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ぼくたちのすいーつたいむ


 ある町に、りくという名の小さな男の子が住んでいました。
 りくは小さなおうちでパパとママと一緒に暮らしていました。

 パパはお仕事がいそがしくて家にあまりいませんが、時間があるときはりくと遊んでくれます。お休みの日はよくドライブにつれていってくれます。りくがいい子にしていたら、「りくはいい子だなあ。だれに似たのかなあ」と言って、頭をわしゃわしゃとなでてくれます。

 ママは毎日おいしいご飯をつくってくれます。家のなかでかくれんぼをしたり、ちかくの公園におさんぽに行ったりもします。
 ママはりくのことをよく「りっくん」と呼びます。りくがイタズラをしたときは「りく!」とこわい声で呼びます。どちらで呼ばれるのも、りくは好きです。

 りくは、パパとママが大好きです。

 でも、パパとママは、りくに「かくしごと」をしています。
 ふたりはときどき、りくにないしょでなにかをしているのです。たいてい夜に。りくはそのことをとっくに知っているのですが、ママにおこられそうなので知らないふりをしています。

 その夜もそうでした。

 ベッドに入ってなん時間かたったころ、りくはふと目がさめました。あかりがついているキッチンのほうから、パパとママの話し声が聞こえてきます。ひそひそとした小さな声です。

 りくは、ぴん、ときました。
 ああ、あれだな。
 いつもは気がつかないふりをしているけど、今日という今日はたしかめてやるぞ。ぼくはもう子どもじゃないんだぞ。ぼくにだまってふたりで楽しいことをしてるなんて、ずるいぞ。

 りくはベッドをぬけ出て、キッチンのほうへ歩いて行きました。開いている扉のかげからそうっとのぞくと、パパとママがテーブルのいつもの席にすわっています。おいしそうな甘い香りがただよってきます。

 なにかを食べようとしていたママがりくに気づきました。「あっ、りっくん!」
 ママと向かいあわせにすわっていたパパも気づきました。「うわっ、りく!」

 りくはふん! と鼻をならして、パパとママに言いました。

 ぼくは前から知ってたよ? ときどきふたりでこっそりおいしそうなもの食べてるよね? 「すいーつたいむよ」とか言いながら。そこにあるのは公園の近くにあたらしくできたお店のけーきだよね? ママがお店の中をのぞいてたの知ってるんだよ。ひどいなあ。ぼくも食べたいのに。

「りく!」ママが言いました。少しおこった声です。「よい子は寝る時間よ。早くベッドにもどりなさい」

 ええー? やっぱりだめなの?

 パパも言いました。ケーキを手でかくしながら。「りく、ごめんね。また明日おやつあげるからね」

 はあい。わかったよ。

 りくはしゅんとしてベッドのほうへもどっていきました。ママがああ言ったらぜったいだめですから。パパはこっそりケーキの残りをくれることもありますが、ママが見ているところではくれませんから。

 ざんねんだなあ。おいしそうだったなあ。もう少しおとなになったら、ぼくもすいーつたいむに呼んでもらえるのかなあ。
 ママはいつもぼくに「むてんか」とか「ていしぼう」とかのおやつをくれるけど、それもおいしいんだけど、たまにはパパとママと同じものが食べたいんだ。いっしょにおなじものを食べたいんだ。あーあ、早くおとなになりたいなあ。

 りくはそんなことを考えながら、眠りにつきました。

 それから数年の月日が流れました。

 りくは今もパパとママといっしょに仲よく暮らしています。
 少しおとなになったりくは、以前のようにパパやママがへとへとになるまでは遊ばなくなりました。そして、寝ていることが多くなりました。スイーツタイムには、まだ呼ばれていません。

 ある秋の日のことでした。
 りくはうとうとと眠っていました。窓の近くのベッドに寝ているりくの体には、夕暮れのやわらかい日差しがレースのカーテン越しにとどいています。

 そんなりくの顔を、ママがのぞきこんでいます。
「りっくん、おやつ食べない?」ママはいつもの無添加のおやつを手に持っています。
「きのうも食べなかったじゃない。りっくん、食べようよ」

 あ、ママ。呼んだ? 眠ってて気がつかなかった。わあ、おやつをくれるの?
でもごめんなさい。いまはおなかがいっぱいなんだ。おなかがすいたら食べるから、とっておいてね。

 すると、ママのうしろからパパが声をかけてきました。「りく、なにか食べたいものはあるかい?」

 あれっ、パパだ。きょうは早いんだね。うれしいなあ。いまは食べたいものはないよ、ありがとう。

「りっくん、りっくん、なんでもいいから食べてよ」ママは涙声になっています。

「そうだ、あれを……」ママはキッチンからビスケットをひとつとってきました。
「え? それ、いいの?」
「いいのよ、なんだって。ちょっとくらい甘くてもからくても、りっくんが食べてくれたらなんだって。まだ12歳なのに。20歳くらいまで生きる子だっているのに、早いよ」

 ママはビスケットのかけらをりくの口もとに近づけました。「りっくん、これおいしいのよ。お願い、食べて」

 りくは目を少しあけ、くんと匂いをかいでみました。

 いいにおいだね。すいーつたいむのときとおんなじにおいだ。ぼくもこれ食べていいの? うれしいなあ。これなら食べられそうだよ。

 りくは口をあけて、ビスケットのかけらをぱくりと食べました。

 わあ、あまい。香りもいいね。ママ、すいーつはほんとにおいしいね。

 りくは満足そうに目をとじました。

「パパ、あれ買ってきて! 公園の近くのあのお店、まだ開いてるはずだから。おいしそうなのをいっぱい!」
 ママにそう言われて、パパはばたばたと出かけていきました。

 しばらくしてりくが目をさましたら、あたりはいいにおいがしていました。りくのベッドの横におかれたトレイには、色とりどりのケーキがいくつもならんでいます。パパとママには紅茶も。

「さあ、りっくん。たくさんあるわよ。まずはモンブランからどう?」ママは黄色いクリームをスプーンですくって、りくの口もとに近づけてくれます。

 ぺろっ。
 これなあに? すごくあまい。おいしい。こんなのはじめてだよ。

 パパはチーズケーキを少し切りわけてくれました。「ほら、これも食べてごらん」

 ぱくっ。
 これはまたちがう味がするね。パパ、すごくおいしいよ。そっちのはいちごがのってるんだね。そのとなりの緑いろのは? まっちゃっていうの? それもおいしそうだな。
 でもパパ、ママ、ぼくはもうおなかいっぱいだから、あとはふたりで食べてね。ふたりが食べてるとこ見てたいな。ほら、お茶がさめちゃうよ。

 パパもママも泣いてるの? どうしたの? 
わかった、ぼくがすいーつを食べられるくらいおとなになったから喜んでくれてるんだね。ぼくもうれしいよ。
 でもね、いままでのおやつも好きだったよ。ありがとうね。

 ああ、眠くなっちゃった。ちょっと寝るね。またすいーつたいむをするときはどこにいてもとんでくるから、まっててね。きっとだよ。


 季節はめぐり、春がきました。

 パパとママは、またスイーツタイムを楽しんでいます。

「りっくんにおこられそうね。『ぼくにだまってまた!』って」
 ママがくすくす笑っています。

「いや、そのへんでいっしょに食べてるんじゃない?」
 パパも笑っています。

 そうだよ。
 ぼくはここにいるよ。
 ここにいて、いっしょに食べてるよ。
 ぼくたちのすいーつたいむ、楽しいね。


 ある町に、りくという名の柴犬しばいぬの男の子が住んでいました。

 りくは、いまもパパとママが大好きです。


〈了〉
3,083字



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