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 断片・短編1 赤い四角い郵便ポスト 


玄関を出て歩いて3分。赤い四角い郵便ポストがある。
ほんのそこまで、封筒だけ持って出た。さんざん考えて選んだ鳩居堂の白の封筒は、手紙の内容がつりあっているかどうか、封をしてしまってからも迷うぐらいにしっかりとした厚みがある。ポストの横に表示してある回収時刻は1日2回。あと30分で本日2回目の回収がある。次は明日の午前中だ。

ちょうどよかった。今日の回収が終わってしまっていたら、ポストの中に手紙がある、私の書いた手紙が入っている、取り戻せば配達されない、差し出し口に手が入るなら取り出せるかも、差し出し口に手が入るわけないだろ、でもやってみないとさ、とか、ばかな考えに取りつかれて、真夜中にこそこそ出かける、なんてことだってしかねない。
差し出し口は2つ。「手紙・ハガキ」「その他の郵便」。
ほんとうに出してしまっていいのかな、どきどきしながら、しっかりしなよ、自分をはげまして、手紙・ハガキのほうに投函しようとしたところで、もうひとつ、ポストの四角を支える土台の棒のすぐ近くの低いところに、別の差し出し口があるのに気がついた。
こんなのあったっけ。

手紙なんて書くのはいつぶりぐらいか忘れるぐらいひさしぶりだから、当然ポストも通りすがりに、あるなあ、という程度で眺めていただけだ。仕組みが変わっていてもおかしくないけど、ずいぶんと変わった位置にある。目に留まらないように、使われないように、わざと低くしてあるみたいだ。
手紙・ハガキの差し出し口と同じ大きさで、『特別な郵便』と記されている。普通郵便は知っている。特別郵便というのもあった気がする。だけど特別な郵便って、なんだろう。特別な、の「な」が気になる。
よくよく見れば、その差し出し口の隣に、タッチパネルと硬貨の投入口がついている。ということは、別料金がかかるってことだ。切手じゃなくて、現金もしくは電子マネーでのその場支払い、そんなのありか。

疑問符いっぱい。
特別な郵便。どう特別なんだろう。
届けてくれるときにプレゼントみたいにラッピングされるとか、配達の人が特別な衣装、マリーアントワネットみたいなスカートがふくらんだ豪華なドレスを着ているとか、もしくは地域色を打ち出して、秋田ならナマハゲになっているとか、サプライズパーティのサプライズみたいな演出、受け取ると薬玉が割れてフラッシュモブが始まるとか。
ないでしょ、そんな。
だいたい希望しないし。普通に郵便受けに入れてくれればいいんだもん。
それとも。
受け取る人じゃなくて、出す人にとって特別な手紙だったりハガキだったりするってことの証明書をつけてくれるとか。
まさか。
証明書って。どうやって証明するんだって。
書き手と受け取った人にしか、特別だなんて判りようがないじゃないの。
ちょっと、考えてみた。私が書いた手紙は特別なんだろうか。
赤い四角いポストは、じっと待っている。
「いつでもここにいますから、お好きなときに入れてください、大きさと料金には注意してくださいね」
 ポストの声が聞こえるなら、こんな感じだ。
 とてつもなくやさしい赤い四角いポストは急かさない。
 
特別、特別、特別… …。
いやいや、普通でしょ。
だって。
鳩居堂の封筒と便箋を張り込んだのは、見栄を張ったからで、何時間もかけて下書きをしたのは、文章力のなさがばれないようにで、3回清書をやり直したのは、字が下手なのを少しでもましに見せるためだし。
内容だって、なんてことない、と思う。
普通のほうでいいや。
思ったのに、特別な郵便の差し出し口から目が離れない。ここに入れたらどうなるんだろう。そうだ、調べればいいんじゃん、と、スマホを持っていなかった。書き上げて封をして、その勢いで出さないと出せなくなりそうで、サンダルをつっかけて封筒だけ握って出て来たのだった。
うーん、不思議に心惹かれた、特別郵便で出してみようか。
って、だめじゃん、財布もない。別料金が払えない。
ほんの3分の距離、家に帰って出直せばいいだけだ。そうしたら特別な郵便がなんなのか調べられるし料金も判るし。すごうく料金が高かったらやめればいいんだし。なのに、戻りたくなかった。
これは、べつに、特別じゃない、普通の手紙なんだもんね。
自分に言い聞かせて、普通のほうの手紙・ハガキの差し出し口に投函することにした。
差し出し口に指の第2関節まで入れ込んで、思い切って入れた。

母から返事は来なかった。
きっと、特別な郵便にしなかったせいだ。
私のせいだ、自分をごまかしたから。
家に帰るのが面倒だったんじゃない。3分の距離を後戻りして、封筒を持ち帰ってしまったら、投函する勇気が萎えてしまいそうだったんだ。きっとそのまま、破ることも捨てることも出来ずに、引き出しの奥にしまい込んで、ああ、あれがあるなあ、ずうっと気にしていることになったに決まっている。絶対にそうなった。
だから、普通の手紙だもんね、ごまかして戻らなかった。
それに、それにね、特別な郵便にしたのに、返事が来なかったらって、不安になったんだ。
特別な郵便にしなかったから、返事が来なかった、それでいいんだと思う。
特別な郵便にしたのに、返事が来なかったのじゃないから。
                                 

てがみをとどけてくれるくるま



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