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一期一会の本に出会う(20) 最近、蛾を見なくなったわけ

最近、蛾を見かけないけど、どうしてだろう?

少年時代、蝶の採集に凝った。だから、蝶は大好きだ。では、蛾はどうか? 実は、好きではない。体毛が生えているからだろうか? 幼虫時代も蝶は体毛がないが、蛾の幼虫は毛がモコモコ生えている。どうも、その様子があまり好きではないのだ。

ふと気づくと、最近、あまり蛾を見かけなくなった。蛾は好きではないので、特に問題はない。しかし、不思議だ。

確かに、私の住んでいるマンションは街の中にある。そういうエリアでは、昆虫は少ないだろう。だが、そもそも蛾の個体数が減った可能性もある。もしそうなら、その理由を知りたいところだ。

そんなことを考えていたら、一冊の本に出会った。

『暗闇の効用』

それは『暗闇の効用』(ヨハン・エクレフ 著、永盛鷹司 訳、太田出版、2023年)という本だ(図1)。タイトルが面白い。一般に暗闇は嫌われるものだ。しかし、著者は効用があると主張するから『暗闇の効用』というタイトルになっているのだろう。いったい、どんな効用があるのだろうか。この疑問に誘われ、読んでみることにした。 

図1 『暗闇の効用』(ヨハン・エクレフ 著、永盛鷹司 訳、太田出版、2023年)の表紙。 

天文学者は暗闇を好む

天文学者は暗闇の効用を大切に思っている。夜空が明るければ、星や銀河は観測できない。夜空は可能な限り暗い方がいいのだ。

しかし、現状は厳しい。街の灯りはどんどん明るくなる一方なので、天体観測には支障が出てきている。これは「光害」問題として数十年前から指摘されている。天文学の発展には暗闇の効用が必要なのだ。著者のヨハン・エクレフはコウモリの研究をしている生物学者だが、この天文学における光害問題にも言及してくれている。

最近、蛾を見かけないけど、どうしてだろう?

ここで、冒頭の問題に立ち返りたい。なぜ、最近あまり蛾を見かけなくなったのだろう? 考えてみれば子供の頃は周りにたくさんの昆虫がいた。朝、学校に行くときはモンシロチョウやモンキチョウ、ムギワラトンボにシオカラトンボが飛んでいた。そしてバッタも跳ねていた。日が暮れて、灯をともす頃には蛾が飛び始める。街灯の周りには蛾が群れて飛び回っていた。それがありふれた光景だった。

一般に昆虫は光(主として紫外線)のある方向に向かって飛ぶ習性がある。走光性と呼ばれるものだ。この性質を利用し、青い色の蛍光灯を使って昆虫を誘き寄せて始末する装置(誘蛾灯)もある。

昆虫の習性は変わらないのだが、街の様子が変わったと、『暗闇の効用』では指摘する。確かにそうだ。家々は密集し、窓から漏れる光が夜の闇を軽減する。また、暗がりは犯罪につながるので、電灯がいたるところにある。街全体が明るくなったのだ。すると、蛾は困る。灯りを求めて移動し、餌を捕りにいく。ところが目指すべき場所がよくわからない。至るところ明るいからだ。そのため、蛾は餌にありつけず、不幸にも死んでいく。

蛾は(蝶もそうだが)ある種の植物の受粉を助ける。ところが、蛾が少なくなるので、それらの植物も絶えていく。また、蛾を餌にしている鳥にも影響が出る。

街が明るくなったので、私たちは安全になったのかもしれない。しかし、知らず知らずのうちに、動植物の生態系に乱れが生じていたのだ。永い目で見れば、この乱れは人類にも影響する。光合成で二酸化炭素を消費し、酸素を放出してくれる植物が減る。地球温暖化に拍車がかかるだろう。

ゴッホの《星月夜》は電灯ができる前に描かれた

『暗闇の効用』には街が明るくなったことによるさまざまな影響が紹介されている。残念ながら悪い影響ばかりだ。

1879年、実用的な白熱電球が開発された。米国の発明家トーマス・エジソン(1847-1931)によるものだ。人々の生活は便利になったが、地球の自然環境の維持には負の効果を与えることになった。

『暗闇の効用』の著者エクレフは言う。オランダ生まれの画家フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)が名作《星月夜》を描けたのは、電灯がなかったからだと。

星の灯りだけで美しい夜空があった。今の時代に生きる私たちは、それを見ることができなくなっている。描けるとすれば《街灯夜》だろうか。

闇は命の母

この本の帯に詩人の谷川俊太郎の言葉が出ている(図1)。

闇がなければ光はなかった 闇は光の母

素晴らしい言葉だ。

ここで、光を命(生命)に変えてみたい。

闇がなければ命はなかった 闇は命の母

私たちは暗闇のある宇宙だから、生まれ、育ってきたのだ。

実際、夜空は今のところ暗い。宇宙には夜空を明るくするほどの星を造るだけの物質がないためだ。

それに反旗を翻すかの如く、私たちは街灯で夜を明るくしている。何か、道を間違えているのかもしれない。

闇に深く感謝してこのnoteを終えよう。


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