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【短編連作】観測者の箱庭08

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 廊下は、かつてない渋滞に見舞われていた。
 交通整理のための声が飛び交い、流れに逆らい目的地に向かおうとする者の頭部が蠢く。
 渋滞の原因は、大量の台車や荷運びの調査隊。
 資源が大量に手に入ったという報告を聞いて出てきたオーリネスは、予想外の量にただ圧倒されていた。
「大猟でしょ?」
 傍らにやってきたアスカレアが笑みを見せる。調査が無事に、しかも大成功に終わった結果を誇っているのが分かった。
「……すごいね」
 実際、誇るべきものだとオーリネスも思う。
 コロニー建設は各地で進行している。その中で、非常事態という免罪符を抱えた者たちが、所有者に無断で資源を運びはじめた。取り締まろうにも、事態はどんどん加速する。真面目に取り組もうとすれば自分たちが困窮する状態に、秩序を保つ者も消えた。
 故に、資源は奪い合いになっている。年月が経った今では、まとまった量を確保するのは至難の業だ。その中で、廊下を埋め尽くすほどの資源を持ち帰った調査隊の功績は、称えられて余りあるものだろう。
「よく、こんな、大量の機械が残ってたね」
 台車に積まれているのは、金属端材から機械まで様々だ。特に小型機器の類いは持ち去られる率が高く、破損もなく複数回収できたのは奇跡としか言いようがない。
「郊外とか、あんまり有名じゃない場所にある小規模工場とか、案外盲点みたいね。徒歩で向かうのが困難な場所は見逃されがちみたい。ほら、あたしたちは車が使えるから」
「……つくづく、きみたちが合流してくれたことをありがたく思うよ」
 目の前を通り過ぎていく台車を見送りながら、オーリネスは苦笑を浮かべた。
 地上調査の際に使用している車は全て、アスカレアたちレジスタンスの持ち込みだ。元軍人のアスカレア率いる実働部隊系レジスタンスが提供してくれた軍仕様の車や装備、人員は、そのまま地上調査部隊として転用されている。荒廃する地上を安定して走れる軍用車は特に重宝されていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
 咄嗟に、目の前の台車を掴む。止められた調査員が驚きに目を丸くした。
「ご、ごめん。でもこれ」
「びっくりするわよね。わかるわ」
 アスカレアの同意の声が遠い。それほどに、視線が釘付けになっていた。
 真っ白な人型。マネキンかと思ったが、のっぺらぼうの顔面の中心と、全身のあちこちに銃弾の痕が見られる。触れてみると金属製で、関節部分は黒いゴム製の部品で覆われている。可動式だろうか。
「アンドロイ、ド?」
 戸惑いの声が零れる。あらゆる分野に手を付けてきたオーリネスでも、アンドロイドが実用化された話は聞かない。
「武器の性能実験の可能性もあるけどね。どのくらいの装甲打ち抜くかとか、標的にどれだけ当てられるか、とか」
 確かに、攻撃された形跡があるのだから、的として作られた可能性もある。
「興味湧くの分かるけど。本業を忘れないでね、室長さん?」
 凝視していると、アスカレアの声が纏わり付くように響いた。分解して調べて実用化の道を探りたい衝動に駆られていたオーリネスは、相手が試すような視線を向けているのに気付いて顔を上げる。
「も、もちろんわかってるよ。あは、は……」
 取り繕った笑みを浮かべ、アスカレアを見る。台車の列は終わりに近付いており、空いた場所はいつも通り人々が行き交い始めていた。
 その流れの合間から視線を感じ、誰か用事だろうかと目を向ける。一瞬見えた灰髪の人影は、オーリネスが頭を動かすのと同時に、十字路の影に隠れた。
「…………」
「どうかした?」
 先程と別の意味で、アスカレアの声が遠くなる。
 年齢と共に増える傾向にある髪色は、別段珍しいものではない。オーリネスの意識を絡め取ったのは、その存在が放つ雰囲気だった。
 視線が釘付けになる。足が動かない。視野が狭まり、耳鳴りが始まった。
 息が出来ない。
 見間違いだ。見間違いであってくれ。
「誰か! 手を貸して!」
 アスカレアの声が薄膜の向こうから聞こえると感じた頃には、殴られたように視界が回転し、暗転した。
 
 彼女は、いつも笑顔を浮かべていた。
 上品で、穏やかで、なのに微動だにしない、人形のような笑み。
 黄色がかった灰色の短髪を綺麗にセットして、いつも暖かさを感じる色合いの服を纏っていて。なのに、薄茶の瞳はオーリネスたちを通り越し、遠くを見ている。
 彼女はオーリネスたちの面倒を見てくれるが、決して言葉を発しない。何かを訊ねても殆ど無反応で、指差しでもしてくれれば僥倖だ。
 話せない人であるなら納得しただろう。だがオーリネスは、彼女が他の大人とは言葉を交わすことを知っている。
 彼女は聖女のようにほほえみながら、何かを知ろうとする子どもたちを糾弾する。
 無言で、視線だけで、すべてを奪い去る。
 もう、“まっしろ”はいやだ。
 “まっしろ”はこわい。
 だれか、だれかおしえて。
 ぼくに、せかいの、なまえを。
「オーリネス!」
「!!」
 刻み込まれるような呼び声に目が覚める。驚きと共に、酸素が全身を巡る感覚を覚えた。目尻を温かな涙が伝い、ぼやけた視界に金と白の色彩が人型を成す。
「イ、ス、タ?」
 すべてが消え去る錯覚に抗いながら名を呼び、瞬きを繰り返す。イスタトゥーミスの顔がすぐ傍にあった。目が合うと、友人は脱力したようにシーツへ顔を埋める。その動きを追った視界に、透けた緑色が入り込んだ。それで、酸素マスクを付けられているらしいことに気付く。
「気分はどうだね?」
 意識が覚めるような声に目を向ける。機器の傍らに立つスオウが、オーリネスを見下ろしていた。いつも通り冷静な表情の中に、戸惑いと心配が織り込まれているのが分かる。
「だい、じょうぶ、だと思う。ごめん」
「急に倒れたと聞いたのだがね。数値に異常がないのだよ」
 機器を拳で軽く叩き、スオウが続ける。
「理由を訊かれたくないのなら、退出するが」
 それだけで、彼が何を疑っているか、そして同時に気遣っているのかが分かった。
「あ、えと。どこから話せば良いのか分からないけど……。その、知ってる人がいた、気がして」
 オーリネスの意図を汲み、スオウは黙って続きを促す。傍らで、顔を上げたイスタトゥーミスが、不安げに瞳を揺らした。
「まさか」
「うん。施設の、人。見間違いかも、知れないけど」
 脳裏を掠めた光景と記憶に表情が歪む。可能性を少しでも減らしたくて、希望的観測が何度も口をついた。
「場所的に、いてもおかしくないんだ。けど、ぼく、どうしても」
「……すまん」
「へっ? どしたの急に」
 唐突にため息をつくイスタトゥーミスに戸惑う。
「いや。やはり家業を継いでいた方が良かったかも知れんと思ってな」
 彼は幼い頃、怯えるオーリネスに、その原因を、施設を取り締まってやるからと言ってくれていた。懐かしい記憶に、胸が締め付けられる。
「それ、気持ちだけで十分だって言わなかった?」
 二つの未来の間で揺れ動く友人に、望む道を進んで欲しいとオーリネスは強く願っていた。ようやくそれが叶ったところなのに、今更後悔させたくはない。
「そうは言ってもな。こうして現実を突きつけられると、どうしたって気持ちは揺らぐ」
 再度息をつくイスタトゥーミスに歯がゆい思いを抱きつつも、視線はスオウに向かう。
「イスタの家ってね」
「警察官だろう。知っている」
 無表情で淡々と返され、オーリネスは硬直した。
「トゥルム家が代々警察を生業とする話は、割と有名だと思うがね」
「そう、なの?」
「そう、らしいな」
 自覚のないらしい友人は、困惑した表情でオーリネスを見返した。
「だから、息子が天文学者になりたいなどと言い出して、さぞかし反発しただろうと勝手に想像していたが」
「いや、それが思いの他あっさり認められてな」
 オーリネスが落ち着いたのを見て取ったのか、イスタトゥーミスは立ち上がると、近くの椅子を引き寄せて座った。
「私たちが生まれた時には、この星が危ないと既に騒がれていたからな。どうにか回避する方法はないかと子ども心に考えた結果、天文学に行き着いた。警察官をしながら出来ることを探そうと考えた時期もあったが、私にはオーリネスほどの器用さがなくてな」
「オーリネスが特異なだけと思うが」
「ぼくはただ……知りたかっただけなんだけど」
 真っ新なまま生かされる日々。行き着く先がどこなのか知る術もない。
 もし、イスタトゥーミスに会わなかったら。彼に世界を教えてもらえなかったら。
 思い出すと、手が震えた。
「施設の建造が終わり次第、立ち入りに制限を掛けるのだろう?」
 異変に気付いたらしいスオウが、唐突とも思える話題を投げ掛ける。
「あぁ。インフラ管理を担う部屋が多いからな。誰でも好きに入れるのは良くないだろうという結論に達している」
 大統領の件もあり、なるべくオープンな運営を心掛けたい思いはあった。しかし無防備すぎるのも考えもので、やむを得ず関所を設ける計画になっている。完成次第、オーリネスたちが主に使用している層から下は、登録者以外入室を拒否されることになるだろう。
 その役割を担う509も、今回の資源投入で一気に実用段階へ踏み込む予定だ。
「ならば、ニアミスは起こらないだろう。……起こったとしても」
 スオウは機器を操作すると、オーリネスの傍らにやってきて酸素マスクを外した。
「君の周りには、大勢の人間がいる」
「……うん。ありがと」
 上体を起こしたオーリネスは、友人たちに笑みを見せた。イスタトゥーミスが安堵の表情を浮かべ、スオウは小さく笑いながら、マスクの処理を始める。平行して機器を弄る彼を眺め、オーリネスは思わず呟いた。
「スオウって、多才だよね」
 ハッキングが得意なのは見てきた。施設内の端末を使いこなしているのも知っている。
 それに加え、医療機器の類いまで扱えるとなると、当然の感想と思えたのだが。
 どうしてか、二人の動きがぴたりと止まる。
「お前、その話は」
「え、何?」
「……君たちは」
 スオウがため息と共に、オーリネスたちの方を向いた。
「二人して人の話を聞いていないのだな」
「ほえ?」
「……本業なんだそうだ」
「ほえ?!」
 反射的に驚きの声を上げるオーリネスに、スオウは呆れの表情を見せた。
「顔合わせの際に話したはずなのだがね」
「へ、あ、そうだっけ?」
「あの時は、私もオーリネスも色々と気がそぞろだったからな」
 オーリネスとイスタトゥーミスにとって、顔合わせの場は公開処刑に近かった。皆の反応ばかり気になって、語られた内容に注視する余力は皆無。しばらくは新顔が多くて覚えられなかった振りをして、色々と尋ね直していた。
「まぁ、専門は外科なのだがね。この階層は医学者なら大勢いるが、医者となると上層に殆どを取られている。専門がどうのと言っていられないのだよ」
「そう、なんだ。ぼくてっきり、直前まで傍にいたのがアスカレアだったから、心配して呼びに行ってくれたのかなと思ってたよ」
「概要は合っているが、重要な部分が大間違いだな」
「あはは……ごめん」
 容赦ない口撃に、苦笑で応戦するしかない。そんなオーリネスをじっと見つめた後、スオウが言った。
「顔色は戻ったようだが……何かあれば言いたまえ」
 皮肉に身構えたオーリネスは、予想外に気遣いを向けられ、きょとんとする。
「遠慮はするな。しばらくはお前の傍にいるようにするから」
 驚くオーリネスに、イスタトゥーミスが続ける。資源が来て仕事が進むだろうにという思いがありつつも、彼の言葉に気持ちが軽くなる。
「ありがとう、二人とも」
 奥底で燻っていた怯えが解けていく。
 大丈夫。もう“まっしろ”には戻らない。
 自分に、言い聞かせた。
 
 終。


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