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ゴッホの見た星空(28) 本質を魅せる技

山中塗に出会う

金沢の東茶屋街を散策していたら、一軒の漆器屋さんが目に留まった。派手さは無い。店内を覗いてみると、お客は一人もいない。穏やかな漆器たちが、静かに私たち夫婦を迎えてくれた。

鮮やかな九谷の色絵陶磁器の世界から一転。考えてみれば、石川県は漆器の産地でもある。輪島塗、加賀蒔絵の金沢塗、そして山中塗。いずれも江戸時代初期の頃に芽生えた技だが、三者三様、独自の世界観を魅せている。

その中で、山中塗は最も渋い品格を持つ漆器だ。見るとホッとするような心持ちになるから不思議だ(図1、図2)。

図1 買い求めた山中塗の器。非常に薄い作りで、軽い。
図2 買い求めたもうひとつの山中塗の器。こちらは非常に厚い作りで、思い。まさに、ずっしりという表現が似合う器だ。そして木地の模様も美しい。

金沢塗と輪島塗

金沢漆器には金や銀で蒔絵が施されている。そのため、加賀蒔絵とも呼ばれる。うっとりするほど美しい(図3)。

図3 金沢塗のお香箱、松喰鶴蒔絵沈箱(まつくいづるまきえじんばこ)。金沢市立中村記念美術館 所蔵。 https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/kohokochoka/gyomuannai/5/5/9/2032.html

一方、輪島塗の特徴は輪島産の良質な地の粉を使用しているため、高い強度を持つ漆器に仕上がっている。なんと、壊れても修復できると聞くから驚く。蒔絵も施されるが、シンプルで美しい(図4)。

図4 輪島塗のお膳。こういうお膳で食べ、美味しい能登のお酒を飲みたいものだ。 https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/wajimanuri/

こうしてみると、石川県の三つの地域の漆器は、それぞれ独自の特徴を持っている。つまり、それぞれ独自の存在感があるのだ。

ひとつの県で三種類というのは、すごいことかもしれない。たとえば、青森県と言えば津軽塗、福島県と言えば会津塗というように、一対一の対応がついて漆器の名前が出てくるものだ。

漆の向こう側

土、木地にする木、漆、蒔絵の材料。漆器の性質を決める要素は思ったより多いのかもしれない。そんなことを考えながら山中塗のお店の中を見ていたら、なんと木地をくり抜いただけのものが売っていた(図5)。サイズからすると、お椀になるのだろう。なんだか、漆の向こう側を見たような気持ちがした。

図5 山中塗に用いられる木地をくり抜いただけの器。

ゴッホは絵の具の向こうに何を見ていたのだろう?

木地をくり抜いただけの器を見ていたら、別な疑問が湧いてきた。

「ゴッホは絵の具の向こうに何を見ていたのだろう?」

ゴッホは星に鮮やかな色を見ることができる、稀有な人であることはこれまでに説明してきた。夜空を黒く描くこともしない。《星月夜》、《ローヌ川の星月夜》、《夜のカフェテラス》。これらの絵に描かれた夜空はマリンブルーであり、絵を観る人の気持ちを和らげてくれる。

ゴッホの絵がカラフルになったのはパリに移ってからのことである。日本の浮世絵に出会ったことも大きい。それまでのゴッホの絵のトーンは全体的に暗めだった(図6)。

図6 パリに移る前に描かれたゴッホの絵の例。(上)《キャベツと木靴のある静物》 1881年12月半ば、ハーグ、(中央)《瓶と陶器のある静物》 1884年11月―1885年4月、ニュネン、(下)《陶器の器とジャガイモのある静物》1885年9月、ニュネン

ゴッホがパリに移ったあとに、まったく同じ題材でこれらの絵を描いていたら、いったいどんな絵になったのだろう。図6の3枚の絵を観ると、そう思う。絵の具の向こう側にあるものは同じはずだ。

考えてみると、画家はいったい、何を観て、何を感じ、何を描くのだろう。

きっと、絵の具は知っているに違いない。

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