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読み解きお手伝い エビデンスを嫌う人たち

エビデンスを嫌う人たち 科学否定論者は何をどう考え、どう説得できるのか リー・マッキンタイア著 西尾義人訳 国書刊行会 2024年5月25日 初版第1刷


引用は自由ですが、その際には
<note 読み解きお手伝い エビデンスを嫌う人たち 城戸飛鳥>
と明記してください。

1.おおまかな解説

 エビデンスを嫌う人たちとは誰のことでしょうか。
 地球は球体ではなく平面であると信じている、気候変動(地球温暖化)を否定する、遺伝子組み換え作物(生物)に懐疑的、ワクチン接種は効果がないどころか害がある、こういった陰謀論と交錯するような信念を持つ人たち、のことではありません
 
たとえこういった信念を持ちつつも、科学的な証拠を示して説明されれば、自説を修正する人たちは、エビデンス(科学的証拠)を嫌う人たちではないのです。
 科学的証拠を示されても、偽の証拠(フェイク)だと反論する、もしくは100パーセント証明されていないのだから信じられないと、自説を曲げない人たちが、エビデンスを嫌う人たち、科学否定論者です
 
 本書は地球平面説、気候変動否定、遺伝子組み換え作物(生物)への懐疑、反ワクチン主義の問題を取り扱いつつ、科学否定論者のイデオロギーを変えるためにはどうしたらいいかを考察しています。
 大量の正しい証拠の提示では効果がないのは明らかです。エビデンスを嫌う人たちですから、証拠自体を否定し受け入れない、ならばどうするか。

 著者は科学哲学、科学史を専門としているので、実際に自ら実験実証を行うのではなく、さまざまな論文を引用参照して考察を進めます。
 科学否定論者の議論には5つの推論の誤りが共通してみられることから、著者はこれを科学否定論者の5つの類型として定義し、その複合的な作用によって科学否定論者は、科学的に証明されていることに異議を唱えるとしています。この5つの類型は、本書の骨格をなす定義で重要な部分です。
 各問題についても、5つの類型を使って分析してゆきますので、2章冒頭での定義の解説は読み逃さないようにしてください。

本書は、陰謀論の範疇に含まれる4つの問題を扱い、それがどうやって発生したか(意図的か自然発生的か)、なぜ世間に広まったのか(誰がどうやって広めたのか)、そこにはいったいどのような理由が隠れているのか、などを詳細に検討しています。科学否定論者が出来上がるためには、偽の情報がなくてはなりません。ですからその情報が現れる、という前段階が存在しているからです。
これはなかなかに興味深く、なるほどと注目がそちらに向きがちになりますが(私がそうでした)、そうなると本書が目的とする本筋を見失うことにもなりかねません。

 ですので、読み進めるうえで前提としておきたいことがあります。
本書は科学否定論者が繰り広げる主張の内容に関して検討分析するのではなく、その主張を繰り広げる科学否定論者への効果的な応対の仕方を探り、実践しようとする試みについて書かれている、ということです。
このことを忘れてしまうと、本筋からはぐれて迷子になりかねません。

さて、章立ては順を追ってわかりやすく、読者に親切ですが、6章の『リベラルによる科学否定?』は、唐突感が否めません。いかにもアメリカらしい章立てとも言えます。科学否定論者は共和党支持者(保守)に偏って存在するとされていることに対して、それが事実かどうかを考察しています。
日本で暮らしていると実感として感じにくいことながら、著者の住むアメリカでは、半ば常識のように、共和党支持者=科学否定論者という図式が出来上がっている、ということなのでしょう。トランプ元大統領が共和党の代表なのを思えば、なるほどそうなのか、と納得してしまいそうですが、実際はどうなのか、まさにアメリカ的な疑問であると思います。

 本書はアメリカの実態について考察されているものですので、日本ではあまり使われない言葉、見慣れない言葉が出てきます。
ですので押さえておきたいくつかの用語、単語、また読み解くうえでキーワードとなる言葉を紹介し、最後に私の簡単な感想をまとめます。

2.用語について

★科学哲学
 科学の基礎・方法・構造などについて研究する哲学の総称。※1一部抜粋
 科学が取るべき方法を提案し、科学のあるべき姿を求める、といった知的努力を意味する。※3 一部抜粋
【著者の科学を守ろうとする姿勢は、科学哲学をそのものと感じる】
★イデオロギー
思想傾向、政治や社会に関する主義の意 ※1
★赤い薬
 映画「マッドマックス」で赤い薬(レッドピル)を飲むと仮想世界から目覚め現実に戻る。
【転じて、社会にある偏見から自由な思考を身につけること】
★紫の薬
 赤い薬を飲むと仮想世界から目覚めるが、青い薬を選ぶと仮想世界に留まる。
【転じて、社会にある偏見を疑いなく受けれること。赤と青を混ぜると紫になることから、大半の陰謀論は信じるのに、一部の陰謀論(地球は平面であることなどは信じないこと】
★バックファイア効果
 自分の信じる情報に対して、他者から反論や誤りの指摘があった際、反発するのみで、かえってその情報を盲信するようになること。※4
★666
黙示録13章18節に「ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である」 ※5一部抜粋
【上記の記述から、666は獣の数字と呼ばれて不吉とされている。悪魔の数字でもある。映画「オーメン」の悪魔の子ダミアンは、頭に666の痣を持つ】
★藁人形理論
 議論において、相手の考え・意見を歪めて引用し、その歪められた主張に対してさらに反論するという間違っている論法のこと、あるいはその歪められた架空の主張そのものを指す。ストローマン手法、藁人形論法、案山子論法(かかし論法)ともいう。※6
【以前「ごパン論法」が話題になったことがあったが、それに似ているかもしれない】
★チェリーピッキング
 数多くの事例の中から自らの論証に有利な証拠のみを選び、それと矛盾する証拠を隠したり無視する行為のことである※6
★右派 
右翼の党派。また、政党などの内部で保守的な立場をとる派 ※1
★左派 
左翼の党派。また、政党などの内部で急進的または革新的な立場をとる派 ※1
★インテリジェント・デザイン(intelligento desigm)
 知的設計論《生命や宇宙は偶然に生じたのでなく知的実在により想像されたという理論》 ※2 
【ダーウィンの進化論を否定し、生物植物などは自然に今の形に進化したのではなく、神の手によって創られたという主張。神が世界を作ったという創造論に科学的な装いをこらしたもの。キリスト教福音派の主張でもあり、アメリカの一部の義務教育学校で、ダーウィンの進化論とともに、インテリジェント・デザインも同列に教えようという運動がある。キリスト教福音派は、共和党の支持基盤でもある】
 
※1 広辞苑 第七版
※2 ジーニアス英和辞典第五版
※3 日本百科全書ニッポニカ 
※4 goo辞書
※5 聖書入門.com
※6 ウィキペディア
【 】内は城戸の解説

3.注目キーワード

●リベラル 
個人の自由、個性を重んじる自由主義を指すが、本書では民主党支持者を意味する。左派。
●保守 
伝統。歴史・慣習・社会史組織を固守する主義。本書では共和党支持者を指す。右派。

【リベラル・左派=民主党支持者、保守・右派=共和党支持者と頭に入れておくと6章を読む際に混乱しない。リベラルと保守の意見の対立としてわかりやすいのが、リベラルは中絶容認、保守は中絶反対】

 以下の城戸的感想は出来れば読了後にお読みください


地球は丸い

4.城戸的感想

 科学否定論者と対峙し、誤った主張を訂正させるために最も効果的な方法は何か。様々な観点から考察検討した結果は最終的に、科学否定論者と信頼関係を結び、丁寧な対話を行うことと、本書では結論付けられた。
 もっと劇的で意外な方法が編み出されるのではないかと期待していたから、あまりに常識的で日常的な手法に帰着したことに、少々肩透かしを食らった感があった。けれどよく考えてみれば、そういう常識的なことが行われていないからこそ、荒唐無稽な虚偽の事実が広がり、意見の対立が激しくなるのだとも言える。
 信頼と対話が重要である理由は、早くも1章のフラットアーサー(地球平面論者)の集会への潜入レポートのなかで述べられている。

『フラットアースとは経験的証拠に基づいて受け入れたり拒否したりする信念ではなく、むしろアイデンティティと呼ぶべきものだろうと結論づけた P54』。

つまり、地球平面説を信じる、または信じたふりをすることによって、フラットアーサーのコミュニティが自らの居場所となり、それまでの人生での困難に(エリートたちの陰謀のせいで自分は損をしてきたのような)説明がついたりするおかげで、信じることと信じる仲間を増やすことが人生の目的になる。それは孤独からの脱出である。
科学否定論者の信念を変えさせるためには、そういう場から救い出す必要がある。それには信頼と対話が最も重要という結論なのだ。

ところで、居場所を得るために世間的に認められない主張を信じ、仲間を増やそうとするその行為は、何かに似ている。著者は本文p72の原注1-44で『これはカルトの手口なので要注意のこと』と記している。まさにそのとおりで、単にばかばかしい主張を広めようとしている人たちと括ってしまうわけにはいかない。
ここで弁えておかないといけないのは、著者はカルトが悪いと意見を表明しているのではなく、虚偽の事実が広まることへの懸念を示していることだ。

気候変動を例にとれば、温暖化は嘘、二酸化炭素の排出が気温上昇の元凶ではない、その考えが広まるほど、温暖化の対策に後れを取り、取り返しのつかない事態を招くだろうと予想するからだ。現実に目をつぶる科学否定論者を放置することは、社会全体の損失、未来を損なうことである。だからこそ、科学否定論者の主張を正し、事実から目を背けずにいられるようになって欲しいと願うのだ。

ちなみに原題は『How to Talk to a Science Denier』。科学否定論者に語りかける方法、まさに本書の主題そのもののタイトルだと思う。


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