「宮沢賢治の宇宙」(24) 銀河の発電所って何ですか?
賢治の発電所
宮沢賢治は「発電所」に関心を持っていたようだ。発電所の種類としては、「海力発電所」、「潮汐発電所」、そして「銀河の発電所」の三種類が出てくる。天文学者としては銀河の発電所が気になるところだ。
しかし、それより気になるのは、私たちが耳にする発電所が出てこないことだ。「知っている発電所は?」と聞かれたら、普通は「水力発電所」、「火力発電所」、そして「原子力発電所」の三つを挙げる。最近では「太陽光発電」、「風力発電」も人気がある。
賢治は1896年生まれで、1933年に亡くなった。つまり、明治の終わり、大正、そして昭和の初めに生きていた人だ。賢治の生きていた時代では、発電の方法はかなり限られていた。実際のところ、賢治の時代に存在していた発電所は水力発電所だけだ(第一号は1891年、明治24年に稼働した、京都にある蹴上発電所)。一方、火力発電は1960年代、原子力発電は1970年代に入ってからの稼働だ。
「海力発電所」も「潮汐発電所」もない。ましてや、「銀河の発電所」は意味不明ときている。賢治の発想力には脱帽だ。
潮汐発電所
さて、潮汐発電所だが、これは、童話『グスコーブドリの伝記』に出てくる。
潮汐発電所が全部完成しましたから、火山局では今年からみなさんの沼ばたけや果樹園や蔬菜(そさい)ばたけへ硝酸肥料を地方ごとに空中から降らせることにいたします。 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、63頁)
潮汐発電(潮力発電)は潮汐(潮の満ち引き)で上下移動する海水の運動エネルギーを使って発電する。最初に実用化されたのはフランスにあるランス潮力発電所で、開業は1966年11月。なぜ、賢治が数十年も前に潮汐発電所のことを思いついたのかは不明だ。
海力発電所も『グスコーブドリの伝記』の中に出てくるが、で海力→潮汐への変更の跡があることから(159頁下段の最後の方)、潮汐発電所と同じものと考えてよい。
賢治が生まれた花巻や、青春時代を過ごした盛岡は内陸にあり、海を見ることはできない。しかし、賢治は波の持つパワーを知っていた。直接体験したわけではないが、津波がある。賢治は1896年8月27日生まれだが、その年の6月15日、三陸大津波(明治三陸地震)があった。津波の最大高さは38メートルを超え、流出家屋は約1万戸、死者も二万人を超えた。
津波の知識が潮汐発電所のアイデアに繋がったのかもしれない。今から百年前、賢治は自然の恵みの中から、エネルギーを産み出すために「海の波」を選んだのだ。ところで、賢治が亡くなった1933年には昭和三陸地震があり(3月3日)。こちらも甚大な津波被害がもたらした。偶然だが、賢治と津波には縁がある。
銀河の発電所
「銀河の発電所」。この発電所は『春と修羅 第二集』三六九 「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」に出てくる。
銀河の発電所や西のちぢれた鉛の雲の鉱山あたり
とび乗りのできないやつは乗せないし
とび降りぐらゐやれないものは
もうどこまででも連れて行って
北極あたりの大避暑市でおろしたり
銀河の発電所や西のちぢれた鉛の雲の鉱山あたり
ふしぎな仕事に案内したり(『【新】校本 宮澤賢治全集』第三巻、筑摩書房、1996年、228頁)
これを読むと、発電所としての機能に着目しているわけではない。まったく逆で、仕事のきつい、収容所のような場所として「銀河の発電所」を設定している。こうなると、賢治が何をイメージして「銀河の発電所」という言葉を使っているのかわからない。
さて、もうひとつ面白い文章がある。それは『詩ノート』一〇五六 〔サキノハカといふ黒い花といっしょに〕 の最後の行に出てくる。
銀河をつかって発電所もつくれ (『【新】校本 宮澤賢治全集』第四巻、筑摩書房、1996年、236頁)
どうやって、銀河を使えというのだろう。普通の感覚では、銀河が発電を行うようなことをすると考える人は少ない。というか、いない。 賢治は、銀河が何らかのエネルギーを産み出す能力を持っていると感じていたのだろうか? それはそれとして、ひとつの謎だ。夜空に天の川を見て、そこに強大なエネルギーを感じる人はほとんどいないと思う。
星? ブラックホール?
宇宙にある発電所として思い浮かぶのは、実は星ではないだろうか? 発電の方法は熱核融合である。人類が利用している原子力発電は核分裂だが、星はそんな面倒なことはしない。星はとても重いので中心部には安定した核融合炉を配置できる。そのため、大量にある水素原子核(陽子)をヘリウム原子核に熱核融合してエネルギーを産み出している。しかし、これがよく理解されるようになったのは1939年。賢治の没後、6年も経っていた。
こうしてみみると、星の内部で起こる熱核融合が史上最強の発電所のように思うかも知れない。しかし、それは人の浅知恵。宇宙で最強の発電所はブラックホールを利用した重力発電所だ。熱核融合の数十倍の効率でエネルギーを産み出せる。
以上のことから、天文学者としての見解は、銀河の発電所としてはブラックホールによる重力発電所を採用したい。この発電所の有効性が理解されるようになったのは、1960年代のことだ。そもそもブラックホールという言葉が世に出たのは1967年のことだった。
賢治の時代、あまりよい発電所はなかった。賢治の苦労が偲ばれる。
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