筋トレをしながら生きていくことに、決めた。
私は運動ができない。
筋トレは運動だ。
noteの書き始め2行ですでに矛盾している。
私は運動神経がない。センスもない。
体育の時間は苦痛で地獄だった。徒競走はいつも最下位、1000m走は走りきる前に授業が終わり、バスケは永遠にパスが回ってこないし、なわとびをすれば死に際の蝉みたいにじたばたしているだけだった。顔は、運動神経良さそうなのにね、と、よく言われるが顔のことはほっといて欲しい。
運動が出来たからって何の得になるのォ?!こちとら頭で勝負ですわドクタードリトル読むわクソがと休み時間は読書をするふりをして元気に外でドッジボールをするクラスメイトを横目で見ていた。それはそれはじっとりした目で見ていた。
筋トレは継続力も必要である。
私には何ごとも続けられないという習性がある。
すぐ飽きる。熱しやすく冷めやすい。冷めたら二度と、温まらない。
これまで生きてきた中で一番長く続けてこられたことと言えば、幼稚園から小学6年生まで通っていたピアノのお稽古だが、週に1度母に引きずられながら嫌々通っていたし(お稽古の待ち時間で読める漫画と、お稽古終わりにもらえる一粒の飴だけを楽しみに行っていた)、家から遠くの中学校に通うという事で母に「続けたいけどォ、通学に時間がかかるしィ、勉強に集中したいからやめるねェ?」などと言って、辞めた。
そんな私が、だ。
筋トレに手を出した。
この時の私はまだ知らない。
このツイートからは、「楽しんどこ、どうせ飽きるけど。筋トレしてる自分しゅごーい」臭がプンプンする。軍隊なんて目指してるわけないだろ。いい加減にしろ調子に乗るな。
と、自分を含め誰もが続くはずがないと思っていた筋トレだが、3ヶ月をすぎ、半年を過ぎ、もうすぐ10ヶ月が経とうとしている。
健康第一!ジムに通うお〜!ウェア買って週3で通ってスリムボディになるんだお〜!ということで、これまでの人生でジム通いを2回試みた経験がある。
1度目は地元仙台にいる大学生時代。ふらっと新しく建ったジムに見学に行き、ジム欲に火がついてしまった私は、ジムのオープニングスタッフが如く母と姉に施設の素晴らしさをプレゼンし、ジムに入会させ、私は3日で行かなくなり、姉だけがジムに通い続け、少しだけ痩せた。
2度目は、大学生時代の苦いジムコンプレックスを解消すべく、あの頃は家から2駅先のジムだから続かなかったのだと仮説を立て、家から走って40秒の24時間フィットネスジムへ入会した。2日で行かなくなった。その後1年間、明日行こう明日行こうと会費だけを払い続け、引っ越しと同時に解約をした。
そんな私が、3度目の正直でジムに通い始め、今では筋トレにゾッコンである。
タイミングが良かったのか、
ジムとの相性が良かったのか、
パーソナルトレーナーが毎週褒めちぎってくれるからなのか、
よく分からないけど筋トレが生活にかかせないものになっている。
打ちのめされるような悲しいことが起きた時、ふとお腹に力を入れれば昨日までのトレーニングで少しずつついた腹筋が「大丈夫、まだ支えられるよ」と教えてくれる。
たまに膝から崩れ落ちたくなる日があっても、うっすらと縦に線が入った脚が「大丈夫、まだ前に一歩踏み出せる」と思わせてくれる。
この10ヶ月間で私はいつのまにか
筋肉ではなくて、自信をつけていた。
だから私は、筋トレをしながら生きていくことに決めた。
私の人生で、誓いを立てたことなんて一度もなかったけれど、すごく格好いいと思う。
誰がなんと言ったって、筋トレをしながら生きていくことに、決めた。