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宮沢賢治の宇宙(69) 青空の果ての果てには何がありますか?

宮沢賢治の心象スケッチ〔青ぞらのはてのはて〕

宮沢賢治の作品に〔青ぞらのはてのはて〕という短い心象スケッチがある。

一〇七四  〔青ぞらのはてのはて〕 一九二七、六、一二、
青ぞらのはてのはて
水素さへあまりに稀薄な気圏の上に
「わたくしは世界一切である
世界は移ろふ青い夢の影である」
などこのやうなことすらも
あまりに重くて考へられぬ
永久で透明な生物の群が棲む
 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第4巻、筑摩書房、1995年、266頁)

青空の向こうには何があるのだろうか? 夜空の向こうには何があるのだろうか? 誰しも一度は考えたことがあるのではないだろうか? そして、検事も考えた。それが〔青ぞらのはてのはて〕である。

水素さへあまりに稀薄な気圏の上に

この表現は、大気圏外のことを意味しているのだろう。賢治は気圏という言葉が大好きだったが、これは大気圏のことだ。気圏の上なので、もう空気はなく、希薄なガスが漂っているだけになる。宇宙で一番たくさんある元素は水素なので、水素さへあまりに稀薄なと表現したのだろう。しかし、そこに永久で透明な生物の群が棲むのだろうか?

青ぞらのはてのはては、どこにある?

ところで、大気圏の外が青空の果ての果てなのだろうか? 果ては終わりを意味する。たとえば、旅路の果てというと、旅の終着点のことだ。大気圏外に出れば青空の果ての果てというのも寂しい。もっと、遠くに行けないだろうか?

ヘリオポーズ ― 太陽系の果て

地球を離れ、太陽系という視点で考えてみよう。すると、ヘリオポーズという果てがあることがわかる。太陽からは風が吹いている。太陽風だ。太陽風は天の川銀河の中にある星間ガス(星々の間に存在する希薄なガス)と衝突して混じり合っていく。この境界面をヘリオポーズという(図1)。

言葉を変えれば、太陽風の届く範囲はヘリオポーズの内側だけになる。この領域は太陽の影響が及ぶ範囲なので「太陽圏」とも呼ばれる。

図1 ヘリオポーズの概念図。太陽風が星間ガスと衝突すると衝撃波が発生する。これに関連する用語として、図中にはバウショックと末端衝撃波面という言葉が出ている。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘリオポーズ#/media/ファイル:Voyager_1_entering_heliosheath_region-ja.jpg

オールトの雲

ヘリオポーズの大きさは地球と太陽の距離(1天文単位と呼ばれる距離で、約1億5000万キロメートル)の100倍程度である。ここを青空の果ての果てとしてもよい。しかし、太陽系はもっと大きな広がりを持つ。それは「オールトの雲」と呼ばれる(図2)。その果てには太陽の重力に捕捉されているたくさんの微惑星があると考えられている。これらの微惑星はお互いに重力相互作用するので、ときどき軌道が変えられて太陽に近づくことがある。そのとき、微惑星の表面にある氷や塵粒子(ダスト)が太陽の放射光で剥ぎ取られ、彗星として見える。つまり、「オールトの雲」は彗星の故郷なのだ。

図2 オールトの雲の概念図。オールとはオランダの天文学者、ヤン・ヘンドリック・オールト(1900-1992)のことである。天の川銀河が回転していることを突き止めるなど、多くの業績を上げた人である。 https://astro-dic.jp/oort-cloud/

「オールトの雲」の大きさは、直径で数万天文単位にも及ぶ。だいぶ果てに来たようだ。

さらに、果てに行きたいのか?

ここから先は、天の川銀河の星々と星間ガスの世界になる。さらに、天の川銀河を取り巻くハローには暗黒物質(ダークマター)が大量にある(元素物質の数倍)。

天の川銀河を出れば、今度は多数の銀河がある世界になる。銀河と銀河の間には銀河間ガスもある。

私たちの住む宇宙は膨張しているが、現在の大きさは約470億光年である(1光年は光が1年間に進む距離で、約10兆キロメートル)。青空の果ての果てがあるとすれば、470億光年の彼方になる。

賢治さん、こんなところでどうでしょう。

その先は?

その先は? もっと果てに行けるのか? 気になるところだ。

あると考えられるのは隣の宇宙だ。ひとつではない。たくさんあるのでマルチバースと呼ばれる。宇宙をユニバースと呼んでいた時代は終わっている(ユニはひとつを意味する)。

じゃあ、隣の宇宙は見えるか? あるいは、隣の宇宙に行けるか? それは不可能である。私たちが認識できるのは私たちの住むこの宇宙だけなのだ。現状では、マルチバースは理論の中に存在するだけだ。

ところで、永久で透明な生物の群が棲む
これはどこのことだろう?


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