
実業家が愛した美術十選⑤ 曜変天目茶碗
蒐集家は美術商泣かせである。その泣かせ方には2種類あるという。
一つは辛気くさい蒐集家である。逸品は欲しいが独りで決める勇気はない。他の人に話を聞き、また別人に鑑別してもらう。美術商は辛気くささと骨折りで泣かされる。富豪の十中八九はこの部類に属するそうだ。
もう一つは希少なケースである。一見してこれだと判断すれば、何も言わず即座に買い取るのを常にする蒐集家である。あまりの気っ風のよさに、美術商は思わず嬉し泣きをしてしまう。

国宝、藤田美術館蔵
出典:Wikimedia Commons
藤田財閥を一代で作り上げた藤田伝三郎はまさに希少なケース、古美術商を嬉し泣きさせる後者の典型だった。
「世の中には人柄がよくて、親切で温厚で確かな人がたまにいるものだ。そういう人にお金を持たせたのが藤田伝三郎さんだった」と語ったのは、外国に日本美術を売りに売った山中商会の山中定次郎である。
残念ながらここに示した曜変天目茶碗は藤田伝三郎が購入したのではなく、長男平太郎が入手したものだ。仮に宇宙空間を垣間見るようなこの不可思議な文様を伝三郎が目にしていたら、即座に言い値で買い取って、美術商を大いに嬉し泣きさせたに違いない。
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実業家が愛した美術十選① 孔雀明王像
実業家が愛した美術十選② 十一面観音像
実業家が愛した美術十選③ 源氏物語絵巻
実業家が愛した美術十選④ 寒山拾得図
実業家が愛した美術十選⑥ 花白河蒔絵硯箱
実業家が愛した美術十選⑦ 普賢菩薩騎象像
実業家が愛した美術十選⑧ ゴッホ「アルルの寝室」
実業家が愛した美術十選⑨ 歌川広重「阿波鳴門之風景」
実業家が愛した美術十選⑩ 黒田清輝「針仕事」
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本稿に登場した藤田伝三郎、山中定次郎や「曜変天目茶碗」にまつわるエピソードなどについては拙著『幻の五大美術館と明治の実業家たち』をご覧ください。
