変な牛の話
牧場には色んな牛がいる。
みんな白黒の同じ牛に見えるけど、性格があって個性がある。
たまに変なヤツもいる。
昔いた牛で、放牧地から帰って来ない牛がいた。
放牧地に出した牛は、搾乳の時間になると牛舎の中に戻って、ご飯を食べる。
もちろん放牧地でも草を食べているんだけど、搾乳前にはトウモロコシの葉っぱや茎や実を砕いてサイロに詰めて、発酵させたサイレージというご飯を食べる。
牛達はこのサイレージが大好きで、いつも搾乳の時間が近づいてくると牛舎の前で待っていた。
扉を開けると、次々に牛舎の中へ入ってくる。
いつも最後に1頭だけ、放牧地にポツンと立っている牛がいた。
草を食べるでもなく、ただ立っていた。
おかしいなと思い、牛舎の中まで引っ張ってくるのだけど、なかなか歩かない。
そんなに放牧地が良いのかと思ったけど、今度は外へ出す時、なかなか外へ出ていかない。
何かおかしい。
ご飯は食べている。
お乳も良く出してくれる。
水も飲む。反芻もしてる。
健康そのものだ。
脚が痛いのかもしれない。
とうとう、獣医さんを呼んだ。
「うちの牛、おかしいんです。」
獣医さんは脚を診てくれたけど、異常はなかった。
蹄の裏も診たし、関節も腫れてないし・・・。
「う~ん。」
すると獣医さん、懐中電灯を取り出した。
そして、牛の顔をピカっと懐中電灯で照らした。
「・・・あのう、何してるんですか?」
尋ねると、
「分かりました!」
「この牛、目が見えないんです!」
ええ!?
思いもしない診断だった。
獣医さんは牛の目に光を当てて、瞳孔の動きを診ていたらしい。
いつ失明したか、分からないけど、歩かなかったのは真っ暗で何も見えていなかったから、歩けなかったんだ。
もしかしたら、目が見えないのは産まれた時からだったのかもしれない。
周りの音を聞いて、何とか今まで他の牛と行動をしていたのかもしれない。
歩く事が怖かったんだね。
気が付かなくて、ごめんね。
それから、この牛は無理に外へ出さないようにした。
牛は相変わらず、よく食べて、お乳を出してくれた。
昼間は牛舎の中で牧草を食べて、寝ていた。
野生動物として生まれてきたのなら、目が見えない障害は致命的なものだったかもしれない。
でも家畜としてなら、少なくとも生きてはいける。
放牧に行けなくても、牛は周りの音で仲間がそこにいる事を感じ、牛舎の中で牧草を食べながらお留守番をして、夕方、仲間が帰ってくると、また一緒にご飯を食べた。
時々、何にも見えていない、まん丸な瞳を覗き込んでみた。
「変な牛だって言って、ごめんね。」