『銀河系』のお話し (8)突然ですが『金河系』登場
「銀河のお話し」の続編です。
カバーの全天写真は「2ミクロン・オール・スカイ・サーベイ」の成果です。https://www.ipac.caltech.edu/2mass/gallery/images_misc.html
『銀河系』という名前の謎
松尾芭蕉の俳句、荒海や佐渡に横たふ天河(天の川)の話から、俳句の季語の話をして楽しんだ。
元々は『銀河系』という言葉の起源を調べる話だった。いつ、誰が『銀河系』という名称を思いついて、流布させたのか? なぜ、こんな疑問を持ったかというと、僕たちの住んでいる銀河は銀河であり、特に『銀河系』とい名前をつける必要はないからだ。もし、特別な名前をつけるのであれば、『天の川銀河』でいいという判断だった。これだと、英語の the Milky Way Galaxy にも近い。
しかし、いろいろ調べてみたものの、結局、『銀河系』という名前の起源はわからなかった。
輝明も優子も諦めた。潔く、というわけではないが、調べてもわからないのだからしょうがない。いずれ、わかる時がくれば、という淡い願いだけを心に秘めて、日々を送ることにした。
突然の『金河系』
そんなある日、友人のW君からメールが来た。彼も天文には詳しいので、ときどき会って天文談義を楽しむ仲だ。彼にも『銀河系』の起源が分ければ教えて欲しいという連絡はしていた。
そのW君のメールに面白い情報があった。
> たしか石田五朗の「天文台日記」に
> 金河系、銀河系のはなしがあったと思い出しました。
おい、おい、という感じだ。
『銀河系』から飛び火して、なんと『金河系』という言葉が出てきた。
石田五郎の『天文台日記』は持っていたはずだが、本棚を探しても見つからない。肝心なときに限って、という感じだ。そこで、W君に内容を問い合わせることにした。
石田五郎の『天文台日記』は話題の宝庫
W君は早速、該当する箇所をスキャンしてPDFファイルで送ってくれた。すると、そこにはホントに『金河系』という言葉が出ていたので驚いた。せっかくなので、天文部の部室に行き、みんなに教えてあげたくなった。
ということで、輝明は今日も部室に向かった。
部室に入ると、例によって優子がいた。
「部長、なんだか嬉しそうですね。」
「うん、友達のW君から、面白い話を聞いた。」
「なんですか?」
「『金河系』という言葉だ。」
「ええーっ? 『金河系』? なんですか、それは?」
「少し前のことだけど、石田五郎(1924-1992)という天文学者がいた。文筆家としても有名だ。『天文台日記』は石田が東京大学・東京天文台(現在の国立天文台)・岡山天体物理観測所の所長をやっていた頃の思い出話がたくさん出ていて面白い。音楽や美術にも親しんだ文理両道の人だったみたいだ。」
「文理両道ってなんですか?」
「文武両道という言葉は知っているよね。」
「はい。」
「文武両道は学芸・学術にも秀で、武芸・武術にも秀でていることを示す言葉だ。これにあやかって、ここでは「文理両道」という言葉を、勝手に作ってみたんだ。文系にも理系にも秀でていることを示す言葉にした。」
「なるほど! 宮沢賢治なんかもそういう人ですね。」
天文学者の雑談は面白いぞ!
「話を戻そう。『天文台日記』の中に、なんと『金河系』という言葉をW君が見つけたんだ。」
「意味不明です。」
優子は不満爆発の寸前という感じだ。
「さて、話は1940年代後半にプレーバックだ。
天の川のことをギャラクシーと呼ぶ。これは英語のGalaxyだけど、大文字のGで始まる。つまり、天の川を意味する固有名詞だ。ところが小文字のgを使うgalaxyという言葉がアメリカで使われ始めた。このことを知ったのは当時、東京天文台長をしていた畑中武夫(1914-1963)だ。畑中と石田はこの話題で次のような会話をした。雰囲気が伝わるようにW君から送られてきたPDFフィルの一部を見せよう(図1)。
輝明はさっとパソコンを立ち上げ、スライドを見せてくれた。輝明部長の素早さに、優子はほとほと感心しながら、スライドを眺めた。
石田五郎の後悔
「要するに、宇宙にたくさんある銀河のことをgalaxyというようになった。日本語では大文字・小文字の区別はできないので天の川銀河(Galaxy)と他の銀河(galaxy, galaxies)の区別ができない(図2)。」
「ずいぶん、雑然としていたんですね。」
この優子の感想は当たっている。
輝明はこの図の右上にある「?」にポインターを当てながら話を続けた。
「どうしたものかと、畑中と石田は考えた。そこで、石田がふと思いついた言葉を発した。それが『金河系』だったのだ。
石田は後悔した。あのとき、もっと主張して、畑中を説得できていれば・・・。後悔、先に立たず。『金河系』は笑いの中に消え、後世に残ることはなかった。
「面白すぎます。」
「アイデアはよかった。ただ、天の川は白く光る。つまり、輝きを足せば銀色だ。さすがに、天の川に金色を見る人はいないかな。」
急進的な物理学者と、保守的な天文学者
「ところで、石田の感想は続く。
急進的な物理学者は「銀河」という言葉を使う。
保守的な天文学者は「系外星雲」という言葉を使う。
山本一清は「小宇宙」という言葉を使う。
マジですか? と聞きたくなる(図3)。」
「ホントですね。今や、普通の人は天の川銀河以外の銀河を当然のように銀河と呼びます。あっ、当たり前か。
ところで、山本一清って誰ですか?」
「一清はイッセイと読むんだけど、京都大学で天文学者をやっていた人だ(1889-1959)。天文アマチュアの支援でも有名な人で、広く天文業界で影響力があった人のようだよ。小宇宙は宇宙に存在する銀河をミニチュアの宇宙として捉える発想だね。」
「小宇宙という言葉は知りませんでした。」
「ところで、まだ銀河のことを「系外星雲」なんて言う天文学者がいたんだね。『金河系』の方がずっといいと思うけど。」
畑中武夫の『宇宙と星』を見よ
「ところで、石田五郎と話をした畑中武夫だけど彼は『宇宙と星』(岩波新書、1956年)という天文学の入門書を書いている。名著の誉が高い。僕の部屋の本棚にもある(図4)。」
「神保町の古書店で見つけたんですね?」
「そのとおり!」
「この本にはっきり書いてある(86頁)。
星が円盤のように集まっているこの大集団のことを銀河系と呼ぶ。
ここまではっきり言われると、銀河系の言葉の起源を探すのはあまり意味がないのかなあ・・・。」
見ると、輝明にはいつもの元気がない。しかし、優子も気持ちは同じだった。
『天文台日記」 なんと、サイン入りだった!!!
「ところで、W君の持っている石田五郎の『天文台日記』だけど、なんと著者サイン入りなんだ。」
「ええーっ!」
「W君のお父さんは天文学者なんだ。昔、石田五郎さんに会う機会があって、そのときサインしてもらったそうだ。
・・・しかも!」
「しかも?」
「W君の持っている石田五郎の『天文台日記』は単行本。筑摩書房から1972年に出たものだ。しかも、初版本だ!」
「うわあ、これはもう、なんでも鑑定団モードになりそうです!」
「今度W君に会うとき、本を持ってきてもらおう。」
「もう、拝むしかないです!」
優子の気持ちをなだめるすべはなさそうだ。
それにしても、なんて回復の早い子だ。
僕も拝んで、元気をいただくぞ!
<<<これまでのお話し>>>
『銀河系』のお話し(1) 僕たちの住んでいる銀河は,なぜ『銀河系』と呼ばれるのか?
https://note.com/astro_dialog/n/n45824f0b6272
『銀河系』のお話し(2) 宮沢賢治は,なぜ『銀河系』という言葉を知っていたのか?
https://note.com/astro_dialog/n/nfcea0e50e032
『銀河系』のお話し(3) 『銀河系』という言葉はいつから使われていたのか?https://note.com/astro_dialog/n/ne316644c6000
『銀河系』のお話し(4) 『銀河系鉄道の夜』はないが、『天の河鉄道の夜』はあり得た?
https://note.com/astro_dialog/n/n7bf892c43a0c
『銀河系』のお話し(5) 『銀河鉄道の夜』への道https://note.com/astro_dialog/n/n52a4e930ce47
『銀河系』のお話し(6) 天の川よ 日本海の荒波を 鎮めておくれhttps://note.com/astro_dialog/n/n1a1126362d3d
『銀河系』のお話し(7) 「天の川」春夏秋冬いつの季語?https://note.com/astro_dialog/n/n695d3105d190