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【短編】黒き剣

 村に歩を踏み入れると、途端にあちこちからカタカタと音がした。
 ここもなのか。
 男は背から剣を抜き、おもむろに構える。漆黒の刀身に白い影が映るやいなや身を捌き、最小の動きで敵を貫く。剣の切っ先は迷うことなく相手の胸骨と背骨を砕き、力を失った体はバラバラと地面に崩れ落ちた。
 肉のひとかけらも残っていない、ガイコツの魔物である。
 砕けた骨の上にどさりと頭蓋骨が落ちる。目のないくぼみが男を恨めしげに見上げ、顎骨が僅かにカタカタと音を鳴らしたが、それきり動かなくなった。
 その後も向かってくるガイコツを捌く。村のあちこちで亡骸が道を埋め尽くした。砂利道でも歩くように骨を踏み砕きながら進み、村の奥を目指す。小さな石造りの建物が見えてくると、背負った剣が小刻みに振動した。
 生き残りを探すのが難しくなった世界で男を導くのは、遺跡で見つけた漆黒の剣。鍔の部分にかつて何らかの装飾が施されただろうくぼみがあり、枠組みの片隅に、装飾の一部とみられる小さな黒色のかけらが残っていた。
 それは明らかに剣が本来の力を失っている証で、他に手がかりのなかった男は、かけら探しに奔走した。
 小石にでも混ざれば分からなくなってしまうようなそれを見つけることが出来るのは、近くに来ると剣が共振を始めるからだった。ただ、かけらの側には必ずガイコツの魔物がおり、男がかけらを手に入れるのを妨害する。
 今も、男の目前でガイコツの魔物がたむろしていた。礼拝堂の中、女神像の足下だった。
 教会という神聖な領域においてさえ、奴らは遠慮なく入り込み、蹂躙する。男は剣を抜くと、飛び出してきた魔物を斬り伏せ、残るものも片っ端から打ち砕いた。骨の転がる音が、礼拝堂に鳴り響く。
 剣を収め、女神像を見上げる。祈る者を失って尚、彼女は慈愛に満ちた笑みを湛えていた。呼ばれるように歩を踏み出し、その足下に跪く。旅の無事を祈っていると、背中の剣が振動した。
 かけらが側にある時と、女神像を前にした時。剣は明らかに別種の反応を示す。男にはそれが、喜びの表れであるように感じられた。かけらも、女神像の近くにあることが多い。世界が危機に陥った際、その救いとなるものは共鳴し、人々に道を示すのだろう。
 立ち上がり、かけらを探そうと振り返った男の前に、講壇があった。その講壇の置かれた陰に、明らかに縁取られた一角があることに気づき、再び跪く。取っ手を見付けて引き上げると、中から地下へと続く階段が現れた。
 剣が振動している。男は導かれるままに階段を降りていった。
 地下室の最奥、小さな女神像の見守る祭壇に、厳重に鎖を掛けられた小さな箱が祀られている。男が近付くと、鎖が割れた。
 箱を開くと、中には黒色の小さなかけら。小指の先より小さなそれをそっとつまみ、剣のくぼみに納める。かけらは吸い寄せられるようにぴたりと嵌まった。隙間とこれまで見付けたかけらの大きさを考えるに、あと少しで剣は本来の姿を取り戻すだろう。
 もうすぐ世界を救うことが出来る。そう思えば、この過酷なかけら集めにも耐えられるというものだ。
 顔を上げると、女神像と目が合う。不意に、疲れを覚えた。思えば、どこの村や町も魔物で溢れており、気の休まる暇もなく戦い続けてきた。ここで倒れては元も子もない。
「今日はちゃんと、休むことにします」
 一人呟き、その場を後にした。
 
 尋常ではない数のガイコツが、行く手を塞いでいた。その殆どが武器を持っている。到底一人で相手できる数ではないが、剣はかけらが大通りの先、かつて王国の象徴であった城にあると主張する。踵を返すわけにいかなかった。
 背負う剣を引き抜く。構えると同時に、刀身が脈打った。男は体が軽くなるのを感じ、迷うことなく踏み込むと、ガイコツの群れに向けて薙ぐ。その一閃でガイコツは吹き飛び、あるものは他のガイコツにぶつかり、あるものは通り沿いの建物に叩き付けられ、あるものは武器すら割られて崩れ落ちた。その勢いに、進行中のガイコツたちが動きを止める。
 男もまた、驚きに目を見開いた。
 今までと威力が段違いである。これなら一人でも、あの軍勢を倒すことが出来るだろう。
 男は迷わず剣を振るい、妨害するものを残らず斬り伏せながら進む。ガイコツを一人倒すたび、剣は脈打ち、男に力を与えた。何百という敵を前に男は臆することなく進み、歩みは段々早くなり、駆け足になった。
 これが、剣の力。完全に力を取り戻せば、きっと。
 城が近付くにつれて数を増やすガイコツを斬り伏せ、時にその残骸を浴びながらも、男は進み続けた。
 迷いはなかった。
 剣が導くまま、男は城内に入り、大階段を上る。向かってくるガイコツを斬り伏せ、ひたすらに進む。豪奢な扉を開くと、謁見の間があった。
 玉座には宝冠を載せたガイコツが座っており、そこへ続く道には大量のガイコツたちが槍を構えて立つ。男が入るなりガイコツたちは顎をカタカタと鳴らし、玉座のガイコツは腰を浮かせ、槍を持ったガイコツたちは襲いかかってきた。もはや敵なしとなった男はひと薙ぎで纏わり付くガイコツを倒すと、逃げ惑うガイコツも斬り伏せた。骨が床に散らばり、謁見の間に束の間の静寂が訪れる。
「…………」
 動くもののなくなった部屋で、男はじっと耳を澄ませる。
「……ここじゃない」
 剣が求むままに謁見の間へ突き進んだが、済んでみれば剣が示すのは別の部屋のようだった。ゆっくりと立ち上がる男の足下で、骨が砕ける。見ると、宝冠と一緒に、小さな鍵が落ちていた。王を気取るガイコツの魔物が、隠し持っていたらしい。
 そういうことか。
 男は鍵を拾い上げ、剣が導くままに部屋を出た。
 止めどなく湧いてくるガイコツを斬り伏せ、剣の導きに従って進む男は、己の足取りが重くなっていることに気がついた。疲労とはまた違う、何かに抵抗するような遅さ。それでも歩は止まらない。拒絶と欲求がない交ぜになっている。
 困惑しながら進むと、辿り着いたのは城内の礼拝堂。ガイコツを斬り伏せる時だけは俊敏に動く男の体は、女神像を前に動きを止めた。
 いつもと変わらぬ慈愛の微笑み。それがどうしてか、恐ろしく感じる。男は縋るように剣を握り、剣は脈動で男に応えた。
 ふいに、体が軽くなる。安堵するのも束の間、男の目の前で、女神像が砕け散った。
 ――え?
 呆然としている間に、その中にある箱は取り出され、鍵を開けられ、中から小さなかけらが取り出された。男は動いていない。なのに、目の前の光景は流れていく。
 ――どう、して。
 かけらは剣の鍔に収まると、互いに溶け合って一つとなり、黒き宝石となる。その奥底から湧き上がる光。
 ――そんな。まさか。
 禍々しい光が宝石からあふれ出し、男の内部になだれ込んだ。瞬間、男は体からはじき出され、身廊に投げ出される。
 目前の光景に、魂が震えた。
 ――なんて、ことを、して。
 礼拝堂を埋め尽くす死体は、ガイコツの魔物などではない。
 己の体だったものは、その返り血で真っ黒に染まっていた。
 振り返ったそれ(、、)が、男を見付けて口端を上げる。
「そこにいたか」
 迷わずに近付いてくるそれ(、、)を前に、男は逃げることも出来なかった。
 それ(、、)の手が伸び、男を掴む。男は為す術もなくそれ(、、)の前に引き寄せられ、黒き剣に刺し貫かれた。
 ――あ、あぁ……。
 後悔しても遅い。
 男の魂は、溶けるように剣の中へ消えていった。
 
 
終。


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