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【短編連作】観測者の箱庭02

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 白衣を纏う集団が、部屋の中央にそびえたつ白の円柱を囲うように集まっている。その中心部に、一人の男が仁王立ちしていた。
「……二人とも、自分のやっていることの意味は、分かっているんだろうな?」
 彼の前には、申し訳程度に肩を竦めて立つ男と、悪びれもせずに立つ男。
「聞いているのか?」
 白金の髪を丁寧に撫でつけたオールバックヘアの下で、細めの眉が神経質に震える。
 これ以上黙っていると、爆発しそうだ。
「分かってるよ、イスタ。けど、何もこんな公開処刑みたいなことしなくてもいいじゃんか」
「お前の室長としての自覚が足りなすぎるからだ!」
 結局怒りの声を叩きつけられて、オーリネスはますます肩を竦めた。
「そういう君は、堅物すぎると思うが」
 隣に立つスオウは、自分も叱られる立場だというのに、涼しい顔である。
「副長だからと、気負いすぎではないかね」
「私たちの活動にリグティラス星の運命が掛かっているんだ。気負わない方がどうかしている! 何のために509を作っているか分かっているのか?」
「分かってるって。コロニーの管理を任せるためでしょ」
「コロニーの維持に、おとぎ話は不要だ!」
 駄目だ。正しい選択を取ろうがイスタトゥーミスの怒りは収まりそうにない。
 オーリネスはどうしたものかと天井を見上げた。
『わたしと致しましては、オーリネスたちが持ち込むデータのおかげで、皆さまのことをより深く理解できていると考えますが』
 見かねたように、合成音声が降り注ぐ。思わぬ場所からの意見に、イスタトゥーミスは言葉を詰まらせた。
 だがそれも、一瞬のことだった。
「確かにそうかもしれないが、今でなくてもいいだろう。資源は限られている。優先して作らなければならない施設も、入れるべきプログラムも山ほどあるのに……オーリネス、お前の奔放な動きで、何度計画が狂ったと思っている」
「あはははは。ごめんて」
「ごめんで済むかっ!」
 イスタトゥーミスの怒りとは裏腹に、室内の空気は弛緩していた。皆、副長が室長を叱り飛ばす光景を見慣れているのだ。そこにスオウが足されたところで、大した目新しさはない。
「とにかく。今は時間との勝負だ。調査班からの資源を待つのも惜しい」
「それって?」
 続く台詞に思い当たり、オーリネスの頬を汗が伝う。
「責任取って、資源を探しに行くぞ!」
「えぇ……この間行ったばっかなんだけど」
 案の定返ってきた言葉に、思わず不満がこぼれる。イスタトゥーミスの眉が吊り上がり、しまったと口元を抑えるが遅い。
「文句があるか?!」
「ないよ。ないってば」
 このままでは朝礼が終わらない。オーリネスは諫めるように両手を振った。
「僕は行かなくて良いのかね?」
 今にもオーリネスを引きずって部屋を出て行く勢いのイスタトゥーミスに、スオウが呼び掛ける。イスタトゥーミスは、半眼で振り返った。
「お前たちを組ませると碌なことがないからな」
「そうは言うが、室長と副長が同時に出るのは問題ではないのかね?」
「今このコロニーにおいて、職種も身分も関係ない!」
 続く怒りの声に動じず、スオウは変わらぬ口調で言った。
「……そうかね。なら、ちゃんと帰ってきてくれたまえ」
 
 砂塵色の霧がかかった世界。
 太陽が照り付けているのは感じるが、その姿はぼんやりとしか見えない。吹き続ける風が、黄色い砂粒を止めどなくばらまいているからだ。
 今はまだ辺りの景色を認識する余裕があるが、いずれ隣にいる者すら見えなくなるのだろう。
 砂粒が車体に当たり、陽気なリズムを奏でる。それに対し、車内の空気は冷ややかだ。
「機嫌直しなよー、イスタ」
 無言でハンドルを握るイスタトゥーミスに、オーリネスは呼びかける。その間にも、タイヤが様々なものに乗り上げては二人を揺さぶった。
 道の多くは砂に埋もれており、何も踏まずに走れる方が奇跡なのだから仕方ない。
「事故りたいか。運転に集中しているだけだ」
 相変わらず眉間にしわを寄せたまま、イスタトゥーミスは呟く。
「そこはまぁ、きみの技術を信頼してるよ」
 オーリネスは端末を起動する。時折信号が途切れるものの、車は予定通り、あらかじめ定めた調査ポイントに向けて移動していた。
「これの対策もなんか考えないといけないよなー」
 気温の上昇。砂塵による浸食。それに加え磁気嵐による電波不良。
 地下コロニーの構築以外にも、解決すべき問題は山積していた。
「509ばかりに気を取られるわけにいかないんだ。惑星探査のためにも資源は要る」
「分かってるよ。イスタ」
 ここぞとばかりに小言を吐き出す友人に、オーリネスは苦笑する。彼は本来宇宙科学が専門だ。未だに自分の仕事が始められず、歯がゆさを感じているのだろう。
 コロニー開発計画が始まってずいぶん経つが、初期メンバーとして残っているのはオーリネスとイスタトゥーミスだけだ。よく知る間柄だけに、イスタトゥーミスの態度は厳しい。だがそれが信頼の証であることを、オーリネスは知っている。
「けどさ。ぼくらがやってることって、ぼくらの代で叶うとは限らないものだよ」
 オーリネスもまた、彼にだけは遠慮のない言葉を選べた。
「お前はまたそういう」
「分かってる。みんなの前では言わないよ」
 小言が始まりそうな気配を、オーリネスは笑って流す。
「そりゃ、叶えられれば嬉しいよ。けど、一つの目的地に向けてわき目も降らずに走ったのに、到達できなかったら悲しいじゃん。人類が存続すれば歴史は続く。けど、ぼくらの命は一つきりだ。だったら、多少の寄り道くらいしたいじゃない」
「お前は多少で済まないだろう」
「あはっ。まぁ、そうかもね。だってさ、このままじゃ終わるって分かってても、この星には知らないことがまだまだたくさんある。先のことも大事だけど、今までをないがしろにしたくないんだ。だから余計な物なんてない。残せるデータは残したいよ。だってぼくらは辿ってきた道筋を抱えて、何度も振り返って、やっと前に進める生き物なんだからさ」
 会話が途切れる。砂粒のリズムが、穏やかになった気がした。
「……お前が羨ましいよ、オーリネス」
 走行音にかき消されそうな声音で、イスタトゥーミスは呟く。
「そうやってあちこちに興味を広げて、そのくせ、的を絞った私よりずっと先を行く。その上、必要なものは全部拾いあげる。さすが“稀代の天才”、だな」
「ぼくはそんな大層なもんじゃない。好きに動いてるだけさ」
 世間の声に押し上げられ、この場所に立っているのは確かだ。
 だがそれを成し遂げたのは、名声のためではない。
「ぼくが自由でいられるのはね、目的地を見失わない親友が、隣を歩いてるからだよ」
「……お前はまたそういうことを、恥ずかしげもなく言う」
 イスタトゥーミスは大きく息をつく。寄っていた眉が、ようやく緩んだ。
「ほら、着いたぞ」
 無数のビルが聳え立つ。
 車を降りると、強風に煽られた。防護服やマスクに砂が跳ね、あっという間に砂粒の楽団に取り込まれる。
 少し前までビジネス街だったこの場所も、気候の悪化と人類の悪癖に耐えられなかったようだった。壁は薄汚れ、割れた窓が目立ち、辺りに物が散乱している。元の利用者に加え、先客があれこれ持ち出した後ではあるものの、こういった場所では思わぬ掘り出し物が見つかることもあった。
「よーっし。さっさと済ませよっか!」
 工具を手に、近場の建物に入り込む。幾分風はマシになったが、足元を砂だまりがくるくると回っていた。
 調査班と合同で行うものなら全体を見て回るところだが、今回は予定外の探索である。二人は下の階から細かい部分を探るに決め、開け放した扉から中に入った。
 風の音が強くなる。割れた窓から容赦なく隙間風が吹き込み、作り付けの台から飛び出したコードが煽られている。端末などは持ち去られた後のようだが、付属品の多くは手付かずに残っていた。
 今となっては、たとえ短くてもコード類は貴重な資源だ。二人はあちこちから飛び出しているそれを丁寧に外し、袋に収める。その合間に、イスタトゥーミスは机や棚などの調度品の材質を調べて回った。金属製なら、こちらも有用だ。
 オーリネスは外したコードをしまいながら部屋をまわり、細かいもので見落としがないかと目を配る。瓦礫と砂と割れたガラスが入り混じる床は、外から差し込む光を浴びて、ささやかに輝いていた。
「あ」
 光の反射が違う場所を見つけて膝を折る。瓦礫の中に、見覚えのある金属チップがあった。物品を持ち出す際に零れ落ちたのだろう。
「オーリネス?」
 不穏な声音にびくりとする。オーリネスが恐る恐る顔を上げると、半眼になったイスタトゥーミスと目が合った。
 何を見つけたか、知れてしまったらしい。
「いや、一個の容量はそんな大きくないよ! そんなに場所取ってない、って……」
 弁解の言葉が、勢いを失っていく。オーリネスの表情から、色が消えていった。
 イスタトゥーミスごしに、不穏な影がちらついている。
「イス、タ……」
 異変に気付いたイスタトゥーミスが、オーリネスの視線を追う。
 長身の二人ですら見上げる程の巨体。のそりと四肢を動かすたびに、固いものがこすれる音が響く。
 薄い鱗のようなものに全身を覆われた、蛙に似た異形。
「ねぇ、イスタ」
 吹き付ける砂粒も、落ちた破片もものともせず、異形はゆっくりと獲物めがけて歩を進める。
「あれって変異種だと思う? それとも実験体かな?」
「言ってる場合か!」
 異形から目を離さぬよう後退る。二人が並んで立った時、それは動いた。巨体にそぐわぬ跳躍力で飛び上がり、まずは影でオーリネスたちを飲み込む。続く結末を察し、二人は言葉にならない声を上げながら建物を飛び出した。しかし車に辿り着くより早く、目の前に異形が降ってくる。着地の衝撃で、足元の瓦礫が音を立てて割れた。
 あれに踏まれたら、ただでは済まない。
 オーリネスは銃を抜き放ち、異形に向けて発砲する。小さな金属音がして、それだけだった。かすり傷一つついた様子がない。
 銃が効かない。
「イスタ。逃げて」
 巨体から目を離さずに呟く。
「ぼくが気を引くから、きみは行って」
「お前を置いて行けるわけがないだろう!」
 予想通りの言葉が戻る。しかしこのままでは共倒れだ。
「行って、イスタ。ぼくは好きに動くけど、その責任は、ちゃんと取るから」
「オーリネ」
「早く!」
 異形が動こうとするのを、発砲音で牽制する。しかし、それが何の脅威でもないことに気付いてしまったようだ。前足に力が籠められる。
 来る。
 オーリネスは、両手で銃を握りしめた。
 背後から何かの唸る音が聞こえた時には、風が二人の横を過ぎ去っていた。唐突に飛び込んできた黒い影が、勢いそのまま異形に突っ込む。
 オーリネスたちが乗ってきたものと同じ型の、幌付きの軍事トラック。
 頑丈な車の体当たりをくらい、さすがの巨体が怯んだ。
「あれ、って」
 車から影が分離し、宙を舞う。それは迷いなく異形の鼻先を掴むと、頭部に着地した。同時に、持っていた細長い獲物を眼窩に突き立てる。
 異形の咆哮が、辺りに響いた。
 巨躯が暴れるのもものともせず、影は抜き放った得物をもう片方の眼窩にも押し込む。いよいよ振り払われる段になっても動ぜず、武器を抜くと同時に飛び退き、鮮やかに着地した。
 異形は体液を飛び散らせながら体を揺らがせ、そのまま倒れこむ。地響きと共に、土埃が舞った。
 影は得物を振るうと、静かに鞘へと納める。
「だから言ったのだよ。室長と副長が同時に出るのは問題だと」
「……スオウ?!」
 安堵と驚きで、頓狂な声が飛び出す。武器を下ろしたスオウの傍らで、車のドアが開いた。
「いやーびっくりだよ。ちょうどこの辺にヤバイ反応あるからしばらく出れないよーって言いに行ったら、このバカがすーごい勢いで走っていっちゃうんだもん。何かと思ったわ」
 車から現れたのは、調査班のリーダーであるアスカレアだった。防塵マスクの隙間から、赤茶色のポニーテールがはみ出している。
「誰が馬鹿だね」
「バカでしょ。装備もロクに付けないで突っ込んでんだからさ」
 確かに、オーリネスたちと同じ装備を身に付けているアスカレアと違い、スオウは最低限の防塵マスクしかしていない。砂嵐の中に、いつもの白衣がひらめいていた。
「どうせやりあうことが分かっているのに、重い装備なんぞつけるかね」
「胸当てくらい付けなさいっての」
「あー、えっと、ありがとう。助かったよ」
 言い争いに発展しそうな気配を察し、オーリネスは二人の間に滑り込む。気付いたアスカレアが、オーリネスに向けて指を伸ばした。
「探索行く前に一言欲しいぞ? あたしたちのが専門なんだしさ」
「……申し訳ない」
 イスタトゥーミスが消えそうな声で呟く。元々損失を埋めるために来たのに、結果として他の部署を巻き込んだのでは意味がない。それも長が二人揃って失態を犯したとあっては、返す言葉もなかった。
 アスカレアは、小さくなる二人に向け、マスク越しでも分かるほどの笑みを見せる。
「ま、あんたたちはこのバカが猪突猛進になるくらいには信頼できるみたいだし。頑張ってよね」
「アスカ」
「違う?」
 咎めようとして逆に言葉を詰まらせるスオウを見て、オーリネスはその意味に思い至る。
「……ありがとう。肝に銘じておくよ」
「めぼしいものは見つかったかね?」
 オーリネスの言葉が終わらないうちに、スオウの声が重なる。
 気まずいのは、お互い様のようだった。
「そういえば、記録チップ見つけたよ。こんだけ荒らされてても、まだあるもんだねぇ」
 袋からチップを取り出して見せると、一瞬の真顔の後、スオウが笑みを浮かべた。
「ほう? なら他にないか、少し探してみるとしようか」
「お前たち、どうしてこうなったか忘れたんじゃないだろうな?」
 イスタトゥーミスの言葉も聞かず、二人は早速探索場所の相談を始めている。
「少しは反省しろ!」
 イスタトゥーミスの怒号が、辺りに響いた。
 
 
終。


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