『世界を配給する人びと 遠いところの声を聴く』
なぜ人は旅に出るのかーー。日々決まった生活のルーティーンを繰り返していると、自分はこのままで良いのかと不安になる。旅がしたい。せめて心だけでも。
本は心を旅に誘う。本を通じて著者の旅を追体験することで、少しだけ人生が豊かになる気がする。また、本の先には、「この人に会いたい」「あそこに行ってみたい」という希望が生まれ、リアルな世界に彩りを与えてくれることもある。
本を読んでいると、著者との対話がはじまる。「どうして人は旅に出るのか」「なぜ作品をつくるのか」「なぜわざわざそんな遠いところへ行くのか。」そして、他者の視点を通じて、自分がどう生きたいのかを問いかける作業を、気付いたら繰り返している。
本書『世界を配給する人びと』は、著者のアーヤ藍さんが、世界を舞台に活躍する5人にインタビューをして編んだものである。5人のフィールドは、シリア・マーシャル諸島・マダガスカル・ウガンダ・グリーンランドと、日本から物理的にも心理的にも遠く離れている国々だ。
そんな遠くの国々に、読書を通じて旅をする至福の時間を過ごすことができるのは本書の醍醐味のひとつである。
アーヤさんは5人を「世界を配給する人」と称している。
「配給」とは、聞いて、伝えること。何を現地で受け取って、どう伝えようか。一人ひとりのストーリーが色濃く、それだけでも読み応えがあるのだが、さらに深く掘っていくと、5人に共通して流れるものが見えてくる。それを感じ取りながら、読み進めるため、片手間では読めないような重厚感があった。
たとえば、第2章で登場する大川史織さんは、マーシャル諸島共和国を舞台とした映画『タリナイ』を製作した。なぜ映画を作ったのかを問われると、マーシャル諸島共和国について、人と語り合いたかったからと答えている。マーシャル諸島は、日本が統治していた歴史もあり、加害者と被害者という関係や、大砲など戦争が残したモノで遊ぶ子どもたちなど、何とも言えない複雑さを含む国だ。時間軸や歴史軸など、まるごと残して伝えるために、映画という手段を選んだ。
簡単に主観でジャッジしない。考えるきっかけを提供する。5人が大切にしている、国へのスタンスみたいなものが、共通して読み取ることができた。
私はアーヤさんとはノンフィクション紹介サイトHONZで知り合った。まだ会って間もない頃は、いつも一歩引いたところから、笑顔で見守っている印象があった。あまり自己主張をしない人で、人を見た目で判断しない。外に心が開いていて、落ち着いているとも違う、なんとも不思議な雰囲気を持つ人であった。内向きで人の目を気にしいの私は、そんなアーヤさんを羨ましく思ってもいた。
昨年、アーヤさんが滞在する石垣島に遊びに行った。はじめて二人きりで過ごす時を前にして、私は自分の通俗的な性格を見られるのが、少し恥ずかしかった。でも、いざ話してみると、居心地がよくて、楽しく穏やかに過ごすことができた。アーヤさんの包容力は、人生で多様な価値観に触れてきた人が持つ特有の混じり気のないもので、ほんとうにキラキラしていた。
そんなアーヤさんが、大切に思っている価値観を、大切な人びと共にひとつの作品に落とし込んだ本書は、宝物のように鮮やかでキラキラしている。また、本づくりの過程もとても丁寧だ。企画のきっかけとなったみずき書林の岡田林太郎さんとのエピソードや、春眠舎という二人だけの小さな出版社から出版するに至った背景など、ものづくりという視点からも学ぶことがある。
自分はどんなふうに生きたいのかーー。琴線に触れるような体験をしたあとは、この問いがいつも生まれる。大切な、大切な問いである。ぜひ、本書を通じてゆっくり味わってほしい。
春眠舎を営む大川史織さんの著書。戦争を知らない私たちが、どのように戦争と向き合っていくのか、考えるきっかけをくれる2冊です。
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