はじまりのあの子 シロクマ迷走記9
はじまりは心臓疾患があり、
運動制限のある女子高生だった。
私は大学を卒業したばかりで、力も経験もなく
希望ばかり膨らんでいた体育の非常勤講師だった。
実際の教育現場のことをほとんどわからないまま、
複数の学校を掛け持ちして働いていて、
元気だけが取り柄の危なっかしさ全開の
若者だった。
勤務校の中には母校もあり、
知っていることと知らないことの
境界線も怪しかった。
その子は高校3年生だった。
慣れた感じで
「ずっと見学しています。
見学ノートをつけることで
評価してもらっています。」と
私に説明してくれた。
そういう子がいると聞いた気もする。
説明する立場が逆な気がしたが、
反論することもないので、
「わかった」と言って授業は始まった。
大人しく体育館の隅に1人で座り、
制服のまま皆のやっていることを記録し、
感想をノートに書いて提出していた。
ほんの一言、返事を書いて次回渡す。
彼女の体育の授業はその繰り返しだった。
夏のある日。
見学ノートに
「暑くなってきました。
アイスが食べたい陽気です。」
とあった。
「ほんとね。
私はジャイアントコーンが好きです。」
なんとなくそんな事書いちゃってもいいか
と思って書く。
次回のノートには
「私もです。パピコも好きです。」
そこから、だんだん授業以外のことを書く事が
お互い増えていった。
木枯しの季節になった。
みんなは卓球をしていて、
彼女の目がウズウズしているように見えた。
「やりたい?」と聞くと、
やったことがないという。
「床でちょっとラリーしてみる?」
制服のままラケットを持ち、
床に座ったままラリーをしてみた。
ものの数分。
彼女の頬が赤くなっている。
「もうやめとこうか?」「はい。」
それから時々、
床卓球をその子と楽しむようになった。
ある日、彼女が学校を休んだ。
理由を担任の先生に聞くと発作が出たらしい。
すっかり忘れていたが、そうだった。
重い持病があったんだった。
体育はほとんど休まなかったが、
体育のない日は欠席も割とあったらしい。
そういえば返事を書き忘れていた。
見学ノートを開く。
見たこともないくらい
びっしりと思いが綴られていた。
そこにはこうあった。
「私は生まれつき重い心臓病で、
小さい頃から何度も何度も手術してきました。
今もいつでも毎日発作に怯えて生活しています。
運動も楽しいことも
全部我慢して生きてきました。
生きるためだし、
親にこれ以上迷惑かけられません。
でも先生と卓球した時、
私は心臓のことを忘れていました。
初めて夢中になれました。
先生、
運動の楽しさを教えてくれてありがとう。」
たしか、こんな感じだった。
嬉しさと同時に私は冷や汗をかいた。
私、よくわからずに彼女を危険に晒していたのか。
結果オーライなのか、
彼女は無事に卒業していった。
卒業のときに、
ポストカードをくれたことを思い出した。
捨てた記憶はない。
あるとしたら、「先生の思い出ボックス」
(生徒からもらった手紙や
卒業アルバムのはいった箱)の中。
あった。
白い子犬が眩しそうに目をつぶって
草原にいる写真のカード。
「私の一番好きなカードなんです。」と
言っていたような。
彼女の笑顔を思い出した。
それから20年以上たって、
私はこの春母校に帰ってきた。
いろいろなことが重なり、
前半戦は休んでしまった。
いま職場復帰しても、
あの頃のように「生き生き」とは程遠い
色々な思いを抱えたまま、働いている。
教師になりたかった高校時代も、
夢が叶いかけた非常勤講師時代も、
現実を痛すぎるほど知ってしまった中堅教師時代も
同じこの場所で過ごしている。
色々な想いが交錯する。
あの頃の未来に僕らは立っているのかな
すべてが思うほどうまくはいかないみたいだ
このままどこまでも日々は続いていくのかな
夜空ノムコウにはもう明日が待っている
SMAPの「夜空ノムコウ」を口ずさむ。
いまここにいてわかったことは、
はじまりはあの子だった。
たくさん優秀な子や頑張る子
仲良く話をした子や目立つ子はいたはずだけど、
一番覚えているのはあの子だった。
(部活の子は別ね)
名前は忘れてしまったけど、
うつむきながら笑った顔や
足を引きずるように歩く後ろ姿はよく覚えている。
私の弱い子や悪い子が気になるスタートは
あの子だ。
私にはそんな生徒が必要みたいだ。
早く「私の生徒」に会いたい。
思い出すと泣きそうになる。
彼女が元気でいるといいなと
遠い空を見上げた。