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【短編】ユキがつなぐキズナ

 あの日は、大雪が降った後で、世界一面真っ白だった。
 みんなが慎重に真ん中を避けて通った校庭は『さぁ、あそんでください』と言わんばかりで、当然ながら、誰も授業に集中出来やしなかった。
 昼休み。皆が一斉に飛び出して、厚く積もった雪に足を取られながら、雪玉を投げて、雪玉を転がして、積み上げて。あっという間に、慎重に準備された真っ白なキャンバスが、遊びの色に染まった。
 校庭中を駆け回ってもみんなの熱は冷めやらず。帰り道、いつもと違う景色に、心が疼いた。
「冒険隊、結成!」
 誰が言い出したか、その提案にみんなが次々と手を上げる。同じ方向に帰る子たちで、パーティが結成された。
 あの頃のわたしたちはまだ未完成が故に、純粋だった。
 学年も性別もバラバラな顔ぶれで、それでも一つの遊びに皆で夢中になれる。
 とはいえ、通学路は雪かきが済み、通行人の多さも相まって、新たに自分たちの証を刻み付ける隙間が見つからなかった。
 再び雪が降り始めていたけれど、その厚みは、わたしたちが求める白さには程遠い。
 十数人の子供たちが、どこかに真っ白な場所は残っていないかと、目を凝らして歩く。
 特に入念に見回っていたわたしは、気付けば皆から随分離れてしまっていた。
 急いで追い付こうにも、歩道は滑りやすくて走れない。
 途方に暮れるわたしに、手が差し伸べられた。
「だいじょぶ?」
 ユキだった。
 ユキの頬は、うっすら赤く染まっている。吐き出す息は白いが、防寒着が足りないというよりは、熱中しているが故のものに見えた。
「あ、ありがとう」
 昼間ぐっしょりと使い倒した手袋は使えなかったから、お互いに素手だった。
 その手が、とても冷たくて。だけど。
「ごめんね、つめたくて」
 ユキの笑顔は、手の冷たさが嘘みたいに、温かかった。
 二人で手を繋いで、みんなに追い付く。
 大分住宅街に近付いてきたわたしたちの前に、突然開けた空間が現れた。
 誰も足を踏み入れていない、真っ白な世界。
 きっとブルーシートに覆われていただろう物品の数々が雪の山を作り、残された重機が雪を載せながらも、いつか乗り手が戻ると信じている。組まれた足場はそのままで、作りかけの外壁は荘厳な雰囲気を纏いながら、しっとりと濡れている。
 放棄された工事現場は、まさに子供たちが探し求めていた冒険の地。
 人の土地に勝手に入ってはいけませんとか、危ない場所に行ってはいけませんとか。
 普段から耳が痛くなるほど聞いていたはずの言葉は、宝の山を前に消し飛んでしまった。
 再び自分の軌跡を刻み付けられる世界に、皆が夢中になった。わたしもユキと繋いでいた手を離し、自分の陣地を求めて駆ける。
 あちこちの新雪に足跡を付けてご満悦になったわたしが顔を向けた先で、ユキは男の子たちと瓦礫の山に登ってみたり、女の子たちと雪のごちそうを作ってみたりと、大忙しだった。
 あっという間に、辺り一面、小さな足跡でいっぱいになる。
 人が消えて久しい場所に、子どもたちの笑い声が響いた、そんな時。
 ガシャガシャと金属がきしむ音がした。
 見れば、ユキが組まれた足場の階段を上っていた。
「ここ、まだ白いとこあるよ!」
 ユキの楽しげな声。驚くわたしたちに構わず、大きく手を振ってみせる。
 足場の上には、まだ建材がたくさん積まれていて、長く放置されていたから、とても不安定で。
 そこに雪と、ユキの重みが加わって。
 危ないと叫ぼうとしたときには、遅かった。
 足場が音を立てて傾いで、雪とユキと建材が宙を舞う。
 盛大な音を立てて降り積もる。
 そうして、雪の中に、すべての音が消えた。
 しばしの空白の後、我に返ったわたしたちは慌てて駆け寄って、積み上がった物を退けようとした。
 だけど、建物を作るために用意されたそれらは、大きいし重いし滑るしで、わたしたちの手に余る。
 わたしたちは真っ青になって、先生を呼びに走った。
「ユキが、ユキが落ちちゃったの!」
 その必死な叫びが、どういう訳か伝わらない。
 下にいなくて良かったとか、怪我がなくて良かったとか、見当違いな返答ばかりする。
「だから! 友達が! 落ちちゃったの!」
「きみたち、同じ通学コースだよね? 足りない子がいるように見えないけど」
 全員が、顔を見合わせた。
 避難訓練の時なんかに、わたしたちは同じ場所に集まる。
 今日だって、出発時に皆が顔ぶれを確かめた。
 誰も欠けていない。……欠けていない?
 そんなハズない。
「けど、だって、ユキが」
 わたしは必死に言葉を紡ぐ。みんなも違和感に気付いた様子で、それでも口をもごもごと動かそうとしている。
「雪だるまのことを言ってるのか?」
 違う。ユキは。
 手が冷たくて、だけど笑顔があったかい、大事な。
 だいじな。
 どうして、真面目に聞いてくれないの?
 結局、わたしたちは工事現場に入ったことを叱られ、帰されてしまった。
 ユキは、今も見つかっていない。
 
 曇天の下、目の前にはマンションがそびえ立つ。
 あの日、ユキが消えた工事現場。
「よ」
 掛けられた声に、振り返る。
 懐かしい顔ぶれが並ぶ。
 あの日、ユキと遊んだ。
 私たちは大人になった今でも、あの子を探している。 
 友達という言葉が年月とともに複雑化していく世界で、あの子の存在が、私たちの関係を純粋な形で保ち続けている。
「ユキ、私たちのこと覚えてるかな?」
「忘れねーって。あんだけ遊んだんだから」
「もう一回会いたいねぇ」
「僕ら大人になっちゃったけど、遊んでくれるかな?」
 路上で行われる風変わりな同窓会に、雪が降り注ぐ。
 私は空を見上げて、冷たい雪を顔に受けた。
 きっと今、私の頬は赤くなっているだろう。
「また遊ぼうね、ユキ」
 白い息が、空へと溶けていった。
 
 
終。


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