親友の死が与えてくれたもの。
※今記事には「自殺」に関連する内容があります。心が健康な時に見てもらえればと思います。
一本の電話
もう十年ほど前にもなるか。
僕の親友が亡くなった。
死因は「自殺」だった。
その当時、僕は転勤で生まれ育った町から離れていた。
初めての一人暮らし。一人も友人がいない環境。
それでも、当時の上司がとても気にかけてくれて、ほぼ毎日飲み歩きながらそれなりに楽しく過ごしていた。
そんなある日だ。仕事中に携帯(いわゆるガラケー)が鳴った。その相手の名前をディスプレイで確認した瞬間、僕の心臓は一瞬で冷え切った。
かけてきたのは高校時代の同級生の女の子だった。
嫌な予感がした。――いや、それは確信だった。
「……タカくん、死んだって」
電話の向こうから聞こえてきたその声に、僕は言葉を失った。
おでこに手を当てて、無意味に会社の廊下をうろついた。
「……そっかぁ」
そんな気の抜けた言葉しか出てこなかった。
電話を切ってから、現実感のない足取りで事務室に戻ると、当時の上司にこう言った。
「友達が、亡くなりました」
上司はすぐに休暇をくれた。
夢を追った友人
タカとは、高校の同級生だった。
当時仲が良かったメンバーでバンドを組もうということになった。
中学の時にギターをかじっていた僕はギターボーカル。他のメンバーはみな初心者だったが、ドラムマニアというドラムを模した音ゲーが上手いというだけで、タカはドラムの担当となった。
演奏するのはもっぱらバンプオブチキンやアシッドマンなどの曲だ。
しかし、当時はまだ両バンドとも大衆的な人気では無く、他のやつらはハイスタやゴイステなどの曲をカバーしていた。
元々のルックスのせいもあっただろうが、僕たちのバンドは校内でもあまり人気は無かった。
それでも高校三年間を楽しく過ごせたのは、タカたちメンバーのお陰だった。
そして進路について考え始めた時、タカは「音楽の専門学校に行く」と言い出した。
正直言うと、その時は「マジかよ」と思った。と同時に羨ましい気持ちにもなった。
自分には出来ない。夢を追おうとする彼が少しまぶしく見えた。
上京、それから
それからもバンドメンバーとの交流は続いた。
タカ以外のメンバーはもう音楽を辞めていたが、定期的に集まっては飲み会を開いた。
そうして数年後、タカは夢を追って上京した。
当時、mixiというSNSが全盛期だった。
離れていても、mixiを通じてタカとのやりとりは続いていた。日記を読み合い、コメントを残し、そんな日々を過ごしていた。
彼からもらった自主制作のCDは、安っぽかったけどカッコよかった。
しかし、徐々にタカの日記に不穏な内容が書かれるようになった。
「もうダメだ」「つらい」「死にたい」
その度に励ますコメントを残した。
「大丈夫か?」「しんどかったら戻って来いよ」「またみんなで集まろうぜ」
僕の他にも心配する人間はたくさんいた。
そのうちの一人が、電話をくれた彼女(仮に『メグ』としよう)だ。
高校を卒業した後、いっときタカと付き合っていたらしい。
そんなメグの名前をディスプレイで確認したのだ。
普段、僕に電話など掛けてくるはずのない相手。
――話を聞かずとも、内容はすぐに理解出来た。
葬式の日
上司に報告した後、僕は当時仲の良かった友人に次々に電話をかけた。
「……タカ、死んだんやと」
「……マジか。……そっかぁ」
メグから聞いたときの自分と全く同じ反応がそこにあった。
繋がっているメンバーはみんなタカを心配していた。そして願っていたはずだ。でも、どこかで覚悟はしていたのだろう。出てくる言葉は「……そっかぁ」しかなかった。
そして葬式当日、僕が連絡出来たのは五人ほど。
僕たちはスクールカーストの中では可もなく不可もなく、ただ間違いなく一軍ではなかったため、卒業後に仲良くしている同級生はそれほど多くはなかった。
でも、それで良かった。
集まった五人は、高校時代ほぼ毎日タカの家に行ってはスマブラに興じるような親友と呼べる仲間たちだったからだ。
最寄りの駅で集合してから、まだ少し時間があるなということで近くの喫茶店に入ることにした。
「なんか、まだ信じられへんなぁ」
「ほんまやで、全然実感ないわ」
恐らく、はたから見れば僕たちはどこかヘラヘラしているようにも見えただろう。
実際、ヘラヘラしていた。
全員、実感が無かったのだ。友人がこの世からいなくなったということが。
でもそれは、薄っぺらい強がりだったということを僕はこのあと知ることになる。
白い布に隠された顔
そうして、葬式会場に到着すると控室に案内された。
会場内には、BGMとしてタカのCDが流されていた。
葬式会場に似合わないロックの音が、まだどこか夢の中にいるような感覚を僕に与えてきた。
でも、式の会場に案内されたとたん、僕の足は震えだした。
正面にはタカの顔写真が飾られており、その手前に大きな棺桶が置かれていた。
信じたくなかった、信じられなかった現実がそこにあった。
「それでは、最後のご挨拶です。――なお、ご親族様の意向により、お顔は隠したままでのご挨拶となることをご了承ください」
そんなアナウンスが流れたように記憶している。
僕たちは一列になってタカの棺桶に近づいていく。
身長の高かったタカの身体を花びらが覆っていた。
手に持った花束をタカの棺桶にそっと入れる。
その顔の部分は、白い布で覆われていた。
――それを見た瞬間、僕の心は崩壊した。
逃げるように早足で廊下に向かうと、そこで膝を折って泣き崩れた。
「なんでや。……なんでや」
それしか言葉が出てこなかった。
友人に肩を抱かれながら、わんわん泣き続けた。
タカの遺体が発見されるまで、数日かかったらしい。
顔を見せられないというのはそういうことだそうだ。
白い布を見た瞬間、そしてその奥にある顔を想像した瞬間、とてつもない悲しみが僕の心に襲ってきた。
最後に顔も見せてくれない。
そんなことってあるかよ。
苦しかったよな。辛かったよな。
ごめんな。
助けてやれんで、ごめんな。
心の中でぐるぐるぐるぐると、後悔と謝罪の言葉だけが回っていた。
親友の死が与えてくれたもの。
それからしばらく、僕の自律神経は狂ってしまった。
なにもしていないのに動悸がする。胸やけがする。手汗をかく。
そんな体調不良と戦う日々の中で、一つだけ頭の中に浮かんだことがあった。
「せめて、何かを残して死にたい」という思いだ。
人間、明日死ぬかもしれない。
頭では分かっている。
でもそれをどれだけ実感しているかはまた別だ。
僕はタカが死んだことで、それに気づかされたような気がしている。
だから僕は小説を書き始めた。
せめて死ぬなら、何かを残してやろうと。
一生懸命夢を追いかけたタカに負けないように。
まだまだサボる日もたくさんある。
胸を張れない日々を過ごしてもいる。
ただ、タカがくれたこの思いだけは、いつまでも無くならないと思うんだ。
だからもうしばらく、見守ってて欲しい。
いつか形になったら、必ず報告に行くからさ。
君は僕の親友だ。
ありがとう。
※登場人物の名前は少しフェイクを入れておりますが、内容はほぼノンフィクションです。少しでも皆さんの心が、前向きになりますように。