日本:国内デフレ下の物価上昇 = 日本の根本問題を露呈している物価上昇 =
2022年6月3日
〇 米国 : 食糧、サービス部門の物価上昇圧力継続の中、XXXXX
5月27日、4月の米国PCE物価指数 ( 民間消費支出デフレータ ) が公表された。
4月は前月比 0.2%増と3月 ( 同0.9%増 ) から減速、前年比でも3月の6.6%増から4月6.3%増へと鈍化している ( 図1参照 ) 。食料及びエネルギーを除くコア指数の動きを眺めると、前月比では3月0.33%増、4月0.34%増と若干ではあるが、上昇基調を維持している。しかし、前年比でみると、3月5.2%増加、4月は4.9%増と明確な鈍化を示した。
物価の動きを財・サービス別で眺めると、前月比で耐久消費財が3月の0.2%増から4月0.1%増へ鈍化、非耐久消費財は食料が3月の1.4%増から4月1.1%増へと鈍化、エネルギーは4月の11.7%増から4月一転して2.9%減へと大きく下落している。他方、サービスは3月、4月と前月比0.5%増を継続している。
この動きを前年比増加寄与度で眺めると、4月前年比6.3%増と3月の同6.6%増から0.3%ポイント低下しているが、耐久消費財は3月寄与度1.4%増から4月1.2%増へと0.2%ポイント物価を引き下げている。他方非耐久財では、食料は同0.7%から0.8%へと0.1%ポイント物価を押し上げ、エネルギーは逆に1.3%増から1.1%増へと0.2%ポイント物価を沈静化させている。
対して国内社会、経済活動を色濃く反映するサービスの前年比増加寄与度は3月、4月と2.9%増で、物価上昇の47%の寄与を占めている。全体的には、食糧、サービスでの物価圧力が継続する中で、耐久消費財、非耐久消費財のエネルギーに鈍化の兆しが見られたという状況である。
〇 日本・デフレ的色彩を帯びるサービス分野、輸入インフレ顕在化
米国における消費者段階での物価動向を眺めたが、次に日本の消費者物価の動きを眺めてみよう。図2は日本の消費者物価の推移示したものであるが、米国とは大きく異なる姿が観察される。
日本の消費者物価は4月前年比2.4%上昇。生鮮食品及びエネルギーを除く総合 ( コアCPI ) は同2.1%増。3月より1.3%ポイント高まり、前年比で目標とする2%を上回った。これには携帯電話通信料下落幅が3月の52.7%から4月22.5%へと大きく縮小したことが背景で、予想されていたことである。
これを財・サービス別で眺めてみると、携帯電話通信料が含まれるサービス物価は、前年比増加寄与度でみて、4月マイナス0.1%と3月の同1.2%減から1.1%ポイント上昇している。これに耐久消費財物価が同0.1%ポイント3月より上昇したことで、全体として、4月は3月より1.2%ポイント増加幅が高まり、4月前年比2.4%に上昇している。
4月の消費者物価が前年比で2%を超したのは、携帯電話通信料の引き下げの影響が消滅してきたためであるが、それでも米国の物価上昇率とは大きく異なる。その違いは図1と図2で明確に表れている。
すなわち、消費者段階における物価で、サービス物価の動きに大きな違いがある。米国においては、サービス部門の物価上昇寄与度は4月でも2.9%ポイントと上昇率の半分近くを占めている。対して日本は携帯電話通信料引き下げの影響を受け前年比でマイナスである。しかし、料金引き下げ前でもサービス価格の上昇率は米国と比較しても非常に弱いものである。
日本の物価上昇率の低さの背景には、人が介在するサービス部門での価格が長期に低迷していることがある。米国でのパート就業者は全体の16.5%、日本は約4割。そして主婦の所得制限などもあり、労働環境は全く改善されていない。
このように日本はサービス分野がデフレ的色彩を帯びている中で、エネルギーや食料など海外からの輸入インフレに襲われているのである。
予算委員会で岸田首相は「日本のインフレは抑制されている・・・・・」などと答弁しているが、他国との物価上昇率の違いを根本的に理解していない。よって、インフレ対策も「的ハズレ」であり、日本が抱える根本的な問題から目を背けている。
〇 資源持たない日本、米国の輸入価格上昇率の3.7倍
輸入インフレの状況を日米の輸入価格の推移 ( 図3 ) から眺めてみよう。
図3で米国の輸入価格は青棒グラフ ( ドル建て )、日本は円建て輸入価格を、契約通貨建て ( 緑棒フラフ ) と為替変動分 ( 赤棒フラフ ) に分けて表示している。
一目瞭然、輸入価格の上昇率でみて、日米には大きな格差がある。直近4月の前年比を比較すると、米国は12.0%増、対して日本は、同44.6%増( 契約通貨建て:29.7%、為替変動分:14.9% ) であり、実に3.7倍の格差がある。
財務省貿易統計で公表されている「貿易取引通貨比率 ( 契約通貨比率 ) 」によると、昨年下半期において、日本の対世界輸入に占める米国ドル建ては69.4%、日本円24.0%、ユーロ3.1%、中国元1.4%、スイス・フラン0.4%、その他1.4%であった。
日米輸入物価の動きの背景には、資源を海外に頼る日本に対し、米国は鉱業先進国であると同時に、世界一の原油・天然ガスの生産国であり、穀物生産でも世界トップクラスであることを再認識する必要がある。
また、ウクライナ侵攻のロシアは、原油・天然ガス、そして小麦などの穀物、木材生産においてトップクラスであり、ウクライナをも含めて世界的な資源国間の争いが長期化する状況に陥ってきており、コロナ禍からの回復を目指す世界経済に大きな下押し圧力を生み出している。
〇 感染拡大を引き金とした一次産品価格の高騰、対ロシア制裁が加わる
図4、図5は日本の輸入物価を商品別に前年比で示したものです。青棒グラフは契約通貨建て、赤棒グラフは為替変動分、黒線は円建てです。また、10商品について直近4月時点で円建て前年比が高い順に並べています。
円建て前年比で、4月の総平均は44.6%増。それを上回る伸びを示しているのは石油・石炭・天然ガスの112.7%増、同61.8%の木材・木製品・林産物の2商品です。
両価格の高騰は新型コロナ・ウイルス感染拡大が主因である。木材・木製品・林産物価格の高騰、いわゆる「ウッド・ショック」は、感染拡大の中、米国での移住、在宅勤務の拡大から木製品需要が急拡大し、世界的な商品不足を生み出したことである。
原油や天然ガスの高騰については、脱炭素化の動きが加速する中で、感染拡大により原油などの生産活動が抑制されていた。この状態で推移する中、経済が感染から急回復を示し出したことでエネルギー価格の高騰が生まれている。
この流れに、ロシアのウクライナ侵攻が追加的な上昇を生みだそうとしている。G7に続き、EUは5月30日の首脳会議で、ロシアからの原油輸入禁止で合意、これを受け、価格は上昇基調を保っている。
これらに続く価格上昇を示しているのが、飲食料品・食料用農水産物 ( 同29.9% ) 、化学製品 ( 同29.1%増 )、金属・同製品 ( 25.6%増 ) と一次産品の高い上昇率が観測される。
高騰する一次産品に次ぐ伸びを示すのは、電気・電子機器 ( 16.8% )、そしてはん用・生産用・業務用機器 ( 15.1% ) と加工・組立製品が続くが、その上昇幅は一次産品の価格と比べて相対的に低いものである。
〇 「円安」が輸入インフレを加速
次に輸入価格の推移について、為替変動の影響に光を当てて眺めてみよう。
表1は商品別に、「円建て」、「契約通貨建て」、そして「為替変動 ( 円安 ) 」を示すと同時に、円建て価格上昇に占める為替変動分を比率 ( % ) で示し、直近4月の円建て価格上昇に占める為替変動分の大きい方から列挙している。
ちなみに、4月の総平均輸入価格は「円建て」で前年比44.6%増、「契約通貨建て」で29.7%増、「為替変動分」で14.9%であった。結果、為替変動による円建て上昇率への寄与は33.4%となる。為替変動による価格引き上げ分は昨年から拡大し、今年2月、3月と若干弱まったが、4月に33%台へと拡大してきた。
さて、図4、図5でみた円建て輸入価格の上昇率では、総平均は上昇率の高い順で3番目であるが、為替変動、すなわち、円安による価格上昇の大小から眺めると、総平均は逆に下から4番目である。
石油・石炭・天然ガス ( 円安による円建て価格上昇寄与度24.7% )、木材・木製品・林産物 ( 同29.7% )、化学製品 ( 同32.9% ) と円安の影響が総平均より低い商品であるが、他方、「円建て」輸入価格が高騰している素原材料、一次産品である。
円安が「円建て」輸入価格上昇に大きく寄与しているのは、「その他産品・製品」( 円安の円建て価格上昇率への寄与78.2% )、「電気・電子機器」 ( 同67.3% )、「輸送用機器」 ( 同67.2% )、「はん用・生産用・事務用機器」( 同59.5% )、と加工・組立型商品が並ぶ。
続いて、「金属・同製品」 ( 同59.4% ) 、「繊維品」 ( 同58.7% )、そして「飲食料品・食料用農水産物」 ( 同40.2% ) と素材型商品が続く。
注意すべきは、「円安」の効果が50%とは、「円建て」輸入価格の上昇率は「契約通貨建て」輸入価格の倍になるということである。
〇 素原材料や穀物価格高騰に加え、「円安」が加工・組立関連の輸入コスト急騰を生む
「円安」により「円建て」輸入価格の上昇が一番大きいのは、表1にあるように「その他産品・製品」である。4月時点での前年比は、「契約通貨建て」3.1%増と低い伸びだが、「為替変動分 ( 円安 ) 」は同11.4%増で、「円建て」では14.5%増と「契約通貨建て」上昇率3.1%増の4.6倍の高い伸びになる。「円建て」価格上昇率の78.3%が「円安」によるものである。
次に「円安」の影響が大きいのが、「電気・電子機器」である。世界的な半導体不足に象徴される海外供給力の低下で、家電のみならず乗用車など輸送用機器の生産が抑え込まれている。この商品の「契約通貨建て」は4月5.5%増だが、「円安」で同11.3%「円建て」価格を引き上げ、結果、「契約通貨建て」の3.1倍となっている。
続く「輸送機器」はドイツなどからの輸入車や中国などからの部品に代表されるが、4月「契約通貨建て」3.4%増に対し、「円安」で「円建て」価格は10.5%増。「契約通貨建て」の3.1倍である。
「電気・電子機器」同様海外での供給網を構築している一般機械、精密機械である「汎用・生産用・事務用機器」においても、4月「契約通貨建て」6.1%増に対し、「円安」分が9.0%増、結果、「円建て」価格は「契約通貨建て」の2.5倍である。
ここまで10商品中4商品は、日本が得意とする「加工・組立型」に関係する商品である。とくにこの業種は製造コストの削減、災害などの供給網寸断などを避けるため、海外での供給網を構築してきた。また、その戦略を支援してきたのが円高である。円高は海外での製造基盤設置投資コストを軽減し、そこから日本への輸入価格を低下させる働きが期待されている。
日本が進めてきた産業基盤整備の鍵は「円高」であったはずである。日銀の黒田総裁は「現時点での円安は日本にとってプラス・・・・」と説明しているが、「通貨価値の維持」が最大の締である日銀は、何を根拠に現状までの長期にわたる円安をプラスとするのだろうか。
世界的な素原材料や穀物価格高騰の下、加工・組立型産業など「円安」による追加的な輸入コストの増加に晒されている。これらのコスト増をいかに最終財製品に価格転嫁できるかが収益に大きく影響する。岸田内閣はじめ各政党が賃上げを訴えるが、厳しい状況だ。
〇 「円安 ( 通貨安 ) 」でも、改善しない「交易条件」
世界的な素原材料や穀物価格高騰の下、日本の輸入価格は「円安」も加わり、穀物・エネルギー生産国である米国と比べ、大幅な価格上昇に見舞われていることを眺めました。
一般的に、それぞれの国は必要なものを輸入し、それらを使って製品などを輸出するという経済活動を行っています。そこで、1単位の輸入量で何単位の輸出量が生み出せるのか、対外貿易での「稼ぐ力」、「交易条件」を用いて日米の状況を眺めてみましょう。
「交易条件」は、輸出価格を輸入価格で割ったものとして定義されます。図6は、図3でお示しした日米の輸入物価 ( 前年比、赤棒グラフ )、日米それぞれの輸出価格 ( 前年比、青棒グラフ )、そして「交易条件」 ( 前年比、黒線 ) で表示しています。
図6を眺めると、日米の輸出価格は昨年春先以降米国の前年比が日本より若干高めに推移してきたが、直近4月では日本の前年比が17%台に上昇、米国とほぼ同水準となってきている。
他方、輸入物価は図3で眺めたように、米国の輸入物価が前年比で12、13%の上昇で推移する一方、日本の輸入物価は米国の3.7倍の大きな上昇を示している。「交易条件」の定義式で輸入物価は分母であるため、図6では逆符号で表示している。
この結果、米国の「交易条件」は2021年1月以降前年比でのプラス幅を拡大し、昨年8月前年比7.6%増を記録した。その後今年1月にかけてプラス幅は縮小傾向を示したが、2月以降再びプラス幅を拡大、4月時点では前年比6%まで上昇してきている。
対する日本の「交易条件」は、2021年3月に前年比マイナスに転じた。その後も下落を辿り、昨年11月にはマイナス30%を記録。米国とは真逆の推移である。
「交易条件」の悪化は日本の対外的な「稼ぐ力」の現象を意味し、日本から所得が海外に流出していることを示唆している。日本の「交易条件」は昨年11月を底にマイナス幅を縮小してきたが、直近4月は再びマイナス幅を大きく拡大している。
「通貨安 ( 円安 ) 」は「交易条件」の改善を促し、対外的な貿易収支拡大、景気拡大をもたらすとされる。しかし、「円安」にも関わらず、「交易条件」の改善は見られず、逆に大きく落ち込んだ。日銀の「円安」の判断はこれをどう受け止めているのか。
「通貨安」が「交易条件」の改善を促す姿は、「通貨安」で素原材料の輸入価格が高騰しても、それら素原材料を使って国内で付加する価値が厚く、大きければ、競争力を高めた輸出価格に通貨安が加わり、価格の面でより競争力が高まり、時間差はあるが「交易条件」は改善に向かう。
この論理が現状の日本に働いていないようだ。「通貨安」が「交易条件」の改善をもたらす時間が感染拡大で長くなっているのかもしれない。
ただ注意すべき点がある。日本は既に原材料を輸入し、国内で製造生産し、高い付加価値を持つ製品を世界に輸出する国ではない。日本は原材料に加え、製品輸入が高い国へと既に大きく変化してきている。製品輸入も半完成品から完成品へと構造変化してきている。意味するところは、国内での付加価値を加える範囲、厚みが少なくなってきている。
日本の製造業の付加価値比率が既に鈍化している姿は財務省「法人企業統計」で明かで、既に以前にレポートでご紹介している。極論すれば、日本の製造業が商社のように右のモノを左に移す、薄利のビジネス・モデルに移行したように感じられる。
このような状況に日本があり、「円安」で「交易条件」が改善していく動きにはならず、むしろ必要なのは「円高」と考える。
〇 日本の根本的な問題を露呈している物価上昇
今回のレポートでご覧頂いたのは、消費者段階での物価の動きを通して、日本のサービス部門の弱さを米国と比較しながら眺めて頂きました。IOT革命と叫ばれて久しいですが、新型コロナ対策においても、日本のデジタル情報化の決定的な遅れが、世界の流れの中で露呈しました。情報革命が全く進展していないことが、日米でのサービス価格の違いに表れています。
次に眺めて頂いたのは、素原材料など世界的な価格高騰は資源を持たない日本は大きなインフレ圧力を受けます。さらに、円安が追加的な物価上昇圧力を生み出しています。
このような状態で日本が得意としてきた加工・組立型産業に関わる輸入品が、円安で契約通貨建て以上の価格上昇に見舞われており、これは収益を圧迫する大きな要因です。
この状況を別の切り口、「交易条件」の推移から日本の「稼ぐ力」を眺めました。円安が「交易条件」の改善、すなわち「稼ぐ力」を生み出さないのは、日本国内での付加価値の薄さ、少なさが背景にあります。IOT革命を進展させる役割を担うサービス分野と製造分野の低迷が浮かび上がります。
以前何度もお示ししましたが、総需要の構造変化から眺めると、民間最終消費支出の構成比が2014年以降低下基調を明確にしています。日本経済自体が先進国型から途上国型ではなく、老大国型へと突き進んでいる姿です。
長引く円安の根底には、日本経済の構造変化が横たわってきているのかもしれません。