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花火 乳がん手術当日の朝の詩「魔女になる日 さよならおっぱい」1

看護師がくれた一錠の眠剤を舌にのせ横になると
眠りの際で病室の闇に花火が打ちあがった
祖母と見ていた隅田川の花火
病室のドアの外に子どもたちの声が集まる
夏の浴衣を着た子どもたちがドアを開けて入ってくる
祖母といたマンションの屋上に風が吹き
私は眠りに落ちていった
 
白い錠剤が私の海の底に落ちていった
無意識の海から打ちあがるのが花火なら
私のドアを開けて子どもたちが集まってくるのなら
そう悪い人生ではないのだろう
 
今朝、私は無防備なやわらかな皮膚になって
青みがかった白い手術着を羽織る
節と皺が刻まれた樹木のような手
長いことこの体で生きて 働き 育て 闘ってきた
いつのまにか時に重力がかかり 
私も恋人も友達も 少し老いて 顔を見合わせて笑った
互い 背負ってしまった荷物を 笑った
疲れたね 
 
今日の私は 外すものは眼鏡だけだ
もう なにもない
右の乳房が私の代わりに抱えてくれた痛みを
医師がスッと取り除いてくれるだろう
創はおそらく 長く生きて働いてきた私の証で
働いて 甲斐もなく傷ついて 軽んじられ
それでも少し遠くに 私の背中を支える人たちがいて 
生きてきた創
 
子どもらは新しい樹木
ひと夏で伸びる夏草
私の夢に新しく芽吹く 

2024年10月28日 8時半 9時から手術


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