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1/4 一期一会の人生|緒方 理恵子(日本語教室「楽しい♪日本語クラブ」)

きっかけは恋に落ちた

その時、、、、、、ファンファーレの音が鳴った。
高らかに鳴った。
確かに私の心の中で。

何気なく見ていた市政だより。その目の先にある募集欄内容。
「日本語で教える日本語ボランティア」その活字が目に飛び込んできた。
今でも、その瞬間の情景を鮮やかに思い起こすことが出来る。
正しく私がやりたかったのは「コレだ!」と、ときめき爆発。
なぜときめいたのかなんて理由はいらない。
ときめいた。それが答えだから。
この熱いときめきは恋なのか?その文字に一目惚れ、恋に落ちた私。劇的な小説のストーリーのようなきらめくきっかけを話せれば良かったのだが。

ときめき爆発の気持ちが満載であっても、
待てよ待てよ。
その前に抽選に当たらなければならない。
応募動機をハガキの裏から表まで延々と切々と思いの丈を書き綴った。
まるで、愛しい人へ思いを打ち明けるかのようなラブレター。
その恋文の文言が功を奏したのか、当選した。
2倍の倍率だったのは開校式で知った。

一期一会の扉が、ノブに手をかけた瞬間スッと開く。
まるで私を待っていたかのように。
いろんな人たちと出会う。講師、スタッフボランティアの方々、
そして、老若男女の約100人の仲間たち。
志を同じくした人たちから“情熱”という芳しい匂いのエネルギーをもらう。
実はこの講座がスタートした9月に、私は新しい職に就いたばかりだった。
なぜ前職を退職したのかは、第2章に繋がって行く。

こうして振り返ってみると、私の人生は一本の大きな木だ。
大地に踏ん張る大きな木だ。
土の下の見えないところでは根がもがいている。
今、書きながら思いついた軽い考え。しかし、だんだんとそう思えてきた。
太陽の光を全身に受け、風のささやきに耳を傾け、雨のシャワーを浴び、
雪のワルツを眺める。その一本の木は自然の恩恵を受け、それらを栄養として成長する。
そして、いろんな枝があちこちに伸び、緑の葉っぱを身にまとう。
いずれその緑の葉っぱも色が茶に変わり、やがて地に落ちて行く。

私は確かにたくさんの恩恵を受けた。有り余るほどに。それは目に見えぬ肥料。私のいろんな経験はどこかで誰かと見えない赤い糸で繋がり、たくさんの枝を伸ばした。
一期一会という名前の緑の服もたくさん着た。生き生きする私。
まだまだ、茶の服はお呼びでないぞ。

あの当選のハガキを受け取った日から、慣れぬ仕事にプラスして仕事終了後の講座通いが、週に2回。ちょっぴりクタクタ。時には西市民センターでの開催もあり。18時45分開始時間に間に合わせるためには、夕食も取れない時もあった。しかし、それも苦にならなかったのはときめきが色褪せなかったからだ。色褪せるよりもどんどん濃くなったかもしれない。受講すればするほど、知らなかったことを知る喜びにあふれたから。

10年経った今でも忘れられない講座がある。
1回限りだったが、それは、中国人の先生から習った日本語だ。
外国語として難解な日本語を取得されたその王先生の講義は、耳と頭にとても優しいものだった。なるほど!と何度つぶやいたことか。
そして、不思議な感覚だった。
自分の人生にそんなことが起こりうる不思議。
外国人から日本語を習っている日本人の私。
でも、なぜか日本語の仕組みがスッスッと頭に入ってくるのだ。
貴重な経験。

それからそれから、今現在に至るまでどれくらいの人達と出会ったのだろう。いろんな人に出会い、いろんな人の考えに触れ、多角的な視点から物事を考えることができるようになった私の脳みそ。

その脳みそが「高島市長にぜひ伝えたい!」と叫んでいる。

『ときめき満載の講座を無料で受講させていただきまして、ありがとうございました。あの日のハガキ1枚から日本語ボランティアが始まり、お陰様で今の私が存在します。自分自身のスキルアップのために受けたいくつかの講座も無料でした。
心より感謝申し上げます。
日本語教えも丸10年が過ぎ、約1年前に独立し自分の日本語教室を持つまでになりました。私の教室のモットーは《人生は楽しい・日本語も楽しい》です。福岡市のいろんなイベントにも生徒たちと一緒に参加し、私はボランティアを通して生徒たちと一緒に人生を楽しんでいます。「福岡が大好き!」と言ってくれる生徒たちがとても可愛いです。ブラボー!!!』

次回は、私の日本語教えの根幹となるものは、何?
それは○○と、きっと○○○と、そしてアレかもしれない。

【次回】第2章:経験は心の財産(前編)(2/20公開予定)