天文俳句 (6)如月の季語にしたいやカノープス
岩手山の夜景 (撮影:畑英利)
『星戀』(野尻抱影、山口誓子、深夜叢書社、1986年)のカバーhttps://www.nippon.com/ja/japan-topics/b07224/
『星戀』はどのぐらい売れたのか?
「山口誓子と野尻抱影の共著『星戀』を天文俳句の教科書として読んでみた。おかげで天文俳句の世界を垣間見ることができた。」
「まさか『星戀』というタイトルの本が出ているというのは驚きでした。もちろん、天文ファンとしてはとても嬉しいですが。」
「ホントだね。僕も古書店でこの本に出会ったときは、一瞬、目を疑ったぐらいだ。」
「かなりマニアックな本ですが、どのぐらい売れたのか気になりますね。」
「そうだね。発行部数は知らないけど・・・。
ただ、現在では、中公文庫として発売もされている。天文ファンは少ないけど、俳句ファンは多いから、俳句路線で売れている可能性はあるね。」
「そうですね。そうだと嬉しいです。
そもそも、山口誓子は俳句ファンにとっては馴染みの人でした。」
「あと、『星戀』というタイトルは人の目を惹きつけるんじゃないだろうか?」
「おおあり、だと思います。星を嫌いな人はあまりいないと思います。また、戀を嫌いな人もいない。」
「恋が旧漢字の「戀」になっているところが、また渋いね。」
「読めない人もいそうですね。」
戀する星はカノープス
「ところで、恋する星がカノープスだったことにも意表を突かれた。『星戀』の意味するところは「星に戀する俳句」という意味だと思っていたせいだけど。」
「私もそう思っていました。」
「見たいけど、見えない星。たぶん、カノープスはその最右翼の星だと思う。昨日も話題に上がったけど、東京での最大高度は2度ぐらいしかない。ちょっとでも雲があれば見えないし、そもそも地平線の上に出ている時間も短い。東京界隈でカノープスを見るのは至難の業だと思うよ。
昨日見せた写真だけど、今一度見ておこう(図1)。」
「うーん、この星を見つけられるかなあ・・・。」
優子はまったく自信がなさそうだ。
「シリウスに次いで全天で2番目に明るい星とは思えないね。」
「でも、それだから、みんなこの星を見たくなるんでしょうね。」
「地平線の上に出ている時間が短いとすれば、カノープスの観測できる期間はかなり限られている。野尻抱影の『星座巡礼』(研究社、昭和14年)という本にカノープスの話が出てくるけど、二月の星になっている(図2)。」
「昨日、ネットで調べたんですが、国立天文台のホームページにカノープスの探し方が出てました(図3)。」
「おお、これはわかりやすいね。国立天文台のホームページに出ているということは、やっぱりカノープスを見てみたい人が多いんだね。」
「私もそう思いました。」
如月(二月)の季語にしたいやカノープス
「二月上旬、ほんのわずかな期間、地平線上に見える。カノープスはなんだか二月の季語になるようだね。」
「たしかに。」
「ためしに、次のような俳句を詠んでみた。」
山の端の何処にあるやカノープス
「あっ、いい句ですね!」
「しかし、この句には季語がない。だから、「無季」の俳句になってしまう。」
「そうか、残念。でも、以前読んだ俳句の本に「無季」の俳句もありだと書いてありました。俳人の藤田湘子の意見です。」
私は、自分では無季俳句を作らないが、無季の句も俳句と認めている。 (『新版 20週俳句入門』藤田湘子、角川書店、2010年、78頁)
「なるほど、参考になる意見だね。有季定型が俳句の基本であることは確かだと思う。
そういえば、自然科学の世界では「統一モデル」が高く評価されているよね。ひとつのモデルで森羅万象が理解できるという理想があるからだ。でも、文芸などの芸術ではどうだろう。統一モデルは意味がないような気がする。作者のオリジナリティを高く評価したいからだ。
また、芸術は「受け手」の意見も大事だと思う。見る人、聴く人、読む人の意見だ。もともと、俳句は連歌の発句だった。主人がお客さんをお招きして連歌を楽しむ。発句は主人の担当だけど、お招きした人に対する挨拶だ。そこには当然、時候の挨拶が入る。そういう歴史を考えると、季語はあったほうがいいんだろうね。」
「星や星座を季語にする工夫があるといいですね。」
輝明も優子もしばし、沈黙し、考え込んだ。
輝明はふと野尻抱影の言葉を思い出した。『天体の話』(野尻抱影、講談社、昭和23年)の「まえがき」に出ていた言葉だ(図4)。
まったく星ぐらい、清らかな楽しみを与えてくれるものはありますまい。
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