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ふたつのハブラシ
新宿から黄色の電車に乗って約40分。
そこからバスに揺られ約10分。
坂の途中の八百屋が祖父母のお家。
白髪の祖母が店前で座り、子どものように手を振るわたし。
ようやく来たかきたかとマスクの下の笑顔がわたしにはすぐにわかる。
ちょうど夕方に着いたのでお店を閉める手伝い(というほどしてないが)をした。
店の外にでている野菜をしまう。野菜や果物ってこんなに重たかったんだ。一日のほんの一瞬の手伝いだけなのにほぼ年中無休の青果店の祖母はやってたのだ。
20時頃、仕入れを終えた祖父がバンに乗って帰ってくるのを祖母と外で待った。
坂の途中の青果店。下から自転車に乗った人が息を切らしながら通過していく。お母さん、お父さん、学生さん、みんなお疲れ様です。
「お父さん、帰ってきた!」と祖母の声でバンをみる。
少し細くなった祖父がいた。
82歳には見えない頭のキレ、誰に対しても優しい低姿勢な祖父。
祖父母の前では疲れたなんて半端なこと言えない。
夕飯は近所のお肉屋さんの豚のしょうが焼き。
親戚が送ってくれたという新米。
幸せを噛み締めすぎて火傷をした。
ふと机を見るとピンクとムラサキのハブラシが置いてあった。
「おばあちゃんもおじいちゃんもあんたが来るって聞いてそれぞれハブラシ買っちゃったんだよ〜」
祖父は祖母のを使えといい、祖母は祖父のを使えという。
悩み続けるわたしに「どっちでも好きなの使え!」と祖父が言った。
それを聞いただけで胸がきゅゥとなった。
孫がくるからハブラシが必要だ!買っとこう!となる気持ちに有難いなぁと思った。
孫なんだから可愛いもんだよと言われるけど、わたしには帰れる場所があって待っててくれる人がいてハブラシを買っておいてくれる祖父母と同じ時代を過ごせてる。
それは当たり前のようでなかなかない事だと思ってる。
結局、祖母が買ったピンク色のハブラシを使った。
やわらかめだから歯茎がくすぐったかった。
また年内に帰る時に使うハブラシが手元にある。
ムラサキ色の祖父が買ってくれたハブラシだ。
今度はこれを持って祖父母に会いに行こう。
でも、また新しいハブラシが買ってあったりして。