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「…そんなことない。君だからこそ出来ることがあるんだよ」

「自分の価値が分からなくなったことはありますか?」

ずいぶん前の話ですが。5年前に書いた、10年以上前のお話になります。

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ごく普通の家に次男として生まれ、ごく普通に育った。

ごく普通というより、むしろ、何でもやりたいことをさせてくれる家だったのだろう。

「ピアノを習いたい」と言えばやらせてくれる。

「お寿司が食べたい」と言えば、回転寿司とはいえ、ちゃんと連れて行ってくれる。

2つ上の兄を、良きライバルとして一方的に追いかけていた。

父親も、「今日もがんばっているな。お兄ちゃんを追い抜けちゃうかもな」と、いつも激励の言葉をくれていた。

また、兄の影響もあり、小学5年生のとき、塾に通いだした。

何に対しても好奇心旺盛で、勉強に対しても積極的。トップとはいえないが、常に一番上のクラスではあった。兄が達成できなかった私立中学合格を目標に勉強に励んでいた。

そして、中高一貫の、私立中学に合格。

公立中学の勉強で苦戦し父親に怒られる兄の姿を横目にしつつも、順調に複数校の中学受験を合格という形で終えることができた。

中学に入っても、その好奇心旺盛な性格は変わることなく、有意義な日常を送っていた。

しかし、そのまま順調に物事が進むわけではなかった。

中学1年の夏休み、徐々に家庭の環境が変わりつつあった。

母親が家に帰ってこない。

父親はそのことに対して何も言わない。

そして、夏休みも終わるころからリビングでは物を投げあう音が聞こえ始めた。

実際に、何回かその様子を目の当たりにすることもあった。

その時、この先に何があるのか、おおよそ予想はついていたのだろう。

それもあってか、両親のそのやりとりに何も口出しはしていなかった。

10月に入ってまもなく、両親にあることを告げられる。

そこで告げられたものは、予想できた事実と、予想のできなかった事実の2つであった。

「離婚するよ。だから、どっちについていく?」

そして、その言葉のあと母親は、

「お兄ちゃんはね、本当はお兄ちゃんではないんだ」

母親は共通だが、父親が違う。

その事実を聞いてもちろんショックは隠せなかった。

それと同時に、父親が兄に優しさを見せない理由も理解できた。

血がつながってない子に、真の優しさを出すことができていなかったのだ。

そして、その事実は兄は既に知っていた。

一人だけその事実を隠されていた。

いままで見てきた「家族」は、見せかけの家族だったのだ、

そう感じた瞬間、家族の誰も信じることはできなくなった。

母親と兄は結局家を出て行くことになった。

父親との2人だけの生活がはじまる。

はじめは順調に思えたが、信頼できない父親との生活には限界があり、

次第に親子としての会話は減っていった。

父親からは母親の悪口を、たまにかかってくる母親からの電話では父親の悪口を言われ、

何が正しくて誰が正義なのか、さらに混乱が加速していった。

父親とは話さない生活が続く。

朝4時に起き、父親が起きる前に学校へ向かう。夜は父親が帰ってくると同時に部屋に逃げていた。

もちろんその行動を父親が許すことなく、唯一の会話は父親からの人格否定だった。

中学2年。部活へ行かなくなる。

中学3年。いじめの対象となる。

高校1年。家に帰らない日が増える。

高校2年生の秋。

とうとう人生を終わらせようと思った。

「何で自分だけこんなに苦労して生きていかなければいけないんだ」

「誰も自分のことなんて分かってくれるわけない」

「こんな最低な思考の人間なんて、生きている価値なんてない」

道路に寝転がりながら、そんなことを考えていた。

誰も信じることが出来ない。

信じても一瞬で裏切られる。

誰と話していても、誰と付き合っていても孤独。

友達だと思っていたクラスメイトからの裏切りを避け、表面上の付き合いになった。

からかう先生を見て、本気で嫌悪感を抱いていた。

その一方、崩れていく心に、耐え切ることができなくなっていった。

存在価値を見失っていた。

効率の良い死に方を考える余裕などなく、ただひたすらに車が来るのを待っていた。

何分経っただろうか。

車が来るより先に、今までとまったく逆の思考が頭をよぎった。

「…これまで経験してきたことを、このまま無駄にしていいのかな」

出来ることなら捨てたい記憶。

出来ることなら逃げたい現実。

しかし、その記憶と現実に価値を見出そうとした。

「”自分の価値を見失った経験”が自分の価値なのかも」

そんな発想が、これからの人生の使命を作り上げた。

道路から立ち上がり、小さくつぶやいた。

「これまで経験してきたことをまわりに伝え、似たような経験した人の少しでも力になりたい」

どこから生まれた感情だったのか分からないが、何回も声に出してその瞬間に感じたことを忘れないようにした。

今の心境から立ち直ることが出来たら、これまで経験してきたことをしっかり伝えていこう。それが自分の価値だ。

本当に小さな発見だったかもしれない。

本当に価値があるのかは分からない。

ただ、生きようと決意するには十分な価値の発見だった。

それから1年、クラスメイトと真剣に向き合おうという挑戦がはじまった。

不器用なりに、過去のことを語り、人の話を真剣に聞いた。

友達という存在に再び向き合い、徐々に昔の表情を取り戻していった。

人と話す楽しさ、そして人それぞれが持つ悩みの存在に気づいた。

自身を信じること、そして人を信じることに挑み続けた。

そして、大学へ進学。

父親とも和解し、進学への協力もしてくれた。

充実した大学生活を歩み始め、

大学2年になったある日。

偶然出会った高校生から、ある一言を言われる。

「誰も信じることが出来ない。自分の生きている価値が分からない」

「…そんなことない。君だからこそ出来ることがあるんだよ」

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この先の高校生が何を感じどんな行動をし今どんな人生を歩んでいるかは知りません。

「今日、あんたと話せてよかった」という一言までしか、この高校生のことはわかりません。

価値のない人はいません。

あなたが経験してきたことが、一生無くなる事のないあなたの価値です。

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