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マズロー心理学 欲求階層論の誤解と真実③ 欲求階層論、その四つの主張

マズローが提唱した欲求階層論には、大きく四つの論点があります。第1に人がもつ五つの基本的な欲求は個人差が少ない、つまり一定して存在するという点です。

第2に、人がもつ基本的な欲求が、相対的な優先度を基準に階層を構成しているという点です。

第3に、優先順に並んだ欲求において、人は低次の欲求を満たすと、より高次の欲求が現れるという点です。なお、5番目に位置する自己実現の欲求は永遠に追求する種類のものです。そのため私たちから欲求すなわち動機が消失することはありません。

それから第4に、欲求の階層と健康度には相関関係があるという点です。

この四つの論点のうち、第2と第3の論点をビジュアルで表現したものが、5層に分けたピラミッドの各階層に五つの欲求を対応させた、あの著名な図です。その一例を示しましょう(図1)。

図1:欲求の階層

階層の一番下が生理的欲求、最上階が自己実現の欲求です。一般的な組織はピラミッド状の人事構造をもっています。よく見るこの図では、人事構造と同様に上層部にいくほど重要度が高まるということを無言のうちに表現したいがために、欲求の階層をピラミッド状で表現したのでしょう。

なおマズローは論文「人間の動機づけに関する理論」で、基本的な欲求は「五つ」あるという点をそれほど強調していません。また「五つの欲求」という表現はありますが、「5段階欲求」という語も用いていません。またマズローはこの語を他の著作でも使用していません。

加えて、俗にいう「マズローの5段階欲求」とセットで出てくる5層に分けたピラミッド図も、論文「人間の動機づけに関する理論」には載っていません。他の著作にもありません。以上から、「マズローの5段階欲求」や5層に分けたピラミッド図は、マズローとは異なる後世の人が作ったものだということがわかります。

ちなみに、マズローの欲求階層論は、心理学よりもむしろ経営学を通じて一般に広まりました。1960年にアメリカの経営学者ダグラス・マグレガー(Douglas McGregor/1906-1964)が出版した著作『企業の人間的側面』がその契機になっています。

マグレガーはこの著作の中で、経営管理者が従業員を管理する手法としてX理論とY理論を提唱しました。マグレガーはこの理論の基礎にマズローの欲求階層論を用いました。X理論とY理論は、折からのマネジメント・ブームの影響もあり、経営管理の基礎理論として流布します。

その結果、心理学関係以外の人でも、マズローとその欲求階層論を知るようになります。

ただし、マクレガーも「マズローの5段階欲求」という言葉は用いていません。また彼の著作も、5層に分けたピラミッド図を掲載していません。いまや誰がこれらを用い始めたのかは謎です。

ただし、「マズローの5段階欲求」という言葉は、マズローの考えを表現するのに適切とはいえません。それはのちにマズローが、自己実現の欲求を二つのレベルに分けるからです(この点についてはのちに詳しく説明します)。したがって、もしマズローの欲求階層論を段階づけするならば、「5段階」ではなく「6段階」にすべきです。

現在でもあちこちのウェブページで「マズローの5段階欲求」について5段階を強調して説明しているものがたくさんあります。おそらく原典などまったく目を通さず、孫引きの資料をさらに孫引きして作成した、かなりいい加減なウェブペーシなのでしょう。

ですから、少なくともいまだに「マズローの5段階欲求」というページがあれば疑ってかかるのが得策です。

続く

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この記事で紹介した内容は、拙著『マズロー心理学入門』(FLoW epublication)でより詳しく解説しています。マズロー心理学ついてもっと詳しく知りたいという方は是非ともご一読ください。

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