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ヤイリのギターを買っちゃう私  もりたからす

小ぶりのギターが欲しいけど、予算の目処は立っていない。そんな人間が決して訪ねてはならない街がある。御茶ノ水だ。

大体、立地からしておかしい。

「日本最大規模の電器・アニメ街と古書店街に挟まれた土地に、日本最大級の楽器店街が存在する。中央・総武線と丸ノ内線が通っているのでアクセスも抜群」

こんな都合の良い話があってたまるか。地方生まれとして、かような便宜性及び文化の充実をおいそれと認めるわけにはいかない。

初めて御茶ノ水を訪ねたのは高3の冬。明治大学を受験しあっさり落ちた。以後、どうも私は御茶ノ水に屈折した感情を抱き続けている。

通りを歩くと、あちこちに楽器屋があり、アコースティックギターがずらり並んでいるのが見える。

ちょっと良い木材なんて、それだけで結構嬉しいのに、その上ギターは弾くと鳴るのである。

気が付くと私は入店し、壁面をじっくり眺めていた。

試奏を希望すると、店員がギターを取り、さっとチューニングを済ませてくれる。

御茶ノ水の老舗ギターショップのベテラン店員は、電子チューナーなど使わない。音叉の正しい「ラ」にも頼らず、自分の耳でさっと音を合わせる。

どうぞ、と渡されたそれを、じゃらん、と鳴らす。

この日、私には絶対音感を持つ同行者がいて、彼は「すげえ、ぴったり合ってるわ」とその調弦を褒めた。

私は知ってるコードをじゃかじゃか並べる。アコギ売り場にいる3人の内で私だけが、その和音を正確に把握できていない、という事実を噛みしめながら。

その時買っちまったのが画像のギター。K.ヤイリのノクターン。



ご覧の通り、サウンドホールの配置がとにかく魅力的。鳥に例えるならもちろんヤマシギだ。あるべき場所から外れた黒の、不安定さがそのまま美しさになっている。

よりにもよって、直前に購入を見送った万年筆とほぼ同額だったことが購入の決め手になってしまった。

以来、最も使用頻度の高いギターになっている。軽やかであることは本当に重宝だ。

ところで、今回の「楽器屋で試奏してたら自分以外の全員が絶対音感持ち」は私の人生でも屈指のいたたまれなさを誇る。

ちなみにいたたまれなさダントツ1位は「高校受験で父の母校に落ち、結果を報告したら父に無言で電話を切られる」だ。

この文章内だけで2回も受験に失敗していてとてもつらい。


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