海外出向の検討時に注意すること~国外転出時課税~
グローバル企業にとって「役員・従業員の海外出向」は非常に良くあるケースだと思います。
給与の現状手取額を維持するためには、現地給与や格差補填をどうするのか?社会保険の適用は?など色々な計算や検討が必要となります。
人事総務部署の方がこれらの計算検討等を行われるケースが多いと思いますが、出向に伴う負担やリスクを検討する際に、「国外転出時課税」の精査は入っていますか?
国外転出時課税を知らずに出国してしまった場合、予期せぬ莫大な追徴課税を受ける可能性があります。
今日は、意外と理解されていないと感じる「国外転出時課税」について、まとめたいと思います。
1,概要
【出国時に出国者に課税されるケース】
平成27年7月1日以後に、国外転出をする一定の居住者が1億円以上の有価証券等(対象資産)を所有している場合に、その国外転出時に、その対象資産について譲渡等があったものとみなして、対象資産の含み益に対して所得税が課税される制度です。
通常、所得税が課税されるのは譲渡等を実行したときですが、国外転出時課税は実際に譲渡がなくても課税されるのが最大の特徴です。
【贈与時に贈与者に課税されるケース】
贈与時に1億円以上の対象資産を保有する居住者が、非居住者(親族)へ対象資産を贈与したときは、その贈与時に贈与者が対象資産を譲渡等したものとみなして、贈与者に所得税が課税されます。
贈与税は受贈者(貰った人)に課税されますが、出国時課税は贈与者に課税されるのが特徴です。
【相続時に相続人に課税されるケース】
相続開始時において1億円以上の対象資産を有する一定の居住者(適用被相続人等)から、非居住者である相続人等が相続又は遺贈により対象資産を取得したときは、相続開始時に適用被相続人等(亡くなった人)が対象資産を譲渡したものとみなして、適用被相続人に所得税が課税されます。(最終的に相続人が所得税納税義務を承継します)。
亡くなった人に所得税が課されるので、申告漏れが発生しやすいケースと言えます。
2,対象資産
国外転出時課税の対象資産は次の通りです。
・有価証券等(投資信託や匿名組合契約出資持分等を含む。金融商品取引法第2条第1項参照)
・未決済信用取引(金融商品取引法第156条の24第1項参照)
・未決済デリバティブ取引(金融商品取引法第2条第20項参照)
未決済FX取引や、NISA口座内の有価証券、国外所有有価証券等も対象となり、暗号資産は対象になりません。
役員や従業員を海外子会社へ出向してもらう際、人事総務等の担当部署の方は、対象資産の有無を確認するよう、出向者へ知らせてあげる仕組み作りが大切だと思います。
3,対象者
国外転出時課税の対象者は次のいずれにも該当する者となります。
・対象資産の時価が1億円以上
・国外転出日前10年以内において、国内に5年を超えて住所又は居所を有する
なお、国内に住所又は居所を有していても、出入国管理及び難民認定法別表第一の上欄の在留資格(外交、教授等)で在留していた期間は、上記5年判定において国内在住期間に含まれないこととされております。
また、国内に住所及び居所を有していない期間があっても、国外転出時課税の納税猶予特例適用期間がある場合は、その期間は国内在住期間に含まれます。
4,時価判定タイミング
国外転出時課税の対象者は、対象資産の時価が1億円以上の方となりますが、時価のタイミングはいつになるのか、説明します。
(1)国外転出後に確定申告書を出す場合(納税管理人選定)
国外出国時の時価(未決済信用取引等は決済したものとみなして算出した金額)
(2)国外転出前に確定申告書を出す場合
国外出国予定日から起算して3ヶ月前の日(同日後契約はその契約日)における時価
特に(2)の場合、出国予定日の3ヶ月前の日が時価判定基準日である点に、ご留意下さい。
5,納税猶予制度
国外転出時課税は、含み益が大きい金融資産を保有したまま海外へ移住し、低税率国(又は無税の国)に移ってからその金融資産を譲渡することによる課税不公平を防ぐために設けられています。
その趣旨を鑑みると、会社の要請で海外出向しているのに、たまたま(凄いですが)1億円以上の金融資産を保有していただけで、譲渡したものとみなして所得税を課税されるのは厳しすぎますよね。
上記判定で対象者=即納税、、、、とはならないのでご安心下さい。
納税猶予制度(免除ではなく猶予制度)が設けられています。
国外転出時までに納税管理人の届出書を提出し、一定の書類を添付した確定申告書の提出及び担保を提供したした場合に限り、5年間(延長で10年)課税が猶予されます。
なお、猶予されている期間中、毎年「継続適用届出書」を提出する必要もありますので国際税務に詳しい税理士に依頼されることお勧め致します。
また、猶予期間中に対象資産を譲渡した場合は、猶予された税金の納税義務が確定するので、納税を念頭に置いて譲渡を実行する必要があります。
6,減額・免除措置
猶予制度については先ほど説明したとおりですが、あくまで「猶予」であって免除ではありません。
次は、減額又は免除されるケースについて確認したいと思います。
(1)納税猶予制度の適用が条件であるもの
①実際に譲渡等した際の対象資産の譲渡価額等が国外転出時よりも下落
猶予期間中に譲渡した場合、猶予税額を納税する必要があるのは既にお伝えしたとおりですが、出国時の時価よりも譲渡時の時価の方が低い場合は、出国時のみなし譲渡所得計算について、実際譲渡時の時価により再計算することが出来ます。
これは譲渡等から4ヶ月以内に更正の請求をする必要があります。
②納税猶予期間満了日の対象資産時価が国外転出時時価よりも下落
納税猶予期間満了時に、まだ海外に居住している場合は原則として猶予された税額が確定します(猶予税額を支払う必要あり)が、その猶予期間満了時時価が出国時時価より下がっている場合は、出国時のみなし譲渡所得計算について、納税猶予期間満了時の時価により再計算することが出来ます。
これは納税猶予期間満了日から4ヶ月以内に更正の請求をする必要があります。
③譲渡等をしたときに転出先の外国でも税金が発生
外国税額控除により、日本の所得税から所定の計算を経た税額が控除されます。
二重課税はある程度排除されるイメージです。
(2)納税猶予制度の適用が条件でないもの
国外転出日から5年を経過する日(納税猶予特例を受け期限延長している場合はその期限)までに次に該当した場合は、帰国等の日から4ヶ月以内に更正の請求をすることにより、出国時に納税した所得税が還付されます。
・帰国(国内に住所を有し、又は現在まで引き続き1年以上居所を有することとなること)した
・対象資産を居住者に贈与した
・国外転出時課税の申告者が亡くなり、国外転出時に有していた対象資産を相続又は遺贈により取得した相続人・受遺者の全員が居住者となった
ポイントは、勝手に国が還付してくれるわけではなく、帰国等した日から4ヶ月以内に自分で(又は税理士に依頼して)税務署に対して更正の請求をしなければいけない点です。
7,一時帰国の取扱い
納税猶予制度を利用している期間中に、一時的に帰国するケースは多いと思います。
例えば、日本本社での役員会出席や、コロナ禍で一時帰国するケースなどですね。
猶予された税額は、猶予期間内に帰国・更正の請求をすることにより免除されますが、一時帰国の場合はどのように考えるのでしょうか?
所得税法第60条の2第6項第1号によれば、帰国の定義を「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有することとなる」としています。
「住所」とは「各人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定する」とされています(所得税法基本通達2ー1)。
これらを鑑みると、一時的な帰国は納税猶予制度における「帰国」には該当しないケースが多いのではないかと思われます(ケースバイケースなので必ず税理士に御相談下さい)。
結果として、一時帰国は「納税猶予→免除」の流れにはなりませんし、猶予期間限度も継続して考える必要が出てきます。
如何でしたでしょうか。
居住地判定を含めて、判断が悩ましい場合は国際税務に詳しい税理士へ御相談頂く事をお勧め致します。
「出国してから相談」では間に合いませんので、出向を検討される段階で検討材料の一つとして「国外転出時課税」を加えるようにして下さい。