宮沢賢治の宇宙(5) 「逆さまのオリオン」は見えますか?
第1話 逆さまのオリオン
美しい対称性を持つ星座
晴れた夜、空には星が輝く。明るい星々は模様のように見える。昔から人々は模様に名前を付けて楽しんできた。それが星座である。現在では全天に88個の星座がある。
人それぞれ好きな星座があるだろう。私の場合はオリオン座が大好きである。明るい星が多いことと、わかりやすい形である。「オリオン座」の形は対称性がよいという特徴がある(図1)。
「オリオン座」を逆さまに見ると、二つの一等星であるベテルギウス とリゲルの位置が反転する。また、オリオン星雲を含む「小三つ星」の位置が逆になる。しかし、その程度のことで、全体の形は非常によく似ている。
「普通に見たオリオン」(図1左)というのは、日本のある北半球から眺めた姿である。南半球から見ると、「逆さまに見たオリオン」(図1右)になる。ところが、日本でも「逆さまのオリオン」を見ることができる。そのことを文学作品にした人がいる。宮沢賢治だ。
宮沢賢治は「逆さまのオリオン」を見た
では、賢治はどうやって日本で逆さオリオンを見たのだろうか?
まずは、賢治の詩〔昴(すばる)〕を見てみよう。
沈んだ月夜の楊の木の梢に
二つの星が逆さまにかかる
(昴がそらでさう云つてゐる)
オリオンの幻怪と青い電燈
(『【新】校本 宮澤賢治全集』第二巻、筑摩書房、1995年、202頁)
ここで、二つの星はベテルギウスとリゲルのことである。普通に「オリオン座」を眺めると、ベテルギウスが左上に、そしてリゲルが右下に見える(図1左)。ところが、この文章を読む限り、賢治の目には「逆さまにかかる」と言っているのだ。
もうひとつ作品を見てみよう。『春と修羅』に収められている「東岩手火山」である(なお、これと同じ文章は「心象スケッチ外輪山」にもある:『【新】校本 宮澤賢治全集』第六巻、筑摩書房、1996年、195頁)
さうだ、オリオンの右肩から
ほんたうに鋼青の壮麗が
ふるえて私にやってくる
(『【新】校本 宮澤賢治全集』第二巻、筑摩書房、1995年、124頁)
これは不思議な文章だ。オリオンの右肩ということはリゲルではなくベテルギウスである。それなら、色は青ではなく赤のはずだ。賢治はやはり逆さまのオリオンを見ているとしか思えない。
では、なぜ賢治は逆さまのオリオンを見ることができたのだろうか? その秘密は、『銀河鉄道の夜』にヒントがある。主人公のジョバンニが銀河ステーションから銀河鉄道に乗った場面を振り返ってみよう。
ジョバンニは頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、冷たい草に投げました。
(『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、134頁)
ジョバンニは天気輪の柱がある丘の頂上で、地面に寝転がった。賢治は服装にあまり気を使わなかったと言われるが、それは地面に寝転がって服が汚れてもいいように配慮していたためである。しかも、靴は長靴が標準だった。夜の山歩きで疲れた時、賢治は地面に寝そべって飽きることなく星空を堪能していたのだ。
賢治が何度も山歩きで野宿をしていたことは有名である。その経験が、ジョバンニの行動に現れている。寝そべって星空を眺める。実は、これが逆さまのオリオンを見る秘訣なのだ。
まず、地面に立って、普通に「オリオン座」を眺めれば、ベテルギウスは上に、リゲルは下に見える(図2)。
ところが、頭を「オリオン座」の方向に向けて、地面に寝転がって「オリオン座」を眺めた場合、二つの星の見える位置が変わる。ベテルギウスが下に、リゲルが上に見えるのだ(図3)。もちろん、「オリオン座」が位置を変えるわけではない。あくまでも、二つの星の相対的な位置関係(上下関係)が変わるだけである。
さあ、野原に寝転がって夜空を眺めてみよう。賢治のように。
夜空には「逆さまのオリオン」が輝いているはずだ。
ただ、風邪などひかぬように。