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【相続】司法書士24年目の経験談 ~新人時代に最も印象に残った相続手続きの物語~
司法書士の飯島きよかです。
私は今年で司法書士として24年目を迎えます。この24年間、さまざまな相続手続きに関わり、その中には感動や学びが詰まった数多くの物語があります。今回は、その中でも特に印象深い、私が新人時代に経験した相続手続きについてお話しします。
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開業したばかりの挑戦
私が司法書士として独立したばかりの頃、スタッフもいない一人事務所を運営していました。
何もかもが初めての経験で、緊張と不安を抱えながら依頼者様と向き合っていた時期です。そんなある日、70代の女性から相続に関する相談をいただきました。
彼女は、数カ月前にご主人を亡くされたばかりでした。子どもはおらず、ご主人名義の自宅の名義を自身に変更したいというご依頼でした。
一見シンプルなように見えるこのケースですが、子どもがいない夫婦の場合には特有の複雑さが伴います。
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子どもがいない相続の特徴
相続手続きでは、子どもがいない場合、配偶者以外に故人の両親や兄弟姉妹も相続人になる可能性があります。
兄弟が相続人になるケースで、高齢の方の場合、既に兄弟が亡くなっていることも多く、その先の相続(代襲相続、数次相続)が発生するので、相続人の人数が多くなる傾向があります。
相続人を確定するだけでも、時間がかかります。
そして、名義変更をするためには、相続人全員の協力が必要なので、人数が増えると、協力を得るのが難しくなる可能性が高まります。
依頼者様には、配偶者のご兄弟が相続人になるという認識が無く、自分1人だけで、すぐに手続きが終わると思っていらしたので、このお話しをすると、とても驚いておられました。
ご主人は、小さい頃に養子に出されていたので、兄弟と交流は無く、兄弟がどこに住んでいるのかも、全く知らないと不安そうに話されました。
時間がかかるかもしれないですし、もし協力を得られない場合は、家庭裁判所の手続きをする必要があるとお伝えしたところ、「時間がかかってもいいので、手続きを進めたい」というご希望でした。
そこで、先ずは、相続手続きの1つ目の工程「相続人の確認」から始めることにしました。
相続手続きは、財産の大小に関わらず、どのような相続内容でも、同じ工程で進めていきます。
相続手続きの基本工程
相続手続きは、以下の4つの工程を順に進める必要があります。
相続人の確認
相続財産の確認
遺産分割協議
名義変更(所有権移転登記)
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戸籍調査と相続人の特定
まずは1つ目の工程である「相続人の確認」に取り掛かりました。相続人の確認方法は、亡くなった方(=被相続人)が「生まれた」という記載がある戸籍から、「亡くなった」という記載がある戸籍を全て取得していきます。
「生まれた」という記載は、被相続人の親の戸籍に載っているので、被相続人の父親の戸籍を取得します。
結婚すると、新たな戸籍が作成されるので、その戸籍も必要です。
子どもがいない相続の場合、両親や兄弟が相続人になるので、その方々の戸籍も必要です。
戸籍をさかのぼり、ご主人の養子縁組の経緯を含めた詳細な調査を実施しました。
その結果、相続人が10名いることが判明しました。これらはすべてご主人の兄弟姉妹でした。
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相続財産の確認
次に2つ目の工程「相続財産の確認」に進みました。このケースでは、自宅の不動産が唯一の財産であることが確認されました。
ここまでは順調に進みましたが、問題は3つ目の工程「遺産分割協議」でした。
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遺産分割協議
遺産分割協議とは、相続財産について、相続人全員で、「誰が何を相続するか」話をします。必ず、相続人全員で行う必要があります。
必ずしも法定相続分で相続する必要はなく、どんな割合で相続するかは、相続人全員で自由に決めることができます。(誰か1人が、全て相続するという内容でもOKです)
一般的な相続の仕方は、以下のとおりです。
不動産=単独で相続するor複数人で相続する(共有)
換価分割、代償分割預貯金=金額で相続するor割合で相続する
株式=銘柄を引き継ぐor利益を確定させて、金額で相続又は割合で相続する
ここで、不動産の分割方法「換価分割」と「代償分割」について解説します。
「換価分割」とは不動産を売却して、売却した金額を、相続人で分配する分割方法です。不動産の売却と相続手続きを同時に進めていきます。
換価分割を選択する場合は、遺産分割協議の中に、「換価分割をする」と記載します。
「代償分割」とは、相続人の1人が不動産を相続する代わりに、他の相続人に金銭を払うという分割方法です。
相続財産が不動産しかないとか、不動産の評価が高すぎて、分割できない場合に有効な手段となります。こちらは、例を元にお話ししますね。
相続財産
相続人~兄弟2名
不動産~評価額1000万円(兄が親と同居していた)
預貯金~200万円
この場合、法定相続分は2分の1ずつなので1200万円÷2で600万円となります。
兄が、このまま自宅に住み続けたい場合、弟は預貯金を相続し、兄は不動産を相続し、弟に400万円を現金で支払うことで、2分の1ずつ相続したのと同じ状況を作ることができます。
兄
1,000万円相続し、弟に400万円支払う
⇒1,000万円-400万円=600万円弟
預貯金200万円相続し、兄から400万円
⇒200万円+400万円=600万円
つまり、代償分割とは、兄が弟の相続分を買い取る方法です。
今回のケースは、相続財産が不動産のみ(自宅)で、奥様がそのまま住み続けることを希望されていました。
法定相続分どおりでの遺産分割だと代償分割になってしまいます。
奥様としては、自分が不動産を相続し、他の相続人が相続しないという内容で協力してもらいたいという事だったので、先ずは、その内容で協力を依頼することにしました。
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相続人全員へのアプローチ
交流のない相続人と遺産分割協議を行う場合、どのように相続人に連絡を取ればいいか、毎回、判断が難しいところです。
一言で「交流がない」と言っても、
①存在は認識しているが、交流が無い(連絡先は分かるor連絡手段がある)
②存在は認識しているが、連絡先が分からない
③そもそも存在すら認識していない
とさまざまなケースがあります。
例えば、①のケースの場合、特定の親族に仲介をお願いする方法を取ることもあります。
今回は、③のケースなので、仲介をお願いできる親族もいません。
その場合は、相続人全員に対して、次の方法で対応します。
1.法的な説明を記載した文書を作成
2.依頼者様の気持ちを綴った手紙を添える
これらを相続人全員に郵送し、協力をお願いするという方法です。
この手紙には、相続の現状や財産の内容、名義変更の必要性について詳細に記載しました。
また、依頼者様にはご自身の気持ちを率直に書いていただきました。
「なぜ名義を変更したいのか」「どのような不安を抱えているのか」といった思いを真摯に記載していただき、それを相続人の方々に伝えました。
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心温まる返事
しばらくして、一人の相続人から返事が届きました。その方は兄弟姉妹の長女で、兄弟をまとめる役割を担っている方でした。
手紙には、「兄弟が養子に出されていたことを知らず、これまで気遣いが足りなかった」との謝罪とともに、「協力を惜しむつもりはありません。困ったことがあればぜひ相談してください」との心温まる言葉が記されていました。
この返信を読んだ依頼者様は涙ぐみながら、「自分の思いを正直に伝えて良かった」と話されました。
その後、長女の方の協力を得て、他の相続人とも連絡を取り合い、最終的に遺産分割協議書を完成させました。
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名義変更
兄弟全員から署名と実印をいただき、印鑑証明書もそろったので、法務局に、所有権移転登記を申請しました。
登記申請して、約1週間で登記が完了し、不動産の名義を夫から妻に変更することができました。
以上、私が、「疎遠な相続人がいる相続手続き」を始めて手掛けたケースをご紹介しました。
長女からのお手紙に、依頼者様と一緒に涙したことを覚えています。
この手続きを通じて、相続手続きは、単なる法律的な作業ではなく、人と人とのつながりにあることを強く実感しました。
今回は、兄弟全員が協力していただけたので、スムーズに進みましたが、協力していただけないケースも多々あります。
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相続人の協力が得られない場合
相続手続きでは、すべての相続人が協力してくれるとは限りません。
今回のケースでは幸運にも相続人全員の協力を得ることができましたが、これまでの経験から、協力が得られなかった場合の対応についてもお話ししたいと思います。
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1. 相続人の協力が得られず、遺産分割協議ができない
遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。
しかし、相続人の中に協力を拒む方や連絡が取れない方がいると、協議そのものが成立しない状況に陥ることがあります。
たとえば以下のようなケースがあります。
感情的な理由
過去に、被相続人との間にトラブルがあった場合や、相続人間でトラブルがあった場合は、遺産分割協議に協力してもらえないケースがあります。
特に、異父兄弟、異母兄弟の相続手続きの場合は、小さい頃に親と離れたケースが多いので、複雑な感情を抱いておられるケースが多い印象です。関心が無い相続人
「面倒くさい」「関わりたくない」という理由で、協力してもらえないケースがあります。
特に、「印鑑証明書を提出する」というのが、ハードルが高いようです。
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2. 家庭裁判所での手続き
相続人の協力が得られない場合、最終的には家庭裁判所で、以下の手続きを行っていきます。
遺産分割調停
家庭裁判所の調停委員が、中立の立場で、当事者双方から事情を聴いて、解決案を提示したり、解決のために必要な助言をし、合意を目指し話合いが進められます。
ただし、全員が合意しなければ調停は成立しません。遺産分割審判
調停が不成立となった場合、裁判官が遺産分割の内容を決定する審判に進みます。
この審判では、裁判官が相続財産の分割方法を決定します。
審判では、法定相続分で相続させる内容になることが一般的です。
まとめ
24年間、相続手続きをお手伝いしてきましたが、不思議なことに、相続手続きがスムーズに進むかどうかは、相続財産の額と、ほとんど関係ありません。
相続財産が少額な場合でも、揉めてしまうこともあります。
最終的には、家庭裁判所の手続きをすれば、手続きはできますが、当事者の方の心理的負担は大きくなってしまいます。
「疎遠な相続人がいるケース」の相談をお受けする度に、遺言書の重要性を痛感します。
遺言書があれば、相続手続きが大幅に簡略化されるだけでなく、相続人間のトラブルを未然に防ぐことができます。
特に子どもがいない場合、被相続人のご兄弟が相続人になりますので、配偶者は、その兄弟の方と遺産分割協議をしなければなりません。
配偶者の死亡で、ただでさえ心理的な負担が大きいのに、財産の話し合いをするのは、本当に大変です。
遺言書を書くことで配偶者の負担を減らすことができますので、子どものいないご夫婦は、遺言書の作成を検討なさってください。
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