宮沢賢治の宇宙(32) 「宙宇」に見る、相対論的な賢治
宙宇の謎
宮沢賢治は自分の思いつきで新たな言葉を使うことがあった。特に説明なしで使われるので、読者にはすぐ理解できない言葉も多い。そのひとつの例が「宙宇」だ。『詩ノート』付録〔生徒諸君に寄せる〕〔断章五〕に「宙宇」が出てくる。
宙宇は絶えずわれらに依って変化する (『【新】校本 宮澤賢治全集』第4巻、筑摩書房、1995年、298頁)
賢治にとって「宙宇」は「宇宙」のことだが、なぜか「宇」と「宙」の順番が逆転している。
それはさておき、この文章を読むと、賢治は宇宙と私たちは相互作用し、ひとつになって変化する描像を抱いていたようだ。賢治の信じていた、法華経的な宇宙観なのだろう。
「宙宇」はこのほかに下書き原稿で2回使われている。
〔日はトパーズのかけらをそゝぎ〕下書稿(一)
古い宙宇の投影である。(『【新】校本 宮澤賢治全集』第3巻、校異篇、筑摩書房、1996年、162頁)
〔薤露青〕下書稿(六)
もしこのそらの質の宙宇(『【新】校本 宮澤賢治全集』第3巻、校異篇、筑摩書房、1996年、270頁)
註: 索引には『インドラの網』の下書きに2箇所「宙宇」が出ているとされているが、該当はない(『【新】校本 宮澤賢治全集』第9巻、校異篇、筑摩書房、1996年、134、135頁)。なお『インドラの網』の下書き情報がある132-140頁までを調べてみたが「宙宇」を見つけることはできなかった。
一方、「宇宙」の方は、『【新】校本 宮澤賢治全集』の索引を調べてみると、一回しか使っていない。童話『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』に登場する博士の言葉に「宇宙」が出てくる。
「げにも、かの天にありて濛々たる星雲、地にありてはあいまいたるばけ物律、これはこれ宇宙を支配す。」 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第8巻、筑摩書房、1995年、316頁)
下書き稿を含めれば「宙宇」が3回、「宇宙」が一回使われている。単なる間違いではなく、意識的に「宙宇」を使っていると考えてよい。何らかの意図を持って賢治は「宇」と「宙」の文字を逆転させたのだ。その理由を考えてみよう。
「宇宙」の意味
じつは、この逆転は、天文学者としてはよくわかる。
そもそも宇宙という言葉は中国の戦国時代に諸子百家の『尸子(しし)』で最初に使われたと言われる(紀元前四世紀)。一般には漢の時代に編纂された書物『淮南子(えなんじ)』に起源を持つと言われるが、こちらは紀元前二世紀頃なので、『尸子(しし)』の方が早い。これについては以下を参照されたい:『宇宙観5000年史』(中村士、岡村定矩著、東京大学出版会、2011年)。
さて、『尸子(しし)』によれば、「宇」と「宙」には、それぞれ以下のような意味がある。
宇=天地四方上下=空間
宙=往古来今(過去、現在、未来)=時間
つまり、あらゆる空間と時間を包括するものとして宇宙があるのだ(図1)。
賢治は「時空」を大切にした
私たち科学者は空間と時間をまとめて「時空」と表現する。じつは、この言葉に従うと、「時」=「宙」、「空」=「宇」の関係から、「宙宇」になる(図2)。「時空」は「宇宙」ではないのだ。
賢治はアインシュタインの相対性理論も勉強していたので、「時空」という言葉に慣れ親しんでいた。そこで敢えて「宙宇」にしたのだ。そう考えれば、「宙宇は絶えずわれらに依って変化する」に疑問はない。
「世界」は「時空」
私たちはよく「世界」という言葉を使う。世界とはなんだろうか?
もともとはインドのサンスクリット語が起源の言葉だが、中国で漢語に訳されたとき、「世界」になった。そして、それが日本に伝わったものである。
「世界」という言葉を分解してみると、次のような対応関係がある。
世=時間
界=空間
つまり、「世界」=「時空」である(図1)。世界は宇宙より相対論的だったのだ! ちなみに賢治は作品の中で「世界」を20回以上も使っている。
力丸光雄の「χへの手紙」
2019年9月末に神田神保町で洋々社の刊行した『宮沢賢治』全十七巻がセットで売られていた。早速、買い求め、自宅で最初から読み始めた。すると、“宙宇=時空”の関係を指摘した記事を見つけた。『宮沢賢治 第6号』(1986年)にある力丸光雄(元岩手医科大学教授)の「χへの手紙」だ。
賢治の作品にはどうしても理解できない部分があると感じている人が少なくありません。わたしは、それは賢治が宙宇(時空)の旅行者(トラベラー)だったからではないかと思ってます。 (22頁)
私が気づくようなことは、先人の方々が既に気がついていた。
勉強あるのみ。つくづくそう思う
ご利益のある一枚の色紙
最後に色紙を一枚(図3)。花巻の林風舎で買い求めたものだ。
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