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一期一会の本に出会う (2)オルバースのパラドックスの徹底解明 『夜空はなぜ暗い?』by エドワード・ハリソンに学ぶ

京都の龍寶山大徳寺で購入した色紙。「一期一会」と書いてあります。最初の「一」がすごいですね。

「銀河のお話し」の状況設定と同じです。

夜空はなぜ暗いのか?

朝昼晩。僕たちの暮らしはいつものようにやってきて、いつものようにすぎていく。特にそれを不思議とは思わない。1日の中で風情を感じるのは、人それぞれだろうが、夜のことが多い。学校やお勤めが終わり、家に帰る。ひとときの安息を得る時間帯。それが夜だ。

では、夜はなぜ暗いのだろう? まず、そのことを真剣に考える人はいない。太陽が沈んだから暗いんだよ。まあ、それでおしまいだ。しかし、世の中には哲学っぽいことを考えることが好きな人はいる。実際、「なぜ夜空は暗いのか?」と言う問題を真剣に考えた人たちがいた(図1)。

「こんな感じかな。」

輝明は「オルバースのパラドックス」について話をまとめようとしていた。前回の天文部の部会ではエドワード・ハリソンの『夜空はなぜ暗い?』という名著に出会った話をした。とはいえ、まだパラドックスの触りを話しただけのような感じだ。もう少し説明をしないと、みんな理解してくれないだろうと思っていた。「誰にでも分かりやすく。」どんな話にも要求されることだ。しかし、それがすごく難しいことを輝明は知っていた。天文部の部長はつらい・・・。

いつもの放課後

やや肩を落とし気味に部室に入ると、優子が来ていた。

「優子、昨日のオルバースのパラドックスの話はどうだった? だいたい、わかったかな?」
「はい、星が足りないから夜空が暗い。」
「うん、大丈夫だ。ただ、このパラドックスをスッキリ理解するのは難しい、何しろ、ほとんどの本の解説が間違っているぐらいだ。」
「それにはホントに驚きました。天文の中でも宇宙論は人気がありますし、みんなよく理解したいところなんじゃないでしょうか。」
「僕もそう思う。ということで、今日はもう少し、オルバースのパラドックスの話を続けることにしよう。」
「はい。」

オルバースのパラドックス

「復習だ。「オルバースのパラドックス」を確認しておこう(図1)。」

図1 オルバースのパラドックスの説明。(左)夜空は暗いという観測事実。(右)宇宙は無限に広く、星も無限個あるという仮定をすると、夜空は明るく輝いて見える。ところが、左の観測事実とは合わない。これがオルバースのパラドックスと呼ばれるものである。なお、宇宙の一様性(星や銀河の空間分布に大きな偏りがないこと)も仮定されているが、大きな影響を与えないので、この図に入れていない。

「仮定されていることは次の三つだ。

1. 宇宙は無限に広い
2. 宇宙には無限個の星がある
3. 星(銀河)は一様に分布している(図1には入れていない)

これらの条件があると、夜空を見上げれば、必ず一個の星に出会ってしまう。そのため、夜空は明るく輝くはずだ。ところが、夜空を見上げればわかるように、暗い。それは、なぜか? これがオルバースのパラドックスだったね。」
「はい。そうです。」

オルバースのパラドックスの歴史

「ついでながら、歴史を振り返っておこう。オルバースのパラドックスに深く関連する人は六人いる(図2)。」

図2 「オルバースのパラドックス」の議論に貢献した六人。 トーマス・ディッグス(左上)、ヨハネス・ケプラー(右上)、エドモンド・ハレー(中左)、ジャン=フィリップ・ロワ・ド・シェゾー(中右)、ヴィルヘルム・オルバース(下左)、ヘルマン・ボンディ(下右)。 https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Digges/ https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨハネス・ケプラー#/media/ファイル:Kepler.png https://ja.wikipedia.org/wiki/エドモンド・ハレー#/media/ファイル:Edmund_Halley.gif https://ja.wikipedia.org/wiki/ジャン=フィリップ・ロワ・ド・シェゾー https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴィルヘルム・オルバース#/media/ファイル:Heinrich_Wilhelm_Matthias_Olbers.jpg http://t2.gstatic.com/licensed-image?q=tbn:ANd9GcQ_HHAsfonFGMOcYe7NE5XjeoKGm93D8_MsmqtEtAWJo2XMf7plX6jLz7GpLW9RKvXt

「オルバースだけじゃなかったんですね。」
「簡単な考察の内容は表1にまとめたので見てほしい(表1)。」

文献の説明;(1)トーマス・ディッグス(1546-1595) 『天体軌道の完全な記述』(1576年)。これは地動説を提唱したコペルニクス(1473-1543)の著書『天球の回転について』の英語翻訳版であるが、そこに付け加えられた議論の中にある。(2)ヨハネス・ケプラー(1571-1630) 『星界の使者との対話』1610年。(3)エドモンド・ハレー(1656-1742) 『恒星の天球の無限性について』1720年。なお、ハレー [Halley] はハリーで紹介されることがある。発音としてはハリーであるためである。(4)ジャン=フィリップ・ロワ・ド・シェゾー(1718-1751) 『1743年12月および1744年1月、2月、3月に出現した彗星の論考』(1744年)の付録である「光の強さとエーテル内での伝播、そして恒星までの距離について」という論考、(5)ヴィルヘルム・オルバース(1758-1840) 『宇宙空間の透明度について』(1823年)。論文の投稿日は1823年3月7日。(6)ヘルマン・ボンディ(1919-2005) 『宇宙論』(1952年。この本はペーパーバックで原著が購入できる。この本とは異なるが、ボンディの一般向けの解説書で日本語に翻訳されたものがある。『ひろがる宇宙 その絶え間なき変遷』(ハーマン・ボンヂ[註 ハーマン・ボンディのこと]、小尾信彌 訳、河出書房新社、1968年)である。この本でもオルバースのパラドックスの解説が出ているが、誤っている。

「この表を見て分かるように、最初にこのパラドックスを提示したのはオルバースじゃない。だから、オルバースのパラドックスと呼ぶのはおかしい。」
「たしかに、そう見たいですね。オルバースの論文が出る約80年も前にド・シェゾーが同様の議論をしています。その意味では、「ド・シェゾーのパラドックス」でもよかったのかな?」
「結局、表1の六番目に登場するボンディが宇宙論の本の中で「オルバースのパラドックス」と紹介したために、その名前が定着したんだ。」
「歴史の「あや」としか言いようがないですね。」

「このパラドックスは宇宙論と深く関係しているから、現在でも、多くの天文関係の本で紹介されている。それについては前回、付録にまとめておいたので参考にして欲しい。」
「あの三つの表を読むのは大変でした。」
「そうか、全部読んでくれたんだね。ありがとう。」
「でも、勉強になりました。まさか、あそこまで説明が本によって違うなんて思いもよりませんでした。」
「何事も、自分で確認することが大切なんだと思うよ。」
「はい、肝に銘じます!」

「科学にパラドックスは存在しない。」

「英国の物理学者、ケルヴィン卿(本名はウイリアム・トムソン、1824-1907)が語った有名な言葉がある。

「科学にパラドックスは存在しない。」

(『Baltimore Lectures on Molecular Dynamics and the Wave Theory of Light』Lord Kelvin, Cambridge University Press, 1904, p.37)

まったく、この言葉のとおりだ。パラドックスを認めるなら、そこに科学はない。パラドックスは日本語では「背理」とか「逆理」と呼ばれている。一見正しそうな仮定をしたにもかかわらず、予想とは異なる結果を招く。この狐に摘まれたような状態を引き起こすのがパラドックスだ。」
「パラドックスを紹介した本もよく見かけます。」
「では、なぜ世の中にはたくさんのパラドックスがあるのだろうか? それは、採用した仮定の中に正しくないものが含まれているからだ。それを見極めることができれば、パラドックスは解消する。」

オルバースのパラドックスを解いてみる

「オルバースのパラドックスでも、仮定の吟味から始まった。このパラドックスの場合、実は簡単だ。なぜなら、キーワードは「無限」だけ! 宇宙は無限に広いから星も無限個ある。とりあえず、星の一様分布は放っておいてよい。」
「ということは、無限を排除すればいいんですね?」
「そういうこと。ところが、ちょっと厄介だ。」
「?」
「なぜなら、無限から有限に変更すべき物理量が複数あるからなんだ。リストアップすると、次のようになる。」

[1] 宇宙空間の有限性
[2] 宇宙年齢の有限性
[3] 星の寿命の有限性
[4] 星の個数の有限性
[5] 光速度の有限性

「ここまでが、有限性に関する項目だ。このほかに、次の三つの項目も考慮される。」「うわあ、まだあるんですか・・・。」

[6] 星や銀河の非一様な空間分布(階層構造の効果)
[7] 宇宙空間にある物質による吸収の効果
[8] 宇宙膨張の効果

「[6] たとえば、天の川銀河の場合、すべての星が星団として分布している場合、星団のある方向だけ明るく見えることになる。宇宙の場合、すべての銀河が集団(銀河団)で存在していると、やはりその方向だけ明るく見える。宇宙の大規模構造として観測されてはいる。ただ、夜空の明るさに効果があるわけではないので、考慮する必要はない。」
「助かります。」

「[7] 天の川銀河の場合は星と星の間には星間ガスがある。ガスもダスト(塵粒子)も光を散乱したり吸収したりするので、背景からやってくる天体の光を暗くする効果がある。宇宙では銀河と銀河の間に銀河間ガスがある。しかし、星間ガスも銀河間ガスも密度が低いので、星や銀河の見え方に大きな影響を与えることはない。」
「じゃあ、これも無視ですね。」
「ただ、ド・シェゾーやオルバースの時代ではこれらのガスの影響が不明だったので、彼らは夜空が暗い原因をこの吸収で解釈した。覚えておいてあげないと、彼らが可哀想だね。」
部長の優しさに、優子はホロっときた。

「さて問題の宇宙膨張だ。[8] ボンディが『宇宙論』(1952年)のなかで、宇宙膨張説を提唱したことでこのアイデアが広く受け入れられることになった。しかし、宇宙膨張による赤方偏移で遠方の銀河の放射が弱まる効果は、実は夜空の明るさにはほとんど影響しないんだ。そもそも宇宙における星や銀河の個数が少なすぎて、夜空は暗い。その状況に赤方偏移の効果を加えても、しかたない。」
「つまり、無視していい効果なのに、宇宙膨張説が巷でははびこっているんですね。」
「困ったことだと思う。なぜなら、子供向けの本でも宇宙が膨張しているから夜空が暗いと説明しているものがある。さすがに胸が痛んだよ。」
それを聞くと、優子もしんみりせざるを得なかった。

星の個数が足りない

「前回の部会のとき、優子はこのパラドックスの解き方を一発で当てたよね。」
「はい、夜空を明るくするほど、この宇宙には星がない。これが私の思いついた答えでした。」
「今、聞いても惚れ惚れするよ。これほど、単純で明快な答えはない。夜空が暗い。それなら、星が少ないのは自明だ。」
「そう言われてみれば、たしかにそうですね。」
「ただ、星が本当に足りないかどうか、計算で示す必要がある。それが、少し面倒だ。」
数学があまり好きでない優子は、気持ち後退りした。
それを見た輝明は優子を励ますように言った。
「いや、それほど複雑な計算じゃない。原理だけ簡単に説明するよ。」
「はい。」

「オルバースのパラドックスで出てくる業界用語なんだけど、「背景限界距離」というのがある。」
「ガアーン! ぜんぜん、聞いたことがありません。」
「じゃあ、物理で使われる「平均自由行程」は?」
「あ、なんとなく知ってるかも。」
「たとえば、電子が、ある密度のガスの中を運動していくとする。電子がガス粒子に一回衝突するまでの距離を平均自由行程と呼ぶ。これと同じ考え方をすると、背景限界距離を定義することができる。」
「なるほど、星がいっぱいあれば、ずうっと遠くまで見ていくといずれ背景限界距離に到達する。そして、そのとき、夜空は星で埋め尽くされるんですね?」
「はい、そのとおり。天の川銀河の場合、天体は星、宇宙の場合は銀河を使う。図3にまとめておいたから、後で見ておいて。」
「はい。」

図3 背景限界距離Lを計算して、夜空が明るく輝くかどうかをチェックする方法。(上)天の川銀河(銀河の場合は宇宙)の大きさが背景限界距離より大きければ夜空は明るい。(下)一方、天の川銀河(銀河の場合は宇宙)の大きさが背景限界距離より小さければ夜空は暗い。

「結局、背景限界距離を計算することが大切だったんですね。天の川銀河の大きさが背景限界距離より小さければ、まだ夜空は星々で埋まっていない。だから夜空は暗い。宇宙の場合は、光源は銀河になりますが、やることは一緒。宇宙の大きさが背景限界距離より小さければ、まだ夜空は銀河で埋まっていない。だから夜空は暗い。こういうことですね?」

「めでたし、めでたし。これでオルバースのパラドックスが無事に解けた。」

と思いきや・・・

「それほど複雑ではなかったように思いましたが。」
「たとえば、宇宙の大きさが無限大ではなく、有限の大きさだったとしよう。星の個数も有限個だとすると、オルバースのパラドックスで仮定されている重要項目は捨て去ったわけだ。」
「はい。」
「ところが、この段階では、まだ夜空が明るいか暗いかわからないんだ。」
「えっ? どういうことですか? 宇宙の大きさも星の個数も有限なので、夜空は暗いんじゃないですか?」
「そう思いたいところだ。しかし、仮に星の個数が有限の場合でも、夜空を明るくするほど星がある可能性を否定できないだろう? (図4)」
「あっ! 確かにそうです。そうか、それで背景限界距離を計算するんですね。」「そういうことだったんだ。お疲れ様でした。」

二人はお互いに深々と頭を下げた。

図4 宇宙の大きさ、星(銀河)の個数が有限でも、夜空を明るくするほどの星があるかどうかを調べる必要がある。そのためには、背景限界距離を計算し、宇宙の大きさと比較して結論を出すことになる。

一期一会の本は分厚いことが多い

「ところで、最初の方でケルヴィン卿の言葉を紹介したね。「科学にパラドックスは存在しない。」というやつだ。この言葉が出ている本をここに持ってきた(図5)。」「すっごい、分厚いですね。」
「700ページある。」
「なんと・・・。」

図4 『Baltimore Lectures on Molecular Dynamics and the Wave Theory of Light』(Lord Kelvin, Cambridge University Press, 1904)。

「ハリソンの『宇宙はなぜ暗いのか?』は400ページ。欧米の教科書や解説書は分厚い傾向にあるような気がする。著者も大変だけど、読者も大変だ。ただ、ものすごく詳しくしっかり書いてあるので、深く理解できるように感じる。」
「読む前から、気合い入っちゃいますね。」

優子は優しくなでるように、ケルヴィン卿の教科書を手に取ってページを開いた。


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(1)『夜空はなぜ暗い?』 by エドワード・ハリソンhttps://note.com/astro_dialog/n/n74ec5fa3dc93


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