考えられ、米国金利が上昇しても米国債を購入継続に向かう可能性も高い。これは米国金利上昇を抑制する方向に働く。
欧米の債券市場の変化が原油価格の前年比急騰から落ち着きを示す夏場以降に動き出すと思われるが、ワクチン接種による感染者減少も夏場にかけてどのような状態になるか、バイデン大統領が唱える米国の「独立記念日」が明るく迎えられるかが、依然最大の注目点である。
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