オイレンシュピーゲルとスプライトシュピーゲルの4巻を読んだ


俺はオイレンシュピーゲルとスプライトシュピーゲルの4巻を読んだ。
それぞれの3巻を読んでから余裕で数年時間が空いているし、なんならスプライトの3巻はほとんど内容を覚えていない(理解できていないと言うべきかも知れない)が、とにかく俺はこの度どちらもの4巻を読んだ。

超面白かった。

『シュピーゲル』は別々の組織に所属する二つの組織をそれぞれ主役に据えたシリーズもので、世界観がリンクしている。リンクしているどころか、完全に同時性を持って展開される。
両シリーズの4巻は「二つの事件がそれぞれ物理的に遮断された二箇所で同時に勃発し、やがてそれらの事件が二つで一つのものである事が判明していく」という構成になっている。
一見二つの別々に見える一つの事件を小説二冊分を使って別々の視点で描いているわけで、かなり入り組んでいて複雑なことになる。正直俺も細々した部分はなんか雰囲気だけで読んだし、多分読み終わって少ししたら内容が完全にわからなくなるだろうという確信めいた予感がある。

だから、忘れる前にこの俺のダチョウくらいの脳みそには過大な情報量を持つこの作品の要諦とその感動を後から自分なりに思い出すための走り書きとして、ここに書き残しておくことにする。

今回は、そういう話をする。


シュピーゲルシリーズとは


記事としての体裁を保つために、また俺自身のめちゃくちゃしょうもない記憶力をなんとか繋ぎ止めるために、このシリーズの概要にも少し触れておく。

シュピーゲルシリーズは、『マルドゥック・スクランブル』などで知られる冲方丁が発表したライトノベル作品であり、オイレンシュピーゲルとスプライトシュピーゲル、そして二つのシリーズが合流するテスタメントシュピーゲルの三つのシリーズから構成される。

オイレンシュピーゲルとスプライトシュピーゲルは世界観、時系列が相互にリンクした別々の作品がそれぞれ別の出版社から発刊されている(オイレンがスニーカー文庫、スプライトが富士見ファンタジア文庫)という俺の狭い見識の限りではあまり他に聞いたことのない珍しい試みがされたシリーズで、超面白い。

作品自体は2007年に最初に発表され、作中の時代設定は2016年となっている。ジャンル的には、かなり近い未来を描いたSF作品ということだ。

舞台となるのは国連管理都市ミリオポリス。かつてはウィーンと呼ばれていた都市だが、この作品中では何かこう色々あって、そういう名前に変わっている。

この未来のウィーン=ミリオポリスはバチクソ終わっており、ものすごいテロや犯罪が日夜起きていてどうしようもなく、都市内での年間の銃死者数が何年だか続けてロケット燃料の発火温度と全く同じ数値をマークした事から『ロケットの街』と呼ばれている。まさしく火薬庫みたいな街なのだ。
ミリオポリスではその犯罪とテロの増加と都市内での極端な少子高齢化によって、児童労働と身体障害児に対する人体の機械化が認められている。
身体を機械化された児童は、『特甲(トッコー)』と呼ばれる特殊なサイボーグボディを与えられて都市内の警察や公安組織に配属されたり、軍に配属されて各地の紛争地帯に送られたりする。

このシリーズは、身体に障害を負い、かつ家族からの十分な支援や保護を受ける事ができずに自らの身体を機械化して都市の労働力となる事にしか生きる道を見出す事ができなかった六人の少女が主役となる。
作品の形態はライトノベルだが、オイレンシュピーゲルのあらすじに書かれている通り、この物語にはあまり「軽い(ライト)」とは言えない通底した「グロテスクさ」がある。
それは血肉飛び交うハードな戦闘描写でもあり、同時に彼女達を取り巻く過酷な環境であり、彼女達全員が持つ残酷な過去であり、彼女達が身を置く苛烈な戦場そのものを意味しているのだ。


オイレンシュピーゲルについて


以上の通り、本シリーズは人体をサイボーグに改造した少女達を主役としており、彼女達は都市の労働力として組織に従事している。

オイレンシュピーゲルの主役となる三人は、ミリオポリスの警察組織である(ということになるんだと思う。組織図とかがでてるんだけど、俺にはよくわからない。俺は雰囲気で小説を読んでいるからだ)ミリオポリス憲兵大隊(MPB)に所属する機械化小隊≪猋(ケルベロス)≫の構成員である。

主役の三人は三人とも14、15歳くらいの子供だが、完全に労働力として扱われているため、めちゃくちゃ危険なテロの現場に突っ込んでいく。
だが彼女達は彼女たちで各々が『特甲』によってサイボーグ武装していてめちゃめちゃ強く、テロリストとかを千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りを演じ、かと思えば警察の広報活動の一環としてコスプレエロ衣装を着せられて街宣車に立って笑顔を振り撒く宣伝任務をやらされたりもする。とにかく危険だし過酷な仕事なのだ。
俺のテンションが上がるので、簡単な人物紹介をしておく。

涼月・ディートリヒ・シュルツ
≪猋≫小隊の小隊長であり、突撃手。
両腕を殴ったものを吹き飛ばすミサイルみたいな武装に換装する。
生まれながらに末端神経症を患っていたが、障害をタブー視する両親が病院に連れて行かなかったために生きながらにして手足が腐れ落ちて死にかける。その後動かない手足のまま地を這ってみずから病院へ行き、そのまま市に保護されてサイボーグ化され、憲兵大隊に配属された。
この経歴から『氾濫したドナウ川くらいガッツに満ちている』と言われるくらい闘争心と根性に溢れているが、その原動力となる怒りは自らの不遇な生まれと、自分よりも幸せな者たちへの強い劣等感からくる反骨精神と同源であり、時たま暴走する。14歳にしてタバコを愛飲しているが、本質的には真面目なタイプだ。

陽炎・サビーネ・クルツリンガー
≪猋≫小隊の狙撃手。
狙撃の腕は凄く、多分ヴァン・オーガーくらい遠くからでも狙撃できる。
ライフル愛好家の父のもとで育ち、幼少期に父の起こしたライフルの暴発事故によって四肢に障害を負う。
罪の意識に駆られた父親から甲斐甲斐しい介護を受けるが、父の愛情は娘の成長に伴って次第に歪なものに変わっていき、やがて肉体関係に発展する。父の娘との不貞が母に発覚した事により家庭は崩壊。父親は自殺し、天涯孤独となって保護される。
この経緯から年上好きであり、年上の男を破滅させたいみたいな性癖がある。かなりヤバいタイプの女だ。

夕霧・クニグンデ・モレンツ
≪猋≫小隊の遊撃手。
古き良き不思議ちゃんの電波キャラであり、仕事中に突然不謹慎なオリジナルソングを全体通信の回線に乗せて大声で歌ったりする。
ママと二人貧しいながらも幸せに暮らしていたが、ママは貧しさのためにかなりヤバい仕事に手を染めて追われる身となってしまう。夕霧のママは娘を生かすための唯一にして究極の選択として、わざと「生き残って障害が残る程度の負傷をするように」厳密な計算の上娘を児童福祉局のビルから突き落とし、夕霧が市の所有物となって保護されるように画策した。
夕霧はママの愛と生存を疑っておらず、彼女が残した電池の切れた携帯電話でママとお喋りしている。大分かわいそうなタイプの電波キャラだ。


オイレンシュピーゲルはこの三人が主役となり、他に陽炎から狙われている渋いスナイパーのミハエル中隊長や、過去(10歳くらいの時だ)に涼月と肉体関係を持った事が明かされるふわふわしたぬいペニショタの吹雪などのキャラを交えて展開される。

オイレンシュピーゲルは、同時に展開されるスプライトシュピーゲルよりもゴア描写や性表現が多く、隊員の過去もとりわけ残酷なものになっている。また、所属する組織の特性上、基本的には「事件が起きてから、火中に頭から突っ込んで解決の糸口を掴む」という展開になるのが特徴だ。


スプライトシュピーゲルについて


オイレンシュピーゲルと同様に、こちらもまた人体を機械化した三人の少女が主役となる。
彼女達はオイレンシュピーゲルの三人が所属する憲兵大隊(MPB)とは別の指揮系統の組織であるMSSという、公安警察みたいな組織に所属している。
こいつらはドラマの『24』みたいなテロ対策組織であり、実際に『24』リスペクトで24時間刻みで一つの事件に対応する話も存在する(俺が全く内容を飲み込めなかった三巻の話)。
三人は≪焱(フォイエル・スプライト)≫という小隊に属しており、その『特甲』は特殊なもので、羽が生えており、飛べる。凄いのだ。

鳳・エウリディーチェ・アウスト
≪焱≫小隊の小隊長。ガトリング係。
ですわ口調のお嬢様キャラで、頼れるリーダー。
実際生まれとしては由緒正しい家庭のお嬢様だったが、なんやかや事故に巻き込まれて家族を失い、市に保護される。
元は小隊の新入り枠で泣き虫だったが、先輩隊員二名の殉職に伴って小隊長となり、新たに二人の部下を持つことになってからはリーダーシップを発揮して二人を守っている。
真面目だが、自分のことを好きな男の子に自分の憧れの人(男性)の話をして反応を確かめて面白がるような歳相応に幼稚でちょっとカスい一面もある。

乙・アリステル・シュナイダー
小隊の迫撃手。
両腕がヒートブレードになっており、物凄い機動力で飛び回りながら近づいて切り裂いてくる。
両親と共に搭乗した旅客機がハイジャックに遭い墜落。全乗客の中で一人だけが生き残り、市によって保護されてからは事故の後遺症を機械化して治療された。
「死ねば両親に再会できるかもしれない」という意識があり、全てを失った飛行機事故での臨死体験と両親との思い出と深く紐づけられた「ドキドキ」を求めて危険を冒しがち。

雛・イングリッド・アデナウアー
小隊の爆撃手。
飛び回りながら爆弾をばら撒いてくる。電波枠。
ボクっ娘。危機察知能力がバカ高く、ほとんど超能力じみた直感で危機を予測する。
その超能力じみた危機察知能力故に孤独だったが、『ターミネーター』を見て人生観が変わり、「危険の源は全て未来にあり、それを知らないものには説明も理解もできない」という哲学を獲得し、自衛の為に爆弾を自作。実際に察知した通り自分を巻き込む事故が発生し、爆弾も爆発し、市に保護された。なんかよくわかんねえけどやべー奴だ。


スプライトシュピーゲルはこの三人が主役だが、彼女達の所属するMSSという組織全体の物語としての傾向が強く、三人以外の周囲の大人キャラも多い。
情報戦で立ち回って「発生前にテロを防ぐ、被害を最小化する」ような話になるのが特徴で、そのため登場人物の増加に伴ってストーリーもオイレンシュピーゲルより複雑になりがちであり、俺はこれを読み解くのにかなり手こずった(スプライトだけ電子書籍で買ったので、電子書籍での読書に慣れてなかったのもある)。

四巻では三人の主要キャラの「こいつがこいつのツガイですよ!」というのが大分明確になったため、個人的にかなり読みやすくなった。ありがとう冲方丁ヨットスクール。


本題


ようやく本題に入る。

先に述べた通りオイレンシュピーゲル/スプライトシュピーゲル両シリーズの四巻はそれぞれ二つに分断された一つの事件についての物語である。
事件の発端はこうだ。

①ミリオポリス内にある国連都市で、アフリカの虐殺事件に関する戦犯法廷が開かれる。MSSは裁判が終了するまで、それに伴って召集された『六人の証人』を警護する。しかし、開廷を待たずして国連都市でテロが勃発し、証人が次々と狙われていく。(スプライトシュピーゲル)

鳳達≪焱≫の三人は、現着と同時にこの『六人の証人』達と出会い、互いに信頼関係を構築することになる。
六人の証人達は全員が国際的に権威を持った一癖あるキャラクターで、ハプスブルク家の末裔のサラリーマン金太郎みたいなおっさんや、今回の法廷で争われるアフリカの『エル・ファシル紛争』で実際に現地に赴いて捜査を行なったFBIの捜査官など、様々だ。

鳳達は彼らとゲームを行う。『世界統一ゲーム』という、各々が実在の各国家を模した一国の元首となって世界統一政府の樹立を目的として政策を打ち立て合うというTRPG的なゲームだ。
本作は至近未来を扱ったSF作品であり、恐らくは現実の国際問題と地続きの事件が取り扱われる。
2024年現在において、作中で描かれた至近未来はとうに過ぎ去っているが、俺はこの作品で扱われるような問題が、現代においてどのような経過を経たのかは知らないし、もっと言えばこの作品が作者のなんらかの偏った思想をもとに執筆されているものなのかどうかさえも判断がつかない。
その可能性を検討し、考えてみるということも出来ない。学がないというのは実に恐ろしいことだ。

だが少なくともここに集まった『六人の証人』達はこのゲームを通して各々が心から平和を望む高潔な精神を持った人物である事が示され、鳳達はゲームを通じて彼らからその意思を託される。
証人達は過去の事件における鳳達の活躍を知って、期待しているのだ。
鳳達も彼らに感化されて、その高潔さに信頼を寄せる。
そして、事件が起きる。テロリスト達から『六人の証人』を守り抜き、裁判をやり抜かなくてはならない。

②国際空港でハイジャック事件が発生する。空港内に潜伏している事件を支援する複数の組織の捜査を行う傍ら、同時に中国から亡命してきた謎の最新鋭戦闘機が国際空港に着陸する。戦闘機を狙って、中国の武装勢力が現れ、数百名の民間人を抱えた国際空港は完全に孤立する。(オイレンシュピーゲル)

こちらはかなり状況が入り乱れている。事件が発生した段階では何が起きているのか誰にも皆目分からず、おまけに一見なんの関係もない複数勢力が同時に出てくる為、俺はこの時点で既に泣きそうになっている。
スプライトシュピーゲルの方と比べて更に混沌とした状況になっており、裏表紙のあらすじのところもモンスターエナジーの変なポエム調の商品説明みたいな箇条書きになっている。「まあそうなるよなあ」といった有様だ。

オイレンシュピーゲルは涼月、陽炎、夕霧の各々がそれぞれ自身が主役の短編で問題なく主役をこなして話を回せるくらいキャラが立っていてぐいぐい動いていくので、正直詳しい状況が分かってなくてもこいつらが状況に放り込まれて、打開していくのを追うだけで読めるし、まあなんとなくの大枠は掴める。

この絶望的に入り組んだ状況で、涼月は仲間達と分断されて単独行動を余儀なくされる。その中で、涼月は旅客機をハイジャックしたテロリスト集団の一人であるパトリックと行動を共にすることを余儀なくされ、彼と共に、突如現れた中国の武装勢力によって拉致された戦闘機の女パイロットを追う事になる。
そして涼月は、拉致される間際に女パイロットが通話を試みた携帯電話を現場から見つける。

時を同じくして、国連都市では鳳も仲間達と別行動を余儀なくされてしまう。おまけに、『六人の証人』の内の一人は既に何者かによって射殺されており、その現場には同じく商人の一人でありFBI捜査官のハロルドが遺体の第一発見者となっている。ハロルドは勝手に現場検証を行い彼を保護しようとする鳳を逆に引っ張り回して証人を殺害した射殺犯を追い始める。
そして鳳は、射殺された証人が最期の瞬間まで通話を行っていた携帯電話を見つける。

そして、二人は現場に残された謎の携帯電話にそれぞれ発信する。

その通話先はそれぞれ別の事件が発生する現場であり、電話を取ったのは所属の異なる、自らと同じ特甲児童の少女だった。

国連都市における戦犯法廷と、それを巡るテロ。
国際空港でのハイジャックと、中国人パイロットの亡命。
これらの混沌を極める二つの事件が、一本の電話によって一つの事件としてつながり始める。

俺は当初「オイレンシュピーゲル四巻読んでからスプライト四巻読も」と思っていた。何故ならかつて俺の尊敬するツイッタラーが俺にエアリプでそう教えてくれたからだ。彼の言葉は月から俺の道行きを照らす一条のサーチライトなのだ。
だが、その読み方では無理だと悟った。
無理!到底無理!オイレン読み終わってからスプライト読んで、「ああこっちがこうなってる時に向こうではああだったっけなあ」みたいな読み方で状況把握するのは完全に無理!
というわけで俺はオイレンとスプライトを交互に持ち替えながら二冊一気に読むことにした。実際そういう読み方をした方がいいんではないだろうか?「あっちの事件の重要な手がかりがこっちで見つかった」みたいなの、別々に読んでたら確実にわからなくなると思うし……

ともかく、俺は涼月と鳳の電話によって互いの情報が交換されるタイミングで本を持ち替えて交互に読んだ。もしこれから「シュピーゲル読んでみよっかな〜」って人が居たらそうしてみてほしい(こんな記事を本編未読の人間がここまで読むとも思えないが)。

そんなわけで、涼月と鳳は互いに互いの事件を追いながら、離れた場所にいる明らかにそりの合わない奴と電話しながら真実に迫っていく。

涼月と鳳は、かなりわかりやすく対照的なキャラクターだ。
不良でぶっきらぼうな口調の涼月と、お嬢様でですわ口調の鳳。
それは水と油であり、平行線であり、BC自由学園における安藤と押田ということだ。
だが同時に、違うからこそ、互いの欠けた部分を補い合うこともできる。
それはいわば虎と狩人、首と絞首台、燎原の火と雹を降らす嵐、太陽と雨雲の間に存在する、流転する数奇な絆……すなわちRRRのごとく、比類なきパワーを持った二大主人公が対等に並び立つ事を意味する。

二人の置かれた状況も、極めて対照的なものになる。
鳳はFBI捜査官のハロルドと共に事件を追う。ハロルドは常に冷静で、理知的で捜査官としての適性に富んだ鳳に敬意を払いながら鳳を導いていく。
鳳も同様に、ハロルドを信頼し、リスペクトしながら共に行動する。

対して涼月はパトリックという謎だらけの男と行動を共にする。途中から、パトリックがCIAの潜入捜査官としてアフリカでの紛争に加担するテロ組織に潜入していたことがわかるが、こいつは何を考えてるかわからないし、何をするかわからない。
しかも、涼月に「劣等感のにおいがして臭い」とか言ってくる。ケツを引っ叩きながら引きずって歩くようなやり方で、涼月を導いていく。

劣等感についての言及は涼月にとってはかなりクリティカルな指摘であり、言われた瞬間うっかり涙目になるくらいダメージを受けてしまう。涼月の中にある劣等感は、このシリーズを通してずっと描かれ続けており、俺が涼月というキャラクター、ひいてはこのシリーズそのものを追いかける原動力になっているポイントの一つだ。

それから、いろいろな事が起こった

マジで色々な事が起こった。書ききれないくらい、なんか色々起こった。
もう二度とこの作品を二冊同時に読み返すことなんてないだろうから、後からさくっと見返して内容を思い出せるようにできるだけ詳細に内容を書いておこうと思ったんだけど、到底書ききれないし、なんなら書きながら既に細部の記憶が薄れていっているのを感じる。
ヤバすぎる。俺はマジでダチョウくらいしか脳みそがないのかもしれない。
なんとか事件のあらましだけでも箇条書きで書いておきたい。

今更と思われるかもしれませんが、結末についての所まで書くので、一応この先ネタバレ注意とします(こんな昔のライトノベルについて今更オタクくんがだらだら語ってるだけの記事を本編未読の人間が読む可能性があるとも思えないけど、一応ね)
あと、俺の書くことは細かく(もしかしたらかなり大きく)間違ってる可能性が大なので、既読者の人が見て違ってたら生暖かい目で見てください。

①空港に潜んでハイジャックを支援していたのはリヒャルト・トラクルと繋がったテロの支援組織である≪キャラバン≫。この関連で、現場には戦場帰りの特甲猟兵が複数投入されている。
国連都市でのテロも同様。本来は裁判にかけられる将軍が「裁判の最中に過激派に暗殺されそうになる」という茶番を演じるために将軍の息子が≪キャラバン≫に接触したが、実行犯であるホイテロートがそれを裏切り、『エル・ファシル紛争』で「虐殺した側」の民族と「虐殺された側」の民族それぞれを武装させ、事件を起こした。
中国の武装勢力は≪キャラバン≫とは完全に別口で現場に来ていたが、現場に現れたもう一人のリヒャルト・トラクルと接触し、協調する。

②『六人の証人』の内、ハロルド以外の五名は自身の身に起こる危険を察しており、『七人目の証人』がいる限り望みは果たされるだろうとしていた。
彼らの目的は、この戦犯法廷を通してアフリカの紛争を隠れ蓑にして深く根付いた『プリンチップ社の武器密売ルート』をアフリカから切除することだった。
『七人目の証人』はまさしく中国から亡命した女パイロット……ではなく、彼女が乗ってきた戦闘機そのもの。戦闘機は人間の脳とAIによって作られた統合人格によって動作しており、その存在と、彼らが亡命する際に使用した航空ルートこそがプリンチップ社の密輸ルートであり、それを摘発するための証拠となり得るものだった。

③『七人目の証人』たる戦闘機、『太公望さん』が何故中国で造られたのか。
これは元来アメリカがアフリカの紛争地帯にもたらした『トロイの木馬』であり、それを中国が解析して義脳体兵器とする事で無理矢理運用可能にしたもの。
この機体データを諸外国に売る際の利権争いでスーダン政府内の派閥が対立し、その激化によって『エル・ファシル紛争』が発生した。
将軍はこれを止めようとしたが野火のように広がる紛争を止められず、結果虐殺に至った。
将軍は自らが法廷に立ち、裁かれる事で50年後の祖国を紛争の舞台とする武器の密輸ルートを取り除くため、最初から証人達と共謀していた。彼こそが『八人目の証人』だった。

こんなところだろうか。
こうやって見てみると「アメリカさんが変な事したから悪いんじゃないんですか!?」って感じだ。
ただ、この物語で二人の主役と共に行動した二人のアメリカ人は、それぞれが祖国の愚行の為に行動する高潔な精神を持っていた。

パトリックは「アメリカは最善の正義ではなく、最前線の正義を行う国家だ」と言う。最善ではない故に過ちを犯すが、それでも常に正義の最先端であろうとする。
それが正しいかどうかはわからないが、少なくとも常に新しく、正しくあろうとする。

ハロルドは自らのルーツは『アーカンソー事件』にあるとし、アメリカという国家について「どれほど強者がのさばろうと、弱き者の為に戦う者が必ず居る国だ」と語る。

俺にはこの作品で語られる国際描写が作者自身の何らかの偏った政治思想に基づいて執筆されたものなのかどうかを判別することはできない。
この作品の発表当時に現実で語られた問題が、その時点での未来であった作中の時代を通り越した現代においてどのように展開されているかもわからない。
だがその上で本作は面白く、特に『七人目と八人目の証人』についてのギミックは二つの作品を跨ぐ大がかりなギミックとしてのダイナミズムに満ちていて凄いし、二人の立場の異なるアメリカ人の行動は一貫した互いにそれぞれ異なる信念の下に行われるある種の殉教のようでもあり、かっこいい。

鳳達が『六人の証人』と共に行ったゲームは、世界を平和にするためのゲームだった。
その勝利条件には各自の利益は含まれていないため、プレイヤーは最終的な目的のための協調を前提として政策を行う。それでも、真の世界平和に到達することは極めて困難だった。
現実は、各々の国家は自身の利益を追求しなくてはならない。世界平和のための協調などよりも、目の前にある利益という『真実』からは逃れられない。

本作の黒幕であり、世界中のテロと紛争を支援しその利益をすする吸血鬼たるリヒャルト・トラクルは自らを『真実』そのものだと語る。
『真実』の前には個人では居られぬと。そして、二人のリヒャルト・トラクルが現れることになる。
利益という『真実』の前に個人である事をやめた者──リヒャルト・トラクルという、それ自体が一個の"匿名の存在(アノニマス)"となったものだ。

そんな奴らが居て、国家という獣それ自身が自らの利益のために執心する中では、現場に居る涼月や鳳やMPBの人たちやMSSの人たちやハロルドやパトリックは本体の意のままに振り回される尻尾でしかない。

それでもなお、『尻尾が犬を振る』とパトリックは言った。末端たる尻尾が得た情報や、作り出した状況、遂行した任務が『犬』の行動をも左右し得ると。
巨大な歯車の一部になりながら、自分よりもはるかに大きなものを自分一人ででも動かそうとする者。
死してなお、名前を残す事なき匿名の存在。
その誇りに殉ずる者の言葉。

涼月も鳳も、「私の都市、私の国」と口にする。
パトリックは涼月がそう口にした時に、「自らの中に他に誇る者のない者が劣等感の寄る辺として口にする言葉だ」と言う。
だが、全てが終わった後で、パトリックは「お前の都市と、お前の国のために」という言葉を添えて、涼月に『尻尾が犬を振る』と言い残す。

この物語の主役達は誰もが子供で、誰もが悲惨な過去を持っている。
巨大な犬が気まぐれに振った尻尾の毛先が、彼女達の人生をどうしようもない袋小路に追いやった。
嫌な事ばかりが起こる最悪の街だが、それでも彼女達は自らの故郷であるこの都市を愛している。
「私たちの都市」だからだ。
それを守るために、いつか彼女達は巨大な犬の尻尾となって、妖精の悪ふざけのように犬自身を振り回すのだろう。
きっとこれは、そういう物語なのだ。


他にも色々あった。マジで色々。

レベル3の特甲が沢山出て、味方側でもレベル3が使われた。
敵の特甲猟兵も沢山出て、中でも俺はまんまと陸王と秋水を好きにさせられてしまった。

こいつらは双子で、エルファシルの虐殺が起こった紛争地帯に居た。レベル3の強力な特甲を持って、兄弟でチームを組んで戦っていた。
だが、帰りたかった。殺したくなかった。それでも戦い続け、殺し続けるしかなかった。

陸王は常に喉が渇いて水をガブ飲みしており、秋水は常に何もないところに虫が湧いている幻覚が見えている。
初めは完全にクスリやりすぎちゃってる人にしか見えないが、やがてそれが特甲レベル3の使用に伴う脳の変性によるものだとわかる。

鳳達が使う羽の生えたレベル2の義体もまた、使用に伴って味覚障害などの脳の変性を引き起こすが、レベル3の副作用は更に甚大で、こういう弊害を引き起こす。

レベル3を使用した涼月も、陸王と同様に戦闘中に強い喉の渇きを覚える。
彼らもまた彼女達と同じで、自らの運命に訪れた悪運によって機械化児童となり、高い適性を持っていたために軍に配属され、実験兵器を搭載して紛争地帯に投入され、心が壊れるまで戦わされた運命の忌み児だ。

同じく他の特甲猟兵であり夕霧の番いである白露もそうだし、中国人の奴らもそう。中国人の奴らは皆黒孩子で、誰にも望まれずに生まれ落ちて、恐らくは誰一人として望まずに健康な四肢を切り落とされた上で四肢を機械化された闇っ子達だった。

なんでそんな酷いことするの?みたいな事ばかり起きている。
それでも彼らは彼らなりに生きているし、戦っている。

陸王は秋水を殺してしまう。束の間正気を取り戻し錯乱した弟を自らその手にかけて、首を持ち帰る。
そしてその首を撫でながら、さらなる力として、より強力な特甲を求める。
陸王の目には、秋水が見ていた虫の幻覚も見えるようになっている。
どう考えても破滅しかないが、それでも戦う。
何の未来も無い。こういう敵キャラ、好きになりがちだ。
普通にヨーロッパ出身で母国語もドイツ語だし設定的にもドイツ語で喋ってるはずなのに全セリフが広島弁なのも自由で好きだ。

そして、六人の特甲児童が入り乱れる派手な戦闘の果てに、物語は終わりを迎える。

スプライトシュピーゲルは、冒頭で鳳がだしたギリシャ神話にまつわるクイズの答えを最後に答え合わせして終わるのがお約束だ。
今回のクイズは、「ヘラクレスが何故数多の怪物を打ち倒すと予言され、その通りにできたのか」というもの。

答えは、「悪夢を退ける力を持っていたから」
ヘラクレスは呪いによって我が子を殺して以来、夢を見る心を失った。
だから、悪夢を退けることができた。
鳳もまた、かつての仲間を失ってから一度も夢を見ない。

「夢を見ない事が悪夢を退ける力となる者」という連想で言えば、同作者の『マルドゥック』シリーズに登場するディムズデイル・ボイルドも同様だ。眠れない身体に改造した事で、一切の休息なく、眠らずに戦える男。或いは、『微睡のセフィロト』のパッドもそうだ。
冲方丁作品には、「眠らない男」がしばしば登場する。こいつらは皆めちゃくちゃ屈強で強い。
これは、夢を見る心を失ったヘラクレスからの連想なのかもしれない(そうか?)。

ボイルドは最愛の相棒であるウフコックと袂を分かち、最終的には自らが虚無の申し子となってその生涯を終えた。
ならば鳳は?同じように夢を見る心を失った鳳の心もいつか失墜するのだろうか。

そうはならない。
この物語は、鳳が冬真との通信中に眠りに落ちるまでの他愛もない会話の中で終わる。

昔マックで飯食ってる時に近くの席でバンクっぽい格好のお姉さん達が「寝落ち通話しようって彼氏に言われたんだけど、アレなに?マジで意味わかんねえんだけど(両手でファックサインを作り舌を出す)」という会話をしてる場面を目撃したことがあるが、きっとあのお姉さん達はスプライトシュピーゲルを読んでなかったのだろう(読んでるわけねーだろ)。

夢を見る心を無くした者でも、夢を見るような心で眠る事が出来るのなら、それは幸福な事なのだ。

仲間達が居る限り、鳳はそうやって眠る事が出来る。
そして、彼女が仲間を失う事はない。
これはそういう物語だからだ。


というわけで、オイレンシュピーゲルとスプライトシュピーゲルの四巻を読んだ。
四巻を読んだという事はそれぞれのシリーズを読み切ったという事であり、次は完結編たるテスタメントシュピーゲルを読み始めるわけだが……

正直かなりビビっている。
いや、だって長いし。面白いのは間違いないだろうけど、長いし。

「二つ合流するんだからもうスプライトとオイレンの二作同時並行読書みたいなカロリーの高い読み方にはならないでしょ!」という楽観は全くできない。
多分絶対、これまでの比じゃないハイカロリー読書体験が訪れるという確信めいた予感がある。

普段沢山本を読んでる人間ならいざ知らず、俺は普段ほとんど本を読まない人間なのだ。そんな人間がこんな情報の洪水をワッと一気に浴びせられたら確実に溺れてしまう。
だから怖い。

なんならマルドゥックアノニマスも途中までしか読んでない。
これも怖い。以下続刊中で終わる気配が無いし、話がどんどん膨らんでいく気配がしている。

冲方丁……どこまで俺を楽しませてくれるんだ……

とりあえず暫く英気を養ってからテスタメントシュピーゲルに着手したい。

そしたらまた、こうやってキショい長文感想を書こうと思う。

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